第12章 想定外の一手
[アークシステムズ・仮設ミーティングルーム/夜]
モニターに映るログを前に、凪は、少し首を傾げていた。
「……うーん」
その声は、困っているというより、どこか楽しそうだった。
「凪、どうだ?」
柊が、コーヒーカップを手に問いかける。
「んー……」
凪は、画面を指差しながら言った。
「このバックドア作った人、かなりの“難クセ”ですね」
「難クセ?」
環が、きょとんとする。
「はい」
凪は、くいっとメガネを押し上げた。
「几帳面なんだけど、几帳面すぎるというか……自分のやり方に、ちょっとした“こだわり”を入れたがるタイプです」
柊が、ふっと笑う。
「……めんどくさいやつか」
「そうなんです」
凪は、うれしそうに頷いた。
「ログを消すくせに、“完全には消さない”」
「権限を偽装するくせに、“自分が通った痕跡”をちょっとだけ残してる」
環が、そっと身を乗り出す。
「……それって」
「“俺はすごいだろ”って言いたいタイプですね」
凪は、さらっと言った。
柊が吹き出す。
「ははは……なるほどな」
灯は、静かに頷いていた。
「自信家。そして、自分の腕を、誰かに見抜いてほしい人」
「はい」
凪は、キーボードに指を置く。
「だから、完全犯罪にしない」
「必ず、“癖”が出るんです」
柊が、少し前のめりになる。
「凪、どうだ?いけるか?」
その瞬間。
凪の表情が、ぱっと明るくなった。
「はい!柊先輩!」
椅子に座り直し、指を鳴らす。
「任せてください!僕の手にかかれば、なんてことないです!」
環が、思わず微笑む。
「凪くん……頼もしいです」
「こういうの、めちゃくちゃワクワクします!」
凪は、楽しそうに言った。
「難しそうに見えて、実は単純なパズル」
「“この人なら、ここに余計なことするよね?”って考えると……」
画面が、次々と切り替わる。
ログの並び。処理の順番。わずかにズレた時間差。
「……ほら」
凪が、ある一箇所を指し示した。
「ここ。一見、何もない。でも、“毎回同じ秒数”で処理が走ってる」
柊の目が、細くなる。
「……人の癖だな」
「そうです」
凪は頷く。
「自動処理を装ってるけど、実際は手動で入ってる。“自分のタイミング”が、出ちゃってるんです」
環は、胸の奥がぽかっとあたたかくなるのを感じた。
(……凪くん、すごい)
灯が、ゆっくりと言った。
「想定外だったでしょうね」
「はい」
凪は、にこっと笑う。
「自分が“見抜かれる側”になるなんて、考えてなかったと思います」
柊が、カップを置いた。
「さすがだな、天才SE凪陽翔」
「えへへ……」
凪は、少し照れたように頭をかいた。
「でも」
その声が、少しだけ落ち着く。
「ここからは、慎重にいきましょう。相手は、まだ“余裕”の顔してます」
「だからこそ」
柊が、静かに頷く。
「一気にいかない」
「はい」
凪は、画面を閉じた。
「“気づかれないまま、こちらが一歩先に立つ”」
「それが、一番効きますから」
環は、3人の顔を見渡す。
柊の落ち着いた表情。
凪の楽しそうな集中。
灯の、すべてを見通すようなまなざし。
(……大丈夫)
根拠はない。
でも、不思議とそう思えた。
この人たちは、ただ暴くために動いているんじゃない。
誰かを、理不尽な闇から引き上げるために、静かに手を伸ばしている。
モニターの向こうで、まだ余裕の仮面をかぶった誰かが、何も知らずに笑っているとも知らずに。




