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ep5 約束

ep5


私の名前は浅野あさの 智代子ちよこ

来月で78歳になる、バリバリのコンビニ店員。


今日も朝から、目の前にある禍津高校に通う生徒たちの明るい声が私の耳を潤す。


「おばちゃん!これ!袋いらねーから!」

この舐めた口調のガキは若林。

隣に立つ無愛想なガキは春日。

毎朝決まった時間にこの店にやってきてパンを買う。

「あいよ、365円ね」

襟元の青いバッジで2年生だってことが分かる。

「ほいほい、ちょっと待ってね〜」


始まった。

毎朝毎朝……この若林は小銭をピッタリ出そうと財布を漁る。

(もうレジも自動だから、ピッタリ出してもらってありがてぇなってなることもねえんだよ……)

高校の目の前ということもあり、この時間は客入りも多い。

札でも何でも良いから、さっさと払ってもらいたい。

「あれぇ?確か5円玉があったはず」

(もうええて)


ここがまだコンビニになる前。

『浅野商店』だったころから私は店頭に立ち続けてきた。


何百、何千人という生徒たちを見てきた。

もちろん、昔から端数を揃えたりお釣りがまとまるように払ってくれる人は居たし、ありがたかった。


でもこのガキャぁ……

「なぁ春日、5円だけ貸してくんね?」

「嫌でゴンス」

「今度返すからさ!」

「無いでゴンス」

「嘘つけよ!見せろ!」


なげぇええええええ。

さっさと払えや!!!

もうええて!!ほらほらほら、後ろ並んできてるよぉ。

朝早く行きたい子とか多いんじゃないの?

毎日これだよ!

「しょうがねえな…370円で払うか」

はぁ。やっとか。

「あ、それならいい考えがあるでゴンス」

「んあ?」

嘘だろ……?


「おばちゃん、闇チキ一つ」

殺すぞガキが。

「……あいよ」

「は?春日なに勝手なことを!」

「よく見るでゴンス」

「え?あ、闇チキを追加すると合計が570円に……!!」

「私が200円払うから、これでピッタリでゴンス」

「すげぇ、春日天才かよ。ありがとうな」

「どうせ買おうと思ってたから良いんでゴンスよ」


バカだろコイツ。

5円払わされてんぞ。


「はい、これでピッタリね!」

「またのご来店お待ちしてます〜」

(二度と来んな)


禍津高校は県内でも屈指の進学校と言われているが、私には信じられなかった。


浅野 智代子。

来月で78歳。まだまだ知らないことだらけだ。



「おい、次移動教室だからよ。早く行こうぜ」

猿渡が教科書を片手に声をかけてきた。

「あー、そうか。反対の校舎まで行かないといけないのか」

「そうなんだよ。このクラスだけ校舎が違うから、いろいろめんどくせーんだよな」

「ねー。最初は特別感?ってやつがあってワクワクしたんだけどね〜」

戌亥も加わり、三人で廊下を歩く。

最初はぎこちなかったが、今ではこうして普通に話せる仲になった。

「そういえば週末暇?ウチ見たい映画あってさ」

「あ!『スライダーマン2』か!?オレもそれ見たかったんだよ!」

「なにそれ。ウチが見たいのは『バイオレンスラブ』ってやつ」

「なんだよ恋愛映画かよ〜」

「は?別に猿渡のことは誘ってないんだけど」

「んだよ!良いじゃねーか!オレと天使は"友達"なんだから、天使を誘うってことはオレも行くだろ」

「ね!どう?太郎。映画!主演の田代くんが凄くカッコよくて〜……」

「映画か……」

(下界の恋愛模様の参考になりそうだな)

「よし、行くか」

「やった!それなら土曜の10時に駅前集合で!」

「オイ、オレも行くからな!」

「勝手にすれば〜?」

「なんだよその言い草は!」

「アンタはスレンダーマンでも何でも見てれば良いじゃん」

「スライダーマン、だ!!」



「映画……ですか」

「あぁ。戌亥に誘われたから行ってくる」

「例の彼女さんですね。それなら悪魔調査ということで天界経費で落としておきます」

「助かるわ」

「それで、どうでしょうか。悪魔の手がかりは見つかりましたか?」

ミリュエルは眼鏡をくいっと上げる。

「今んとこはねえな〜。本当に悪魔なんか居んのか?」

「居ます。しかも、禍津高校には最低でも二体以上の痕跡が残っています」

「ふーん。ちなみにミリュエルは見つけたのか?」

「え?何故私が?」

「何故って……ミリュエルは大天使だろ」

「私は現在太郎の監視役として下界に降りてますので、悪魔祓いは管轄外です。今は神様の秘書天使ですし」

「秘書天使って悪魔祓いしたら駄目なのか?」

「そもそも天使が管轄外のエリアで悪魔祓いをしたら、地区担当の天使から文句を言われることもありますから」

「へぇ。そういうもんなのか」

「はい。今は禍津高校だけ、特例として太郎の一時管轄にしていますが……」

「いろいろあるんだな〜」

「いろいろあるんです」


「くれぐれも、天使になりたいのなら、そこらへんの処世術も身に着けなければ」

「ほいほい〜って、そういやジジイは?」

ミリュエルは眼鏡を)以下略

「神様でしたら、天界に戻ってますよ」

「え?あの人帰ったの?」

「えぇ。どうやら"逃げられなかった"ようで」

「逃げるって、誰から?」

「……まぁ、それは良いんです。とりあえず明日の準備をして今日は早く寝ましょう」

「……?まぁ、そうだな」



その日、俺は夢を見た。

忘れたくても忘れられない。

忌まわしいあの日の記憶。


燃え盛る業炎と溶岩に囲まれた薄暗い世界。

目の前には何十もの悪魔の屍。

積みあげられた悪魔たちの山の頂に、大きく翼を広げる少女が一人。


『きっともうすぐ、審判の刻が来る』

「審判の……」

『カタストロフィ』

「それって……」

『約束だよ?』

「え?」

『私と……一緒に戦うの』

「え、僕が?」

『そうだよ。だってアナタは――』


少女は輝く剣を向けてくる。

そして――


■■■■■■


「ハァっ!!ハァ……ハァ」

汗が滝のように溢れ出している。


やっと、下界に来たのに。

いつだって忘れることは出来ない。 

少女の声。笑顔。翼。


そして大量の悪魔の屍。

脳裏に響く約束。

俺にとって、この"約束"は『呪い』なんだ。

(早く、天使にならなければ)

俺は、首にかけられた十字架を強く握り締めた。

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