第4話:扱い方
「バカ者! ハサミに指を食わせる気か!」
四日目の境内。
またしても父・茂の雷が落とされた。
「ひぃっ……!」
俺・漣は間一髪で手を引き抜いた。
握りしめていたのは、今日父から「使ってみろ」と渡されたばかりのプロ仕様の植木鋏――通称、蕨手と呼ばれる独特の輪っかがついた黒光りするハサミだ。
文房具のハサミとは訳が違う。
無駄な飾りのない頑丈な鋼の塊で、刃先は尋常じゃなく鋭利だ。
力任せにチョキチョキやろうとした瞬間、刃の交差する部分に左手の人差し指を挟みそうになったのだ。
「いいか、文房具のハサミみたいに指の力だけで切ろうとするな! 植木鋏は手全体の握力と、腕の引きで切るんだ。ハサミを自分の指の延長だと思わんから、そうやって刃に噛まれるんだよ!」
「指の延長って言われてもさ……こんな重くて固い鉄の塊、指だと思えるわけないだろ!」
俺が手のひらの赤くなった部分をさすりながら文句を言うと、茂は深いため息をついた。
「文房具のハサミはな、紙を切るために人間が都合よく作った道具だ。だが庭師のハサミは違う。枝の硬さ、葉の向き、木の命に触れるための『伸びた指先』なんだよ。ハサミの刃先に自分の神経が通ってない奴に、木の枝が切れるか」
茂はそう言うと、自分が長年使い込んでいるハサミを取り出し、目の前の黒松の枝にスッと刃を当てた。
カチッ、カチッ。
金属音と木質音が混ざり合った、心地よい音が響く。
茂の手元をよく観察すると、ハサミを握りしめているというより、まるで手袋でもはめるようにしっくりと手の中に収まっている。
刃先がどこを通っているのか、一切の迷いがない。
まるで茂の指先がそのまま刃物になって、枝を撫でているかのように見えた。
その作業を目の当たりにして、俺はハッと思い出した。
以前、この親父のハサミの刃には、不思議と樹液がこびりついていないことに気づいた時のことを。
無駄な力を入れず、木の繊維に沿って一息でスパリと切るからこそ、粘っこいヤニや樹液が刃に無駄に付着しないのだ。
道具と木を傷つけないその完璧な技術の理由が、ようやく腑に落ちた気がした。
「ほら、貸してみろ」
茂が俺の手からハサミをひったくり、ネジの締まり具合を確かめた。
腰の袋から小さな油瓶と布を取り出し、手慣れた手つきで刃を拭う。
「道具ってのはな、大切に研いで油をさしてやらんと、人間の手に馴染んでくれん。お前がハサミを『鉄の塊』だと思ってるうちは、ハサミだってお前の指にはなってくれんのだ」
茂から戻されたハサミを受け取ると、先ほどまでの冷たく硬い感触が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
オイルの匂いと、父の手の温もりが微かに残っていた。
「……もう一回、やってみる」
「指を切るなよ。血で松を汚したら叩き出すぞ」
ぶっきらぼうな捨て台詞を残し、茂は自分の作業に戻っていった。
俺は教えてもらった通り、手全体でハサミを包み込むように握り直し、ゆっくりと枝に刃をあてた。
力で押し切るのではなく、ハサミの刃先に自分の意識を集中させる。
チョキン。
さっきまでの引っかかるような感触が消え、すんなりと枝が落ちた。
「お、切れた……!」
思わず声をあげると、脚立の上で作業していた茂が、チラリとこちらを見た。
口元は固く結ばれたままだったが、目元がほんの少しだけ緩んだのを俺は見逃さなかった。
夕方、道具の手入れの時間。
境内の縁側で、俺は教わった通りにハサミの汚れを落とし、布で油を塗っていた。
横では茂が、砥石を使って自分のハサミを研いでいる。
シャッ、シャッという静かな音が、秋の夕暮れに溶けていく。
使い込まれて柄の部分がすり減った父のハサミ。
それは何十年もの間、父の指先として数万、数十万の枝を切ってきたのだ。
自分のハサミを油拭きしながら、俺は自分の柔らかい両手を見つめた。
父は、木だけではなく、扱う道具や、そのそばで働く人々の気配までも深く見つめながら生きる職人であった。
(第4話・おわり)




