第10章 消えた数字の行き先
[アークシステムズ・仮設ミーティングルーム/夜]
画面に表示された数字は、静かだった。
派手な動きはない。
急激な増減もない。
「……やっぱり、一気には動かしてないですね」
凪が、キーボードから手を離す。
「“盗んでいる”というより、“抜き取っている”」
「しかも」
柊が続ける。
「坂辻さん本人には、“減った数字”だけを見せている」
「はい」
凪は頷いた。
「周囲には、“多く動いたように見える数字”を残して」
環は、画面を見つめながら、息を呑んだ。
(……同じお金なのに、見える形が違う)
灯が、静かに口を開いた。
「……この流れ、お金そのものが目的じゃないわね」
凪が、少し驚いたように灯を見る。
「どういう意味ですか?」
「お金が欲しいなら、もっと早く、もっと大胆に取れる」
灯は、指で数字の列をなぞる。
「でもこれは……“時間をかけて、誰かを疑わせるやり方”」
柊の目が、細くなる。
「……坂辻さんを」
「ええ」
灯は、静かに頷いた。
「彼を“悪者に見せる”ための流れ」
環の胸が、ぎゅっと締まる。
「……でも、坂辻さんって」
思わず言葉がこぼれた。
「お金に、あまり興味がなさそうでした」
凪が、小さく笑う。
「ですよね」
「報酬の額も、ほとんど気にしていなかった」
「それが、逆に“都合がよかった”」
凪の言葉に、ミーティングルームの空気が沈む。
灯が、ゆっくりと続けた。
「……金に無頓着な人ほど、金で壊される」
「気づくのが遅いから」
柊は、腕を組み直した。
「坂辻さんは、評価と肩書きがすべてだ」
「だから」
凪が言葉を引き取る。
「数字を“評価に変換できる形”で歪められた」
環は、ふと坂辻を思い出す。
孤立し、何が起きているかわからず、噂だけが先に走る姿。
(……あの人は、何も知らなかった)
灯が、ぽつりと言った。
「……狙われた理由は、“弱さ”じゃないわ」
環が灯を見る。
「“羨ましさ”よ」
そのひと言で、すべてが少しだけ、繋がった気がした。
「名家の生まれ。金に困らない。努力しなくても評価される」
灯は続ける。
「そう見える人ほど、怒りの矛先にされやすい」
凪が、静かに言う。
「……しかも、坂辻さんは“運も持っていた”。大型案件を、次々と勝ち取っている。デザインを“借りて”いたとはいえ」
柊の声が、低く落ちる。
「……それが、癪に障った」
誰かの感情が、はっきりと浮かび上がった。
名もない“誰か”の、静かで、粘ついた怒り。
「エースを潰す」
そのために選ばれたのが、“金”だった。
凪が、画面を切り替える。
「お金は、坂辻さんの口座には行っていません。別の、ごく目立たない口座に流れてる。額も、一度に見れば小さい。でも――」
凪は、はっきり言った。
「積み重なると、無視できない額になります」
環は、胸の奥が冷えるのを感じた。
(……静かな搾取)
灯が、静かに結論づける。
「これは、偶然でも、不具合でもない。誰かが、“坂辻さんという存在”を壊すために設計した流れ」
柊は、ゆっくりと息を吐いた。
「……名前は、まだ出すな」
「はい」
|凪は頷く。
「でも」
柊の目が、鋭くなる。
「もう、“点”は揃った」
画面の数字が、静かに並ぶ。
それはもう、ただの数字じゃなかった。
人の感情が刻まれた、動かされた痕跡だった。




