ep7 あれやこれや
ep7
悪魔は、欲望を糧にする。
悪魔は、七罪を司る。
悪魔は、人が創り出す。
悪魔は、心と結び合う。
「さぁ、次はお前の番だ」
「ゴンス」
悪魔は、自由を探求する。
悪魔は、契約を重んじる。
悪魔は、多様性を嫌悪する。
悪魔は、個性を敬愛する。
「次でゴンス」
「……」
悪魔は、背中を向けない。
悪魔は、羽を広げない。
悪魔は、嘘を吐かない。
悪魔は、真実を述べない。
『良いぞ。お前たちの"青春"は、悪魔によって担保される』
「はい」
「ゴンス」
「……」
薄暗闇の教室で。
儀式陣を囲む37人の影。
『おぉ……我々に、青春を与え給え』
儀式陣は妖しく光る。
時計の針は、真上を向いて眠っている。
◆
「おはよ」
「おはよう……」
月曜日は、どことなくクラスの雰囲気が重い。
天界の教科書で読んだことがある。
これは「サ◯エさんシンドローム」というやつだ。
日曜日に流れる魔のアニメーション。
見たものの活力を根こそぎ奪うという呪われた光線。
"堕天"しないよう、下界へ初めて配属される天使は視聴が禁止されている。
(やれやれ……下界はどこもかしこも呪われているな)
「おはよう。アマちゃん」
「……」
「おーい、アマちゃん?無視はひでえや」
「……」
「おい!?」
突然視界にサルの顔が飛び込んでくる。
「おお、ビックリした!猿渡か」
「ビックリしたじゃねーよ。なんだ朝からぼーっとして。サザ◯さん症候群か?」
「いや、そもそもアマちゃんって俺のこと?俺を呼んでると思わんかった」
「へ?」
「え?アマちゃんって呼んでたよな?」
「え?アマちゃんはアマちゃんだろ?」
「……天使だから、あまちゃん?」
「おぉ。お前のニックネーム」
「そーだったのか」
「おはよ!アマちゃん!」
「おぉ、戌亥。おはよう」
「おい戌亥。オレには?」
「は?なんで猿渡に?」
「ひでぇな!挨拶は人として普通にしろよ!」
「ハヨー」
「んだその腑抜けた声は」
バキッ!
「イッテ!!」
「挨拶返せや!人として普通にしろよ!」
「ぐっ……おはよう……」
(おぉ。この暴力も戌亥なりの愛情表現だな。なんだかんだ、仲良くなってきたなこの二人も)
「そういや猿渡、お前土曜日来るって言ってたのに何で来なかったんだ?」
「へ?何のこと?」
「何のことって……映画――」
「オイ君たち!もうすぐ授業の時間だゾ!」
突然、大声で注意された。
声の主は2-Zの学級委員長、根津 新八。
ピシッと分けた七三分けで、丸眼鏡の男子学生。
「ほら、授業が始まるまでに机の上に教科書とノート、筆記用具を出しておくんだ!」
「そんな言っても、ノートなんてとらねーじゃん」
「何を言っているんだ、君は!」
根津は勝手に俺の机の中を漁り、ノートを引っ張り出した。
「今までは転入したてだったから多めに見てきたが、この禍津高校の名に泥を塗るような態度は僕が許さないゾ!」
(んだ、コイツァ……)
ふと視線を戻すと、戌亥と猿渡はそそくさと自分の机に戻っていた。
戌亥は目を閉じながら両手を合わせて、俺を拝んでいた。
(逃げやがったな)
「聞いているのかアマちゃん!筆記用具を出したまえ!」
「はいはいよ」
恨みがましく戌亥を睨むと、戌亥は片目を閉じて『ドンマイっ』と口パクしてきた。
「……ここ禍津高校は、伝統ある文武両道の高校として〜云々カンヌン」
根津は一人でずっと話している。
いい加減うざいなコイツ。
「君は転入生だから、まだ分からないかもしれないが、僕は学級委員として〜」
『オーイ、根津』
「えっ!先生!」
『もう予鈴鳴ってるぞ。学級委員なら皆の手本になれよ〜』
「あっ……すみません!」
いつの間にか教壇に立っていた佐藤に促され、根津は席に戻っていく。
めんどくさそうな奴に目をつけられたな……と俺は頬杖をついた。
◆
「オイっ、アマちゃん!黒板が汚れているゾ!」
「アマちゃん!そんなモップじゃ、床を濡らしてるだけじゃないか!」
「アマちゃん!ペットボトルのラベルは剝がしたまえ!分別しろと書いてあるだろ!」
「アマちゃん!机は引きずるな!」
「アマちゃん!窓は閉めたまえ!」
「アマちゃん!礼はきちんと頭を下げるんだ!」
「アマちゃん!」
「アマちゃん!」
「アマちゃん………
〜
「アァアァァァア!!根津の野郎、るっせええ……!これじゃ夢に出てくるわ!」
家への帰り道。戌亥と二人。
堪らなくなった俺は心の内を吐き出す。
「あはは。根津は一度スイッチ入ったらしつこいからね」
「何なんだアイツは。俺に何の恨みがあるんだ!」
「恨みとかじゃなくて、内申の為だと思うよ」
「内申?」
「そうそう。アイツ、大学推薦狙ってるからね。評価上げたいんでしょ」
「俺を目の敵にすることと推薦に、何のつながりがあるってんだ」
「多分だけど……誰かに言われたんじゃないかな?アマちゃんの"更生"……とか?」
「更生って……俺は別に何もしてねえだろ」
「さぁ……。そこらへんのことウチには分かんないけど。"決められたこと"やってれば何も言われないと思うよ」
「決められたことって……」
「あ、そうだ。ウチ今日早く帰らないといけないんだった!走って帰るから、アマちゃん、また明日ね!」
そう言って去っていく戌亥。
つーか、アマちゃんって呼び方。マジ何なんだよ!
「…気にくわねえな」
そう呟いて、道端に転がる小石を思いっきり蹴り飛ばす。
石は草むらに飛んでいき、何かにぶつかって跳ね返る。
「イニャッ!」
「あん?」
草むらから声がした。
「あー、誰かぶつけちった?すまんね」
そう言うと、一匹の白猫が飛び出してきた。
「にゃんだその生意気な謝罪は!猫だからってニャめてんじゃねえぞ!」
(なんだ、猫か)
別に珍しくもない。
天界じゃ動物が話すのは当たり前だった。
……いや、下界もだっけ?
そんな俺に向かって、白猫は毛を逆立たせてギャーギャー喚いている。
喚く内容は「ぶち✕すぞ!」とか「慰謝料寄越せ!」とか……聞いてられない。
通り過ぎていく女子高生は、「かわい〜」と笑っていた。
(あー、コイツの声って下界の人間には理解出来てないみたいだな。ってことはやっぱり……)
「まぁまぁ、ホントゴメンナサイ。それじゃ」
「ふっっざけるにゃ!!見ろ!オレサマの美しい毛並みに跡が付いた!」
特に何も付いてない。
「……ごめんって。そんじゃ、ボク急イデルカラ」
足早に立ち去ろうと振り返る俺を逃がすまいと、白猫は飛びかかってきた。
「にゃんだテメェは!……ん?オレサマと話せる?」
「あー……」
(バレた)
「ニャンだテメェ。もしかして一時的に配属されたってゆー天使見習いか?」
「ハァ。やっぱり、お前も天使かよ」
「テメェ……先輩に対する口の利き方がニャってねえな……!オレサマはこの肌野地区管轄の一等天使ニャニャエル様だぞ!敬語使えタコスケ!」
「ふーん、今後ともよろしく。じゃ」
「待てこらボケェ!」
ニャニャエルは爪を制服に引っ掛けて離れない。
「テメェ上司だれにゃコラァ!そもそも、一方的に通達だけ寄越して、挨拶にも来ねえでよ!会ったらギタギタにしてやろうと思ってたニャ!」
背中に張り付いて、ちょうどよかったにゃ!と息巻いている。
「上司誰って……」
「お前の拠点に案ニャイしろや!直接文句言ってやる!」
制服、破れそうなんだけど。




