第13話:都会のライバル登場!?
「お邪魔しまーす! すみませーん、見積の件なんですけど!」
ある日の昼下がり、静かな境内に似つかわしくない軽快な車のエンジン音と、砂利を盛大に踏み鳴らす大きな音が響き渡り、真新しい社用車が鳥居の脇に滑り込んできた。
車から降りてきたのは、ピシッとしたアイロンのかかった作業着に身を包み、最新のタブレット端末を小脇に抱えた若い男――近隣の町から進出してきたという大手造園会社の若手社員・佐竹だった。
佐竹は境内に足を踏み入れると、古びた本堂や御神木を物珍しそうに見回し、それから縁側で休憩していた俺たちの方へスタスタと歩み寄ってきた。
「いやぁ、おやっさん。相変わらず渋い手作業やってるんですねぇ。今はもう、こういうデカい松の木の剪定も、全部データ管理と電動の最新バリカンですよ。時間も労力も、昔とは比べ物にならないくらい効率的ですって」
佐竹は得意げにそう言いながら、自分が持ってきた最新式のコードレス電動高枝バサミを見せびらかした。
ボタン一つでモーターが唸りを上げ、複雑な形状の刃先が鋭く高速で駆動する。
俺は「また面倒なのが来たな……」と内心で苦笑しつつ、傍らの父・茂の様子を盗み見た。
しかし、茂は佐竹の自慢話など聞こえていないかのように、茶碗を傾けてゆっくりと麦茶をすするだけだった。そして、フッと鼻を鳴らす。
「……ほう。で、そのよく唸るオモチャは、松の葉の枚数まで数えてくれるのか」
「は? 枚数って……そんなの数えてどうするんですか。全体を丸く綺麗に刈り込めばいいんですから」
佐竹が呆れたように笑うと、茂の眉間にピクリと縦皺が寄った。
「馬鹿者。松というのはな、一本一本の枝の機嫌を見て、日当たりと風の通りを計算して透かさねばならん。そんなブンブン唸るだけの機械などよそでやれ。うちの庭には必要ない」
「必要ないって……! こっちは最新の効率化ですよ!」
佐竹がムッとして言い返すが、茂はふん、とそっぽを向いてしまった。
その頑固すぎる親父の態度に、俺は思わず吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
都会から来た威勢の良い若造が、我が道を行く頑固親父のペースに完全に巻き込まれ始めている。
「まあまあ、若いの。うちの親父は昔気質でね」
俺が苦笑いしながら割って入ろうとすると、茂が急にガタリと立ち上がり、佐竹の手から電動バサミをひったくるように奪い取った。
「おい、ちょっと貸せ」
「え、ちょっ、おやっさん!?」
茂は電動バサミの電源を切ると、その重い機械をまるで子供の玩具のようにひょいと持ち上げ、御神木の根元に転がっている古びた丸太の薪を指さした。
「この薪をな、その便利な機械で綺麗に真っ二つに切ってみろ。一瞬でな」
「いや、これ木を切るバリカンであって、丸太を切るチェーンソーじゃないですから!」
佐竹が青い顔をして叫ぶと、茂はフンと鼻で笑い、自分の腰から愛用の古びた手動の剪定バサミをシュッと抜き放った。
「道具ってのはな、自分の手の延長線上にある血肉だ。機械に頼って木を切る奴は、木が発する『痛い』という悲鳴すら聞こえん。……帰れ。うちの御神木はお前さんのような忙しないオモチャを受け付けんよ」
その圧倒的な迫力と、微塵も揺るがぬ職人の気概を目の当たりにし、佐竹はさすがにたじろいだ。
しかし、そこは若手営業マンの粘り強さか、佐竹はゴクリと喉を鳴らしたあと、もうひと推しとばかりにグッと体を乗り出した。
「た、確かに木の声は聞こえないかもしれませんけど! でも、おやっさん! 時代はスピードとコスパっすよ! この電動バサミなら、見積もり金額だって今より三割引き、作業時間も三分の一! どうです、この浮いた時間で孫と温泉でも」
「おっと、そいつはありがたい」
茂はふっと不敵な笑みを浮かべると、さっきまでの厳しい表情を緩め、まるで長年の馴染みの客をあしらうかのように、ちゃっかりとした口調で畳み掛けた。
「じゃあ、その浮いた三割の金で、俺に高級な和菓子を毎日ごちそうしてくれ。もちろん、一番高い茶舗のやつだ。どうだ、効率的だろ」
「えっ……和菓子ですか!? いや、それじゃ見積もりの意味が……!」
「嫌なら帰れ。それとも、大手の看板を背負ってここに営業に来た男が、たかが羊羹一つケチるのか?」
「くっ……! 分かりましたよ、毎日差し入れますからね!」
すっかり茂のペースに乗せられ、半ばやけくそになりながらも、佐竹はなぜかその場でスマホを取り出し、「じゃあ、おやっさん連絡先交換しましょ!」と満面の笑みで画面を突きつけた。
さらに茂は、帰りかける佐竹の背中に向かって、すまし顔で言い放った。
「おい、待て。帰りはタイヤでばらけた砂利をきちんと綺麗に戻していけ。それと、次から車で来るときは、神聖な境内へ入る相手を敬うように丁寧に入ってこい。分かったか」
「は、はいっ! 砂利を直して、次は敬意を込めて最徐行で来ます!」
佐竹は汗を拭いながらもどこか楽しげに頭を下げ、軽快なエンジン音を残して去っていった。
見送りの背中が見えなくなると、俺は堪えきれずに声をあげて笑い出した。
「父さん、さっきのやり取り何だよ。高級和菓子って……すっかり丸め込んじゃってさ」
俺が呆れと感心が入り混じった笑みを向けると、茂はすまし顔で愛用の剪定バサミをサックに収め、ふんと鼻を鳴らした。
「馬鹿者、若いもんが調子に乗っとるから少し頭を冷やしてやっただけだ。それに、あいつの目は悪くなかった。道具は最新でも、木に対する勢いは嫌いじゃない」
そう言って親父は、やれやれと言いながらもどこか楽しそうな目を細めた。
頑固で不器用な職人だと思っていたが、いつの間にか、人との縁をちゃっかりと手繰り寄せる柔軟さも持ち合わせていたらしい。
佐竹という予想外の嵐がもたらした騒動は、頑なだった実家の空気を少しだけ柔らかくほぐしていったようだった。
親父は、実はコミュ力の高いおじいちゃんであった。
(第13話・おわり)




