第16章 数字は嘘をつかない
[アークシステムズ・仮設ミーティングルーム]
静かな部屋だった。
ホワイトボードには、金額、日付、ログID、権限階層。
一見すると、ただの数字の羅列だ。
だが――
灯は、その前に立ち、ゆっくりと全体を見渡していた。
「……やっぱりね」
ぽつりと、灯が言う。
「どこか、決定的に“整いすぎてる”」
環が、首を傾げる。
「整いすぎている……ですか?」
「ええ」
灯は、穏やかに微笑みながらも、視線は鋭かった。
「人が触ってる数字ってね、 必ず“揺らぎ”が出るの」
「入力ミスとか、ズレとか……?」
凪が口を挟む。
「そう。それも含めて」
灯は頷く。
「でもこれは違う。 流れが、きれいすぎる」
柊が腕を組む。
「……不正が、丁寧すぎる?」
「ええ」
灯は、指でログの一部を示した。
「ここ。 金額が動くタイミングが、 “人の確認のあと”じゃなく、“システム処理の直後”なの」
環の胸が、少しだけざわつく。
(……人じゃなくて……)
「つまり」
灯は続ける。
「人が数字をいじったんじゃない。 人の代わりに、システムが動いてる」
凪の目が、きらりと光った。
「……自動処理に見せかけた、 意図的な分岐ですね」
「ええ」
灯は、ゆっくり頷く。
「しかもね」
灯は、もう一段、踏み込んだ。
「この人、癖がある」
「癖……?」
凪が身を乗り出す。
「“完全に消さない”」
灯は言った。
「痕跡を。 きれいに消せるのに、 必ず、どこかに“名残”を残す」
柊が、ふっと息を吐く。
「……自己顕示か」
「たぶんね」
灯は、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「自分の腕に、 自信がある人ほど、 そうなる」
凪は、キーボードに手を置いた。
「……灯さん。 じゃあ、その癖を」
「ええ」
灯は、はっきりと言った。
「使いましょう」
環が、思わず声を出す。
「……使う?」
「そう」
灯は、環を見る。
「相手が残す痕跡と、 “同じ形”で」
柊が、ゆっくり頷く。
「……罠を張る」
「ええ。 でも、責めるためじゃない」
灯は、静かに言った。
「事実を、 “逃げ場のない形”で 浮かび上がらせるため」
凪の指が、軽やかに動き出す。
「了解です。癖、コピーします」
「……凪くん、すごいです」
環が、素直に言う。
凪は、にこっと笑った。
「こういうの、 パズルみたいで楽しいんです」
柊が、苦笑する。
「……楽しそうだな」
「はい! でもちゃんと、慎重にやりますよ」
灯は、その様子を見て、少しだけ目を細めた。
(いいチームね)
灯は、再びホワイトボードを見る。
「これで、 金の流れ、操作経路、 全部が一本につながる」
「相手は?」
柊が聞く。
「まだ、気づかない」
灯は、はっきりと言った。
「気づいたときには、 もう“選択肢”がなくなってる」
室内に、静かな確信が落ちる。
数字は、嘘をつかない。
嘘をつくのは、いつでも人間。
そして今――
その嘘を支えていた“余白”が、音もなく、埋められていった。
まだ、疋田は知らない。
自分の癖が、そのまま“証拠”になることを。
嵐は、もう組み上がっている。
次に動くのは――
追い詰められた側だ。




