第14話:茂と、佐竹
「馬鹿者、若いもんが調子に乗っとるから少し頭を冷やしてやっただけだ。それに、あいつの目は悪くなかった。道具は最新でも、木に対する勢いは嫌いじゃない」
昨日の夕暮れ、帰っていく佐竹の背中を見送りながら、親父――茂がふと言った言葉を、俺はまだ覚えていた。
効率やデジタルばかりを口にするあの若手営業マンの奥底に、庭や木々に向き合う確かな熱量を見出していたからこそ、親父はあえて厳しく、そしてどこか面白がって相手をしていたのだろう。
だが、その期待は、翌日の昼下がり、さっそく盛大に裏切られることになる。
「だから、このデータ管理された剪定プランなら、作業効率が三倍は跳ね上がるんですよ! ね? アカリちゃんもそう思いませんか?」
境内に響き渡る軽い調子の声に、俺――漣は思わず額に手を当てて天を仰いだ。
今日も今日とて、あの若手営業マン・佐竹が社用車でやってきていた。
しかも、昨日の今日ですっかり居心地を良くしてしまったのか、すっかりこの境内に馴染んでいる。
佐竹は母屋の古い縁側にドカッと腰を下ろすと、持参したタブレット端末をアカリに見せびらかしていた。
画面には、カラフルなグラフや3Dの樹木シミュレーションがこれでもかと表示されている。
アルバイトに来ていたアカリは、自分の進路の迷いを吹っ切ってからというもの、どこか晴れやかな顔をしていたが、目の前で繰り広げられる佐竹のマイペースな営業トークにはさすがに呆れ顔を隠せずにいる。
「ええっと……私、そういうデジタルな数字とかよく分からないですし、第一、木ってパソコンで育てるものじゃない気がするんですけど……」
「そこが甘いんです! デジタルとアナログの融合こそが、これからの造園業界を救うんですって! 例えばこの剪定アプリ、AIが過去の気象データから最適な枝透かしのタイミングを導き出すんですよ。すごくないですか?」
「うーん……便利なのかもしれないけど、なんか味気ないというか……。おじいちゃんなら絶対『ふん、機械風情が生意気な』って怒るやつですね」
アカリが苦笑しながらクスリと笑うと、佐竹は「いやいや、おやっさんもそのうち僕のファンになりますよ!」と、どこ吹く風で胸を張る。
その様子を、数歩離れた御神木の足元で黙々と雑草を抜いていた父・茂が鋭い視線で捉えていた。
「おい」
低く響く茂の低い声に、佐竹はビクッと肩を揺らしてタブレットを引っ込めた。
「おやっさん、今日もご機嫌麗しいですね!」
「その小賢しい板ばかり覗き込んで、何がおかしい。お前さんのその軽薄な仕事ぶりは、まるで根が浅い雑草と同じだな。効率ばかりを気にして肝心の根っこを見ておらん。そんなもの、最初の強い風が吹けば一発でお陀仏だ」
茂は座ったまま、佐竹に持ってこさせた「よその現場で佐竹が剪定した若い松の枝」と、自分が手入れした枝を並べて突きつけた。
「いいか、よく見ろ。他の現場でやってきた剪定は、ただ見栄えよく表面を撫でただけだ。あれは木を導いているのではなく、ただ人間の都合で痛めつけているだけの『無知の暴力』だ。そんな礼儀も知らん雑なやり方では、木も、そしてお前自身の未来もねじ曲がるわ。このバカヤロウが」
理路整然と、しかし容赦なく浴びせられた茂の言葉に、さすがの佐竹も「うっ……」と言葉を詰まらせ、青ざめた。
だが、ここで引き下がらないのが最近の若手営業マンの恐ろしいところだった。
佐竹は額の汗を手の甲で拭いながらも、負けじと体を乗り出す。
「暴力ってひどいじゃないですかおやっさん! 時代はコスパとスピードなんですよ! 僕だってね、ただサボりたいわけじゃなくて、お客様の大切な庭を最短の時間で最高に綺麗にしたいからこそ、この最先端ツールを勉強してるんです!」
「ふん、口だけは一人前だな。だいたい、人の庭に土足で上がり込んでおいて、そのペラペラ喋る口の軽さはどうだ。うちの御神木を見習って、少しは黙って根を張る修行でもしてこい」
「ええ〜、修行ですか? それよりおやっさん、今度一緒にSNSで『庭師の朝は早い』ってリール動画バズらせましょうよ! 僕が編集しますって! バズったらうちの会社の若手も全員ここに弟子入りさせますから!」
「誰が画面に向かって踊るか! バカヤロウ!」
茂が眉間に青筋を立てて怒鳴りつけるが、佐竹は全く怯む様子もなく「いや、踊らないですって、真面目な剪定風景ですよ! こう、クッとハサミを構えるポーズとか決めてもらうんです!」とケラケラ笑い返す。
その噛み合っているのかいないのか分からない奇妙なやり取りを、俺とアカリは縁側で呆れたような、しかしどこかおかしいものを見る目で眺めていた。
「ねえ、おじさん。あの営業の人、図々しいけど、なんだかおじいちゃんのペースに完全に巻き込まれてない?」
アカリがクスッと笑いながら耳打ちしてくる。
俺は苦笑いを返した。
「ああ。うちの親父も、あんな調子のいい若造を相手にするのは久しぶりだからな……案外、嫌いじゃない顔をしてやがる」
実際、茂は「バカヤロウ」と何度も怒鳴りながらも、佐竹が持ってきたお土産の高級羊羹をちゃっかり受け取り、お茶の用意までさせていた。
佐竹の方も、ただの営業先というよりは、すっかり「おやっさん」の人柄に惹かれ、すんなりと懐に飛び込んでいる様子だった。
その後も、佐竹は「いやあ、この羊羹めっちゃ美味いですね! さすが老舗の味!」と機嫌を取ったかと思えば、「そうだ、今度来る時、僕の会社のドローン持ってきて境内の上空から全体像撮ってあげますよ!」と言い出し、「誰がそんなオモチャを飛ばすか!」と再び茂に怒鳴られるというコントのようなやり取りを繰り返した。
古臭い職人道の意地を張る父と、現代の効率とコミュ力で突っ走る若い営業マン。
一見すると水と油のような二人だったが、なぜか境内の空気を賑やかに染め上げていく。
時代が変わっても、人と人をつなぐ縁の形は面白い。
筋金入りの「頑固親父」は、実は人が大好きであった。
(第14話・おわり)




