第20話:それぞれの答え
自分のやり方で庭木と向き合うと決めてから数日。
相変わらず理想の形には程遠く、枝の切り方に悩んで手が止まっては、思わず「(ちっ、相変わらず肝っ玉が小さぇな、俺は……)」と心の中で毒づく不器用な日々が続いていた。
都会の喧騒から逃げるようにこの境内を出て、また戻ってきたものの、いざ本格的に向き合おうとすると自分の思い通りにいかないもどかしさに嫌気が差す。
完璧な職人にはまだまだ遠い。
そんな自分への苛立ちを噛み締めながら、俺は一人でハサミを握りしめ、何度も息を整え直すしかなかった。
それでも、かつてのように「親父のコピーにならなきゃ」と無理に背伸びをする気負いは消え、今は目の前の木と真っ直ぐに向き合えている手応えがあった。
シュッ、シュッ、と静寂に響く剪定バサミの音を聞きながら、俺は汗を拭う。
「――おーい、漣くーん!」
そんなふうに地道な作業に没頭していたその時、参道の向こうからひょいと顔を出したアカリが、小さな声でこっそりと手招きをしてきた。
相変わらずのマイペースぶりに、俺は思わず苦笑いを浮かべながら、作業の手を止めてそちらへと歩み寄った。
「なんだよ、アカリ。またサボって怒られたいのか?」
「違うって! サボりじゃなくて、大事な情報提供。ねえ、ちょっとこっち来てよ」
アカリは周囲をキョロキョロと窺いながら、俺の袖を引っ張って本堂の角へと連れ出した。
その表情はいつものおふざけではなく、珍しく真剣な色を帯びている。
「どうしたんだよ、そんなコソコソして」
「いや、さっき参道の落ち葉を掃いてたらさ、村の人が何人かでこっちを覗き込んでたの。『今年の秋の祭りの奉納剪定、今年も茂さんに頼めるのかねぇ』って、心配そうに話しててさ」
その言葉に、俺はハッと息を呑んだ。
秋の奉納剪定。
それはこの神社にとって、そして何より茂にとって、毎年欠かすことのできない最も重要な大仕事だった。
村中の人々が茂の技を頼りにし、境内が最も美しく輝く晴れ舞台だ。
「親父の体のことを、村の人たちも気にかけてるのか……?」
「そりゃあね。みんな茂じいちゃんのすごさを知ってるし、大好きだからさ。でも、最近のじいちゃんの様子がおかしいの、敏感な人たちは気づき始めてるみたい。……ねえ、漣くん。今年の奉納剪定、どうするの?」
アカリの問いかけは、まさにいま俺が一番気にかけつつも、どこかで直視しないようにしていた核心を突いていた。
茂の手の震え、そして衰えゆく体力。
もし今年の奉納剪定で茂が無理をしてしまったら。
そして、それを支えるべき俺は、果たして間に合うのか。
胸の奥で、ピリッとした緊張感が走る。
「……俺がやるしかないんだよ」
カッコいいセリフなんて柄にもないけれど、気がつけば自然とそんな言葉が口をついて出ていた。
かつてはこの境内から逃げ出し、面倒なことから目を背けていた男が、今ははっきりとそう口にした。
自分の内側から湧き上がる責任感の重さに、自分でも少し照れくさくなるが、不思議と逃げ出したいとは思わなかった。
「……そっか」
アカリは驚いたように目を丸くした後、ふっとこれまでにないほど温かい、優しい笑みを浮かべた。
「うん、そうだよね。だって、漣くんはもう、逃げ出したりしないもんね」
「当たり前だろ。俺はこの庭を継ぐって決めたんだからな」
俺が少し照れくさそうに鼻をこすりながらうなずくと、アカリは満足そうに小さくうなずき、それから「っといけない、これ以上サボってるとマジでじいちゃんに怒られる!」と慌てて自分の竹箒のところへと駆け戻っていった。
アカリの背中を見送りながら、俺は改めて自分の手のひらを見た。
数日前に負ったかすかな傷跡が、まだうっすらと残っている。
不器用でも、泥臭くてもいい。
あのとき必死にハサミを探したように、俺は俺なりのやり方で、この場所に向き合っていけばいいんだ。
――親父。
あんたが守り続けてきたこの場所を、今度は俺が支える番だ。
決意を新たにして作業に戻ろうとしたその時、母屋の縁側から、ふと低い声が聞こえた。
「おい、漣」
振り返ると、いつの間にかそこに立っていた茂が、じっと俺を見据えていた。
その眼光は相変わらず厳しかったが、どこか、息子の小さな変化をしっかりと見届けていたような、深い色が宿っていたように見えた。
「なんだよ、親父」
「……耳を貸せ。今年の奉納剪定について、お前に話しておくことがある」
茂のその言葉に、俺の心臓が大きく跳ね上がった。
いよいよ、一人前の職人を目指すための本当の試練が、音を立てて始まろうとしていた。
(第20話・おわり)




