第14章 仮面のひび割れ
[アスペクト・進行管理課/夜]
疋田は、いつも通りの時間に席へ戻った。
周囲は静かで、キーボードを叩く音だけが、淡々と流れている。
(……変わらない)
そう思った、はずだった。
だが。
「……?」
指を止め、画面を見つめる。
ほんのわずかな違和感。
一瞬なら、見逃してもおかしくない程度のズレ。
(……気のせいか?)
ログを開く。処理履歴をなぞる。
「……いや」
胸の奥が、じわりと冷える。
消したはずのログ。
正確には、“消したつもり”の痕跡。
(……残り方が)
自分と、よく似ている。
「……誰だ」
喉の奥で、低く呟く。
完全に消していない。
だが、見れば気づく。
それは、自分がやってきたやり方だった。
(……真似た?)
一瞬、笑いそうになる。
(馬鹿な)
この会社の誰が、ここまで踏み込める。
アークシステムズの連中だって、表向きはただの受託業者だ。
(……大したことはできない)
そう思おうとする。
だが、胸のざわつきは消えない。
疋田は、慎重に周囲を見渡した。
そのとき。
ふと、視界の端に入った光景。
坂辻陸斗が、誰かと話している。
――八木尾。
(……あ?)
最近、何度か見ている組み合わせ。
以前なら、ありえなかった。
坂辻は、周囲が持ち上げる存在で、
八木尾は、目立たない存在だったはずだ。
(……あいつら、あんなに近かったか?)
坂辻の表情が、以前と違う。
苛立ちでも、虚勢でもない。
――落ち着いている。
(……何だ、あれ)
疋田は、知らず拳を握っていた。
(俺の知らないところで、何かが動いている?)
頭の中で、点がつながり始める。
ログの違和感。残された“癖のある痕跡”。
坂辻の変化。八木尾との距離。
(……いや)
まだだ。確証はない。証拠もない。
(……慎重に行け)
自分に言い聞かせる。
(焦るな)
(今まで通り、完璧にやればいい)
だが。
疋田の指は、わずかに震えていた。
気づかぬふりをしたまま、画面を閉じる。
仮面は、まだ貼り付いている。
だがその内側で、小さなひびが、確かに走っていた。
――彼はまだ知らない。
その痕跡が、偶然ではなく。
『意図的に置かれた“合図”』だということを。




