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天使くんは神様になんかなりたくない  作者: 土ノ子 ウナム
【第二章】天使くんは神様になんかなりたくない
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ep0.2 進路指導

ep0.2


進路指導室は、昼休みにもかかわらず静まり返っていた。

窓から差し込む春の日差しだけが室内を照らし、壁掛け時計の秒針だけが規則正しく時を刻んでいる。

長机を挟んで座るのは三人。

担任の佐藤、理事長の綿堂、そして一年A組の戌亥。

戌亥は膝の上で指先をもじもじと絡めながら、不安そうに二人を見比べていた。


「先生……それで、4月から部活は辞めないといけないってことですか?」

戌亥は少し困ったような表情を浮かべる。

「そうだね。戌亥さんだけじゃなくて、1-A全員が対象だけどね」

「でも……私は部活推薦で入学しましたし、それに――」

『問題ありませんよ』

戌亥の言葉が最後まで言い終わる前に、綿堂が口を開いた。


『アナタという優秀なプレイヤーが居なくなるのは本当に惜しい。だが、禍津高校特進クラスに選ばれるという名誉を……コーチもキャプテンも心から祝福してくれてい魔す』

「……」

『むしろ、まだ一年生のアナタに頼り、プレッシャーを与えすぎていたことを後悔してい魔した』

「そんな……」


綿堂は静かに、机の上にある1枚の紙に手をかざす。

そしてゆっくりと、爪の間から黒いインクのような液体が滴る。

「えっ……!?」


『大丈夫。不安な気持ち、混乱する気持ちは分かり魔す。でもそんな気持ちに労力を費やすのは勿体ない』

戌亥の肩がびくりと震え、何が起きているのか理解できないまま椅子の背へ身を引いた。

「理事長……?」

佐藤はただ、黙って綿堂の垂らすインクを見つめている。


黒い雫は紙へ吸い込まれるように染み込み、文字の輪郭をゆっくりとなぞっていく。

理事長は、その様子を穏やかな笑みで見つめていた。

『余計なことを考える必要はない。さぁ、怠けてしまいなさい……』


戌亥の瞳から少しずつ光が失われ、黒が静かに虹彩を侵していく。

『その代わり……と言ってはなんですが。アナタの望む青春を、我が校はご用意し魔す』

「青……春……」



『これで、全員の面談は終わり魔したかね』

「……」

『佐藤先生。まだ、悩んでいるのですね?』

「はい。本当に、これが最善なのか」

『最善……そうですね。彼らはこれから心を育て、常識や理性を捨て罪を背負う。堕ちた心はやがて悪魔と為る……』

綿堂はふと、窓の外へ目を向ける。

部活動へ向かう生徒たち。

まだ何も知らない笑顔。

『一般的には、"最悪"なんでしょう』


「……」

『ですが、勘違いしてはいけない。これから新しく生まれる悪魔もまた、彼ら自身なのです。アナタは担任として、そんな悪魔せいとを導いていかなければ』

「……分かって、います」

『あー、それと』

綿堂は机に置かれていたファイルを、ゆっくり開いた。

『この"四人"は、もう既に適正がある。早めに悪魔化して、特進クラスをまとめつつ"天使への対応"を促して下さい』


そこに書かれていた名前は、若林、春日、太田、そして――


「分かりました」

『授業含め、これからアナタは彼らの怠惰を"吸う"ことになるでしょう。動けないときは、私がサポートし魔す』


そう言って、綿堂は進路指導室を出ていった。



進路指導室を出た私は、重たい足取りのまま昇降口を抜ける。


まだ少し冷たい春風が頬を撫で、校庭からは部活動に励む生徒たちの賑やかな声が聞こえてきた。

(特進クラス……か)

ぼんやりと歩き出した、その瞬間。

「ワンちゃーん!!」

校舎の柱の陰から勢いよく飛び出してきた人影が、私の肩を軽く叩く。

「キャッ!!」

思わず肩を跳ねさせる。


「えっへへ!ワンちゃんってば、クールな見た目のくせに驚いた声は可愛いでやんの!」

「ちょっと"透花とうか"!ビックリさせないでよ!」


「いやぁ、つい!」

一色いっしき 透花――

同じクラスで、私の一番の親友。


「ったく……わざわざ待ってたの?」

「うん!私の次がワンちゃんって、分かってたからね」

「特進クラスのこと、聞いたんでしょ?」

「聞いたよ!」

「どう……思う?」


そう聞いた瞬間、透花はくるりと身を翻した。

そして振り返った透花の顔を見た瞬間、私はギョッとした。


目が暗く、深く。

まるで穴のように、黒く沈んでいた。

「まぁ、良いんじゃん?"私たちは選ばれたんだよ"!」


――余計なことを考える必要はない。


理事長の言葉が脳裏を駆けた。

私は、無言で透花についていった。



「のう、ウリエルや。本当にここまでする必要があるのかの?」

ガーネシアは情けない頭皮を薄く搔きながら、目の前に座る天使へと声をかける。

「……神様。いい加減呼び方を覚えてくれませんか?今の私は、ガーネシア様の秘書天使ミリュエル。あんまり物覚えが悪いと神様の肩書が泣きますよ」

「あ……あぁ。すまん、ミリュエル。どうしても慣れなくてのう」

「まったく。ガーネシア様の系譜に組み直したのですから、今の私はただの大天使。その態度も改めてもらわなければ」

「うぅむ……そうじゃのう」


「それで、質問の答えですが。ここまでする必要は無いかもしれません」

「ほえ?」

「ガーネシア様の言うとおり、彼が順当に神様大学へ行くと言うかもしれない」

「そうじゃろう。アイツにとっても、願ってもない誘いじゃ。というか、行ってもらわんと"あの女神"になんて言われるか……」

「でも、言わないかもしれない」


ミリュエルは読んでいた本を閉じて、眼鏡をクイッと上げた。

「未来は"可能性"で埋め尽くされている。あらゆる選択肢の……その先まで用意しなければ」


ガーネシアは困った表情で再度頭を搔いた。


「お主はときどき、何を言うてるか分からんよのう……」

「可能な限り、予定調和といきたいものですが。……クロノス派がどう動くかも分かりません」


「……クロノ……?なんじゃ。それ」


「あぁ……"こっちの世界"だと、上位存在は知られていないのでしたね」

「ミリュエルや、本当に何を言っておるのじゃ」


ミリュエルは薄く笑う。

「こっちの話です。気にしないでください」


■■■■■


禍津高校。

力を増し続ける悪魔たちに備えて、穏健派の神々が用意した悪魔育成機関。

過激派のように悪魔を真っ向から潰すのではなく、悪魔すら仲間として迎え入れる施策。


この施策は下界にとっての福音となるか。

それとも"神災"となるか。


後に禍津高校から始まる集団自殺は、やがて神無川全域へと伝播し、世界を崩壊へと導く。

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