ep3 作戦
ep3
「……」
「……」
普通に気まずい。
一緒に帰ろうとか言っておいて、この猿渡とかゆー野郎、一切話さねえ。
そのサル顔活かしてペチャクチャ話せや。と口から出そうになるのを何度飲み込んだことか。
(なにこれ。俺から話しかけるべきなんか?)
「……」
「……」
(気まずーーー!別れた翌日の彼氏彼女か!?)
「「なぁ」」
えっ。このタイミングで被る?
恥ずかしっ。
「「……っ」」
「どうぞ」
「あ、いや、お前から良いよ」
「……」
「……」
「うちってさ、変な学校。だよな?」
「え?」
「いや、なんてゆーか。よく分かんないんだけどよ」
「他所の学校から来た天使くんからしたら、どうかなって」
「他所の学校……」
脳裏に浮かぶのは、天使学校で過ごした10年間の日々。
■■■■■■
「ねえねえ。今日もお花が綺麗よ」
「あらほんと」
「ウフフフ」
「オホホホ」
「本当に君はカッコいいなあ」
「いやいや、君のほうこそクールだよ」
「アハハハ」
「エヘヘへ」
「おや、君は羽が本当に綺麗だね!」
「……うるせぇ。毎日毎日同じようなことばっか言いやがって。テンプレートみてぇな言葉は聞き飽きたんだよ!」
「……」
「君は本当に滑舌が良いなぁ!」
「アハハハ」
「えぇ……」
■■■■■■
「………」
思い出したらげんなりしてきた。
「いや、だいぶ良い学校だと思うぜ。皆、個性的で」
「……個性、か」
「……」
「……」
(なにコイツぅぅーー!!遠い目をしたまま黙っちゃったよ。変な学校じゃないけど、変な奴だコイツ!いや、下界じゃ皆こーなのか?)
「あ、じゃあオレ、家こっちだから」
「え?あ、あぁ。またな」
「おう……また、明日」
そう言って去っていく猿渡は、後ろ姿もサルっぽかった。
◆
「帰りやしたよっと」
「おかえりなさい」
「お、ミリュ……あ、いや、お姉ちゃん。ただいま」
「ふふ、さぁ。学校での話を聞かせてください」
「話するようなことは何も無かったよ」
「何でもいいのです。そうですね……私は帰り道で真っ白な猫ちゃんを見つけました」
「は、はぁ……?」
「その猫ちゃんがですね、私の方に寄ってきて……」
ミリュエルさんの退屈な猫談義は二時間続いた。
「おーい、帰ったぞ〜いウィック」
「あ、ジジイ帰ってきたな。って酒クサッ!!」
「おー、我が子たちよ!さぁ父に抱擁をしなさい」
「クサいので嫌です」
「なんだこの臭い。酒飲んだんか?」
「いやー、今日は取引先との接待でなぁ。三億の商談が成功したんじゃ」
「え……今日就活だったんじゃ」
「ほほほほ!儂、神様よ?面接当日に三億の商談なんてチョチョイのチョイじゃわな」
「まさか下界人相手に神力を使ったんじゃないですよね」
「は、は!?ま、まままさかそそそそんな、わけ無いし!は!?」
「……神様。これは報告ですね」
「いや、ちょちょまてまて待ってミリュエルちゃぁん!」
「クサいので触らないでください」
「あやいやえっとそのえっと!仕方なくよ?なんか面接のときウザかったからつい……」
「ハァ。今回は内緒にしておくので、明日から元に戻しておいてくださいよ」
「えー!そしたらまたアイツが偉そうに……」
「えー。ではありません。今度やったら、本当に天界に報告しますからね」
「ハァ。ミリュエルちゃんはお固いんだからさぁ」
「あ、そういえば天界からメッセージ来てましたよ」
「え゙……」
「ちゃんと返事しといてくださいね」
「誰から……?」
「さぁ。ご自分で確認されては?」
「ひぇぇ……」
自室へ入っていくジジ……神様。
バタン、とドアが閉まる。
数秒の静寂。
そして――
「ギャアアアアアアアアアアッッ!!」
家全体が揺れるほどの絶叫が響いた。
(あ、これはアティナ様からですかね)
ミリュエルは慣れた様子で紅茶を飲む。
「え!?なになに怖い!」
「大丈夫ですよ。いつものことです」
「いつも何があってんの!?」
◆
夜の禍津高校。
昼間は千人近い生徒で賑わっていた校舎も、今は生き物の気配一つ無い。
グラウンドを囲むフェンスが風に揺れ、カタカタと小さな音を立てている。
職員室や事務室の明かりも既に落ちており、窓ガラスには夜空の光が反射していた。
校門の時計は午後十時を指している。
誰もいない。
何もいるはずがない。
それなのに。
校舎の三階。
2-Zの教室だけは、ぼんやりと薄灯りが点いていた。
クラスに居たのは、黒い儀式服に身を包む三人。
若林。春日。そして、太田。
「……天使が、来てるらしいぞ」
「またか?」
「どうも今度は本気で俺達を狩るつもりらしい」
「えっ、てか。今日の転入生……」
「あぁ。こんな中途半端な時期の転入。タイミングが良すぎる」
「それに名字が……」
「天、使………ハッ!」
三人に戦慄が走る。
「いやいやいや!あまりにも直球過ぎるだろ!」
「それに、どうもアホそうな印象を受けた。天使ってもっとこう、真面目そうな……」
「人違いでした。じゃ済まない。明日、確認してみよう」
言い切る若林に、春日が不安な表情を浮かべる。
「……確認って、どうするでごんす?」
「へっ。今の量産型天使の奴らは皆同じような教育しか受けてねえ」
そしておもむろに立ち上がり、床に刻まれた儀式陣に火を付ける。
若林は口元を吊り上げた。
「簡単なことだ」
「俺に、いい考えがある」
「いい考え?」
「明日は朝、早く学校に集合だ。良いな?」
「ごんす」
◆
翌朝
正門を越えた校内正面通路の脇にある植木鉢の影。
そこに若林は隠れていた。
「へへへ。正門の前に財布を置いてやったぜ」
「これでアイツが財布を拾うのか、どうか……拾ったとして、中身を抜くのか」
天使ならば、中を見ずに職員室にでも届けるだろう。
「これで天使かどうか、一発だぜ……って!!」
若林は立ち上がり、叫ぶ。
「春日も太田も、来てねえじゃねーか!!!」
朝7時。
(天使が何時に登校してくるか分からないから、早めに来いと言ったのに!!)
それから1時間。
8時を過ぎ、続々と学生が登校してくるが、天使の姿は見えない。
「ちくしょおアイツら……許せねえ。まじで来ねえ」
怒りに震えながら、道に置いた財布を確認する。
「あれ!?」
いつの間にか、若林の財布は消えていた。
「そ、そんな!いつの間に!!?」
若林は道に飛び出し、焦りながら財布を探す。
「嘘だろ!?天使来たのか?やっべえ見逃してた……!そんな、そんな!」
抜かれたことを確認するために、中には三万円入れていた。
校則ではバイト禁止だが、近所のペットショップで隠れて必死にバイトをして貯めた全財産。
「そんな……」
ガクっと膝から崩れ落ちる若林。
おもむろに、涙が溢れてくる。
「ちくしょぉ……必死に貯めたのに……!」
「どうしたでごんす?」
「……っ!」
顔を上げると、そこには爽やかな笑顔の春日。
「大丈夫か?」
「春……日!」
中庭のベンチで、若林は胸中を吐露した。
どれだけ必死にアルバイトを頑張ったのか、腕にある猫の噛み傷を見せながら、若林は語り続けた。
春日は優しく話を聞いてくれた。
最後には、缶コーヒーをおごってくれた。
あの、ケチな春日が、だ。
「ありがとう……春日」
「良いでごんす。今日は朝から良いことがあったからね。幸せを分け合うのも大事だ」
「そうか……良いことって?」
「登校中、偶然臨時収入がありましてねえ。やはり徳は積んでおくものですな!ガッハハ!」
「へへっ、幸せは分け合うもの、か。それ良いな」
その日飲んだ缶コーヒーは、不思議と苦くなかった。




