ep9 鐘梨 和也という男。
ep9
(来い……来い……!!)
ピコン!
「来た……っ!赤保留だ!!」
テレッテレッテー♪
リーチッ!
「きたきたきた!!ここで爆出しだ!」
ズンッズンッ!
「来い来い!行けるだろ!?チャンスアップもあんぞ!!」
デッデレ〜デー
デーン……ザンネンッ
「……は?」
空虚な盤面で、踊る銀玉。
「クソが!!!!」
ガンッ
「んだよジジイ!何見てんだよ!?」
『あのー、お客さん?今、台を叩いてましたよね?』
「あ!?」
『何ですか?』
「あ……と、べ、別に殴ってねえ……スよ」
『ちょっと来てもらえますか?あ、ちょっと!オイ待て!』
〜
「クソクソクソクソ!!!俺は何万も払ってやってる客だぞクソが!」
「……『クソ店です。絶対に遠隔やってます。店員があまりにも態度悪い』★1……と。へへ、ざまーみやがれ!」
おれの名前は鐘梨 和也。
42歳。無職。もちろん彼女や友達なんて居ない。
おれの人生はずっと真っ暗だった。
生まれたときから家は貧乏で、親父はDV野郎。母親はネグレクト。
あんなの親ですらねえ。親ガチャすら引けてねえ惨めな人生。
10年以上働いて貢献してやった工場も、社員の財布から金が抜かれただの何だので解雇された。
たかが数千円で騒ぎやがって。
それからは日雇いのバイトで食いつなぎ、パチンコで一攫千金の夢を追う。
「パチンコなんて二度とやんねえ。あんなの最初から決まってるんだ。ふざけやがって……」
今日こそ勝てると思ったのによ……
酒飲みてぇ。女抱きてえ。金が欲しい。
金があれば、金さえ持っていれば……
ピンポーン
『ハイ?』
「デ魔得館です……。お弁当の配達で……」
『あの……置き配って指示出してませんでした?』
「え、あ……そう、すか?」
『……もういいですから、置いててください』
「あ……は、ッス」
ブチッ
クソクソ、クソが!インターホン出たなら、受け取れや!!
おれとは顔も合わせたくねえってか!?こんなボロアパートに住んでるくせに、お高くとまりやがって。
女の声だったな、まじで犯してやろうか!?クソが!!
ドサッ
俺は商品を乱雑に置いて、アパートを出る。
一件配達して、稼げるのはたったの数百円。
自転車の錆びたチェーンが不快な音を奏でる。
「クソがクソクソ!クソ!!!」
腹が減った。あの遠隔クソ店のせいで、昨日から何も食えてない。
(配達の報酬が入るのは来週か……)
パンッ!ぷしゅ〜……
なにかが弾けるとともに、空気の抜ける音がする。
「は……?オイ、オイオイ!?」
おれは慌てて自転車のタイヤを確認する。
「……」
「……」
耳の奥で、何かがプツンとキレる音がする。
「アァアアアァアァァァア!!!!!!!ふざけんなクソが!死ね!!しね!!!しね!!!」
自転車を何度も踏みつける。
折れ曲がったサドルが恨めしそうにこっちを向いている気がして、もう一度蹴りつけた。
「しね!!!くそぼろがぁ!!!」
満身創痍の自転車。至るところが折れ曲がり、凹み、プラスチック部品は尽く取れている。
完全に自転車の息の根を止めてから、おれはその場にしゃがみ込み、溜息を吐いた。
(ぁあ〜……明日から配達、どうすんだ?金、どうしたら……腹、減った。)
ぐぅ〜
腹の音が、喧しい。
ぐぅ〜〜
分かったって。腹減ってんのは。
ぐぅーーーー
あぁあ……うるせえうるせえうるせ―――
グゥーーー………ッド!アナタ、Goodデス!』
は?
おれは上を向く。
でも、誰も居ない。
『いい感じにso good!アナタの"渇き"は最高潮!』
声はする。明らかに。
陽気で、どこか水分を含んだような粘着質な声。
『飯!女に金!!良いね良いね。良いですね!』
「誰だよ!?どこだよ!?」
『ワタシはアナタ。アナタはワタシ。心の欲望がワタシを呼んだ、生み出した!』
おれは辺りを見渡す。探す。
ふらふらと、力が入らない足で。
『心を解放しなサーイ!欲望を発散シナサーーイ!』
『腹減ったんデショ?』
「腹、減った」
『飯買う金、欲しいんデショ?』
「欲しい……今欲しい」
『だったら取ればイイ』
「取る……」
『奪えばイイ』
「奪う……」
『アナタより弱い奴なんて、いくらでもいるヨー!?』
「たしかにーー!!!」
ブルルルブォン……ガシャーーン!!!
「グッハァッ!!!」
鉄の塊に跳ね飛ばされるおれ。
少し遅れて理解する。
轢かれた。原チャリ?バイク?
分かんねえけど、倒れたおれの目の前に、自分のつま先が見えることだけは分かる。
「え……え?」
薄れていく意識。
ボヤケていく視界。
声が、遠くなのか近くか分からない距離から聞こえてくる。
「ハイ!これで一匹。悪魔に"魅入られた"魂を、地獄へ送ったにゃ!」
「ちょ、ちょっとー!?人、轢いたけど……?」
「人じゃにゃいよ〜。コイツはもう、悪魔に乗っ取られかけてたからにゃ〜」
「これ、どうすんの!?警察とか……いや、救急車?」
「あー、いらんいらん。コイツはもう悪魔と一緒に地獄行きニャ〜」
「え、それって……」
「悪魔事案だから、そこらへんは都合よく天界が――……」
声が遠のく。
どういう……こと……?
おれは………おれの、人生って………。
そこで、意識は途切れた。
◆
「な、ニャニャエル……これは、普通の人間なんじゃ……」
「いやいや、オレサマには分かるニャー。コイツはもう"悪魔に魅入られてた"ニャ」
「接吻もしてないのに、悪魔だって分かるのか?」
「ぷ!ニャハハ!そんな時代遅れな確認方法してる天使にゃんか、いないにゃ!」
「……え?」
「大体、いまの時代の人間なんて誰しも悪魔を心に"飼ってる"にゃ。万が一間違いでも、別に天界は困らんにゃ」
「そんなテキトーな……」
ニャニャエルは毛づくろいをしながら言う。
「まーまー、大事なのは悪魔が顕現する前に殺すことにゃ。心だけじゃなくて体まで乗っ取られたら、無茶苦茶面倒くさいからにゃ」
「体も……?とはいえ、人間まで殺すのは……」
「にゃ。とりあえず現場天使の仕事は、許可無く下界にやってくる悪魔を地獄に送り返すことのみ。人間の被害やらなんやらはオレサマたちの気にすることじゃにゃい」
ニャニャエルは原付に跨る。
さっきも思ったけど、猫の体でよくハンドル届くな……。
「さ、夜も遅いにゃー。こっからは後処理担当の天使に任せて、オレサマたちは帰るとするかにゃ」
何の参考にもならない。
初めての悪魔討伐だった。




