第3話:親父と俺とZ世代
「ねえ漣さん、そこ脚立の角度ヘンだよ? 茂じいちゃん、いっつももうちょい外側に立てて力分散させてるよ〜」
三日目。
境内に響き渡ったのは、父の怒声ではなく、女子高校生アカリちゃんの軽やかな声だった。
「えっ……あ、そうなの?」
「うん。あとさ、そのハサミの持ち方だと指つらない? 茂じいちゃんの手元、もっとこう……なんていうの? 肘から先が一本の棒みたいにしなやかに動いているじゃん」
境内の砂利を竹箒で掃きながら、アカリちゃんが遠慮のないダメ出しを飛ばしてくる。
五十二歳、元大手企業の管理職。
部下指導にはそれなりに自信があった俺・漣のプライドが、十七歳のバイト少女によってみるみる粉砕されていく。
「アカリちゃん、詳しいね……」
「だって私、ここでバイト始めて二年間、ずーっと茂じいちゃんの作業見てるもん。マジで推せるよ、あの集中力。何ていうかさ、こういう職人の本物な姿って、見てて本当に胸が熱くなるんだよね」
都会のオフィスでは一度も聞いたことがない単語や熱量が、境内を飛び交う。
当の茂はというと、境内の一角にある長椅子で、腰の湿布を貼り直しながらお茶をすすっていた。
「アカリ、余計な口をはさむな。そのタコは頭でっかちだから、言われた通り動くだけでも精一杯なんだ」
「茂じいちゃんひどーい! 漣さん一生懸命やってんのに!」
「ふん。一生懸命と筋が良いのは別だ」
相変わらずの毒舌だが、茂の表情はどこか柔らかい。
実家に戻ってきて気づいたのだが、この偏屈な雷親父は、アカリちゃんのような若い世代の前では極端に口数が減るか、照れ隠しの暴言が増える。
要するに、見事なまでにペースを握られているのだ。
アカリちゃんはスマホを取り出すと、画面を俺に見せてきた。
「ほら、これ見てよ漣さん。先月私がSNSに上げた茂じいちゃんの動画。再生数、三万超えてんだから」
「……は? えすえぬえす!?」
画面を覗き込むと、そこには夕暮れの境内、大松の枝に滑らかに刃を入れる茂の姿が映っていた。
無駄のない動き、静寂を切り裂くハサミの音、そして夕陽を浴びて緑の深みを増した黒松の葉。
コメント欄には『職人技エグい』『作業用動画として永遠に見れる』『かっこよすぎるおじいちゃん』といった若者たちの熱い書き込みが並んでいた。
「なにこれ……父さん、ネットでバズってんの!?」
「バズるだの何だの、訳のわからん流行りに巻き込むな」
茂がお茶のペットボトルをガタッと置いた。
「俺はただ、木が欲しい形にハサミを入れてるだけだ。見せ物じゃねえ」
「出た〜、茂じいちゃんのアレ! でもさ、この『見せ物じゃねえ』って姿勢も含めて、今の若い子には刺さるんだよね。媚びてないのが最高にエモいの」
アカリちゃんはニコッと笑い、再び箒を動かし始めた。
俺は言葉を失ったまま、画面の中の父と、ベンチでそっぽを向く父を見比べた。
時代遅れで、頑固で、スマホの操作すら怪しい七十二歳の老庭師。
けれど、その泥臭い手仕事の美しさは、スマホの小さな画面を通しても、今の若い世代の心へまっすぐに届いていたのだ。
あれだけ偏屈で不器用に見える親父が、言葉ではなくその背中と生き様で、若いアカリちゃんを自然と惹きつけ、育てている。
都会の会社でどれだけ立派なマニュアルや育成プランを作っても得られなかった「人を巻き込む力」が、この頑固な親父には備わっている。
都会で「新しいプレゼン手法」や「最新のITツール」を追いかけていた俺のほうが、よっぽど本質が見えていなかったのかもしれない。
「漣さん、何固まってんの? ほら、脚立直しなよ! 茂じいちゃんにまた怒られるよ〜」
「あ、ああ! すまん!」
慌てて脚立に手をかけた俺の背中に、茂の低い声が飛んできた。
「アカリ。余計な動画を撮る暇があったら、参道の落ち葉を全部拾え」
「はーい! 茂じいちゃん照れ隠し乙〜!」
照れくさそうに咳払いを一つして、茂はゆっくりと立ち上がった。
その背中は相変わらず小さかったが、どこか誇らしげに見えた。
作業が終わり、夕暮れの帰り道。
道具箱を二台の自転車のリアキャリアに積み、父と二人で並んでペダルをこぐ。
「父さん」
「なんだ」
「アカリちゃんたちの世代にも、父さんの仕事、ちゃんと伝わってるんだな」
茂は前を向いたまま、しばらく黙っていた。
カシャカシャとチェーンが鳴る音だけが夕闇に溶けていく。
「……見せるために切っちゃいない。木のために切ってりゃ、勝手に伝わるもんだ」
ぶっきらぼうな返事だったが、その声はどこか温かかった。
父は、背中で語る職人だった。
(第3話・おわり)




