ep4 初めてのカノジョ
ep4
禍津高校2-Zに転入して一週間が経って、どうやらこのクラスにはいくつかルールがあることが分かった。
大まかに分けて三つ。
一、授業中は無言、不動。
二、クラス全体の流れに逆らうと、他全員が穴目(俺はこう呼んでいる)で見てくる
三、どうやら人間関係や役割が誰かに"決められている"。
一つ目と二つ目は言わずもがな。
初日の感じだ。
そして三つ目。
今も俺の正面でくだらない話を一定のトーンでダラダラと続けてる猿渡という"友達役"。
そして――
「ちょっと〜天使、ちゃんと猿渡の話聞いてあげなよ〜」
「あ、あぁ」
横で笑う派手目な女子生徒。ロングの金髪で、毛先をクルクルと遊ばせている。
戌亥 香。
どうやら俺の"彼女"らしい。
誰が決めたのか、どうして決まったのか分からない。
彼女に決まったのは、転入して三日目のことだった。
■■■■■■
「それでさ、オレが通ってたバッティングセンターに猫が入ってきてさ〜……」
「お、おお。そうか」
「店長が大慌てで追いかけるんだけど、全然捕まえられなくてさ」
「それは……災難だったな」
「ちょっと、いい?」
「え?」
「あ、戌亥……さん」
「ちょっと、校舎裏来てくれる?」
「は?なんで?」
「良いから。次の授業始まるまで時間無いし、早く」
「……い、行ってこいよ天使くん」
「?あぁ」
そして校舎裏。
モジモジと袖を握り、顔を赤らめ恥じらう様子……など微塵もなく、戌亥は淡々とした口調で"報告"をしてくる。
「ウチがアンタの彼女になったから」
「……」
「……」
「じゃ、それでよろしく」
そう言って去っていく戌亥。
「……は?」
そのあと、俺は少しの間動けなかった。
混乱してしまったからだ。
もちろん授業に遅れて、全員から穴目で見つめられた。
■■■■■■
戌亥とは何の接点もない。そりゃそうだ。
だって俺、転入してきて三日だぞ?
それでも彼女と決まってから、戌亥は休み時間の度に横の席に座ってきて話に参加するようになった。
下校時間になれば一緒に帰る。
戌亥の家は俺の家から反対なので、とんだ遠回りだ。
(……こういう、もんなのか?)
天界で習った下界とはだいぶ違う気もするが……
(天界の下界学教科書、発行年がだいぶ古かったしなあ。確か参考にしたのって平成の日本だっけ)
そりゃ時代は変わるか……と自分を納得させている。
「体育祭だけど、アンタとウチは二人三脚に変わってもらったから」
「え?俺はリレーのはずだけど」
「だから、変わってもらったって言ってんじゃん」
「そうかー。リレーやってみたかったんだが……」
「アンタの代わりに太田が出るから、大丈夫じゃん?アイツ足速いし」
「いやそういう問題じゃ……」
「そうだ。今日帰りストバ寄ってかない?」
「ストバ?」
「え、天使くんストバ知らないの?なら行っておいたほうがいいよ。普通の高校生なら、帰りにストバ寄るのは"普通"だし」
「そーそー」
「そういうもんなのか。なら行ってみるか」
「じゃ、放課後ね」
◆
戌亥と肌野駅前まで来る。
ここは相変わらず人が多いわりに誰も周りに興味無さそうで居心地がいい。
「ここがストバか」
店先には小洒落た絵文字で『STOP VIOLENCE COFFEE』と掲げられている。
なるほど、略してストバ。
「ウチ、ここの魔茶ラテが好きなんだよね」
「へぇー」
そう言ってカウンターにあるメニュー表を見る。
「え゙ぇっ!?」
記載しているメニューを見て、戦慄が走る。
『STOP VIOLENCE COFFEE MENU』
ダークネスフラペチーノ 2,300円
デビルカプチーノ 1,800円
極真空ラテ 3,100円
…
…
魔茶ラテ 2,200円
「た、高くね!?」
「え、そう?あー、今はセールとかやってないしね」
「えぇ……」
(珈琲一杯にこの値段。インフレエグすぎだろ)
「とりあえず、魔茶ラテのダークネスマシ暗黒アゲアゲのグランドバッド、オルタナティブジョーカーフロリダニュージョージア、あ、アンダルフはゴリアテに変更で」
「かしこまりました!魔茶ラテのダークネスマシ暗黒アゲアゲのグランドバッド、オルタナティブジョーカーフロリダニュージョージアで、アンダルフはゴリアテに変更ですね!」
「何の呪文?」
「お客様はどうされますか?」
「え、えーと。珈琲で……」
感じる。横で戌亥の視線を感じる。
恐る恐る横を見る。
「……」
で、出たーー!穴目だ!
なんだこれ、どうすりゃいい!?
ちらっと店員さんを見る。
「……」
「……」
笑顔で待っている。
目を閉じているからわからないけど、店員さんまで穴目じゃないかとドキドキしている。
「魔、魔茶……ラテで」
恐らく、間違いでは無いだろう。戌亥も注文していたし。
「かしこまりました!ストロンボンはいかがなさいますか?」
ス ト ロ ン ボ ン !
なんだそれ!
魔茶ラテのストロンボンの確認!
「早くしなよ。後ろ、つかえちゃうよ」
「あ、ああ」
思い出せ!!戌亥の注文を思い出すんだ!!
「魔茶ラテ、のダグラス?揚げ焼きのロングパッド……オールナイト状態……風呂ニダ、ニュージャーナルで、安全ピンはゴリラに変更……とか?」
呪文なんて覚えてられるか!!
とりあえず適当に言ってみる。
心臓がドキドキと高鳴って痛い。
横も、前も見れない。
俺はメニュー表を凝視してるフリをする。
さぁ、どうなる!?
「かしこまりました!」
(通ったーーー!!!!!)
「へぇ、なかなかやるじゃん」
「だ、だろ?」(何が!?)
「お2つで、お会計7,200円になります!」
(えええぇえ!!??!?)
魔茶ラテは2,200円だろ!?
二つで4,400円!呪文部分に2,800円もすんの!?
何の呪文!?!?
「今日はウチが誘ったし、ウチ出すよ」
「え?いやそれは……」
「別にいーよ。アンタだって……いろいろ"戸惑って"るだろうし」
「へ?」
戌亥はそれから無言で携帯を画面に押し当て、支払いを済ませた。
「出来ましたらお呼びいたしますので、横に逸れてお待ちください!」
そうして、初めてのストバは何とか乗り切った。
その日に飲んだ魔茶ラテの味は、普通だった。
◆
「え?お小遣い……ですか?」
「あぁ。どうも想定していた物価よりも高いみたいだ」
「そうですか……ちなみに何に使うのですか?」
「彼女と出かけたときに、払わせてしまってな」
「彼女……?」
「ん?あぁ。彼女になったらしい」
「……」
ミリュエルはポカンとした表情で固まる。
(さすがにおかしいか?)
「素晴らしい!早速接吻に向けて動き出しているのですね。思っていたよりも手が早くて驚きました」
「ん?あぁ……そう、だな」
(そういえばそうだった)
「とはいえ、悪魔を見つけたらすぐに私に報告してください。間違っても一人で対処しようとしないように」
ミリュエルは眼鏡をクイッとあげて、真っ直ぐと見つめてきた。




