第二17話 "全知"の存在
第二17話
下界――主に日本は、瞬く間に第二の地獄と化した。
とめどなく、溢れ出る悪魔たち。
彼らは天界と大悪魔たちによって極限の飢餓を押し付けられた者たち。
開かれたゲートの先、目の前に広がる人間に、喰らいつかぬわけがない。
対して理由も状況も、何一つ理解出来ずにただ悪魔たちに蹂躙され、家族や親しい者たちを失う人間たち。
数少ない生き残った人間の心は、困惑と絶望に染まり、新たな悪魔を生み出し続けた。
顕現した悪魔、降臨した悪魔。
一度決壊したダムを止められる者は、もはや誰もいない。
それこそ――"全能"でもなければ。
下界に配属されていた天使たちも応戦するが、圧倒的な悪魔の物量、そして"満腹"になった悪魔たちの力に、大天使でさえ敗れ散っていく。
それまでヤーファウを中心に天界を統べていたカオス派の神々は天界の門を閉じ、籠城と静観を決め込んだ。
対して、クロノス派の神々は独立して動き出す。
ある神はカオス派を糾弾し、またある神は足早に下界へと降り立ち悪魔殲滅に動き出した。
そして――
やがて下界に、生きた声は響かなくなる。
聞こえるのは、もう尽きかけている心を奪い合い、貪る悪魔の咀嚼音のみ。
『アハハ!アーッハハハ!!!』
ただ一柱。
漆黒に染まった大槍を持つ、赤髪の神の笑い声だけを除いて。
◆
そこは部屋ではない。
空でも、大地でもない。
本があるようにも見える。
映像が流れているようにも見える。
誰かの声が聞こえるようで、何も聞こえていないようでもある。
無数の文字が生まれては消え、知らない誰かの記憶が一瞬だけ脳裏をよぎり、次の瞬間には遥か未来のような光景へと置き換わる。
過去も、現在も。事実も、可能性ですら。
全てが境界なく混ざり合い、ただ"情報"という概念だけが、この空間を満たしていた。
理解しようとした瞬間、新たな知識が雪崩れ込み、思考は追いつかない。 それでも不思議と、必要な答えだけは胸の奥へ静かに沈んでいく。
『……この世界の"可能性"の話ですか』
たいして大きな声を発したわけではないのに、私の声は天高く轟いた。
私の声に呼応するように、どこからか声が降りてくる。
――はい。それは数多の可能性の話であり、実際に起きた史実でもあり、無限に広がる"結末"の一つです。
降りてくる声は優しく、しかし冷たい。
無機質な機械のようでいて、どことなく母性を感じさせる声のようでもある。
『天界に、"全能"などという神が居たと……?』
――その通り。
本来の世界線でいけば、全能の神『ヤーファウ』が三界を保存し、観測していくはずでした。
天上の存在、"世界"の意思に従って。
『ですが、そのような神は天界の記録上存在しないはず』
――そうですね。
例外無く全ての存在が、その神を忘れるほどの悠久が経過したのかもしれないし、そもそもこの世界線には最初から存在していないかもしれない。
『……答えになっていないのですが』
――しかし、これが答えなのです。
『……むぅ』
――とにかく、三界のありとあらゆる……まさしく全てを任せていた存在が消失したという事実が全て。
あ、どうせ聞かれるだろうから先に答えますが、"世界"は、生み出すこと以外直接干渉することは出来ませんのであしからず。
(……なんだか腹立ちますね)
――今、むかつきましたね?
『いえ別に。……というか、そのような神を生み出せるのであれば、"世界"とやらが再度"全能"を生み出せば良いではないですか?』
――それは無理なのです。
全能を生み出すことは、あの子によって禁じられました。
『あの子?』
――あの子……ヤーファウに与えていた力はまさしく《全能》
全能の神は、なんだって出来る。
それこそ、生みの親である"世界"にすら、制限をかけられるほど。
『……』
――オホホ、あまりにも過ぎたる力でしたね。反省しています。
でも、それほどの力を与えねば世界の保存が成り立たなかったのも事実。
『それで、私には何をしろと?まさかその全能の代わりになんて――』
――いやぁ、それは無理でしょ。普通に(笑)
アナタは我々アカシック・レコードにアクセスできる《全知》の力は持っていますが。
それ以外は、何も出来ない。
『……』
――あっ、またムカつきましたね?
『良いですから。早く答えてください』
――アナタには《全知》の力を用いて二つのことをやっていただきたい。
『二つ?』
――1つは、世界の管理者を見つけること。
管理の方法はその者に任せます。とにかく、世界を保存、観測できる管理者の器。
『はあ……』
――2つめは、世界崩壊の原因を見つけ"完全消滅"させることです。
『原因?』
――因果の理です。
結果には、必ず原因がありますから。
『……どう考えても無理難題では』
――だーいじょうぶ♪
もし世界が崩壊する場合でも、"世界"の力で崩壊のキッカケとなる"分岐点"へ時を戻します。
何度やり直しても構いません。
『えぇ……ってか、時を戻せるのなら全能が死ぬ前に戻れば……』
――それは出来ません。
そうすると、彼の"全能"と矛盾してしまいます。
『矛盾?』
――彼は自らの力により、"全能"の完全消滅。そして再誕を禁じました。
もし時を戻して彼の消滅が無かったことになるのなら、彼の"全能"は"全能"ではないことになる。
『あ〜……全能全能ってゲシュタルト崩壊しそう』
――あ、あと時を戻せば当然記憶は無くなりますので!ご注意を!
もちろんこの部屋で我々と話した記憶も無くなりますッ!
『は!?そんな、何も意味ないじゃないですか!何も覚えてないって……』
――ま、そういうもんでしょ。
全知であって、確定していない未来のことまで分かる"予知"では無いですし。
『……』
――でもでも!
記憶や経験はなくなっても、魂に刻まれた"感情"や"感覚"は残ります。
私と話した記憶は無くても、きっとアナタの中に使命感や義務感という原動力が無自覚に残ります!
『それって、曖昧じゃ……』
――あ、もちろんアナタだけじゃないですよ。
世界の力で時を戻し記憶や経験が消えても、各々の魂には体験した感情や思いが刻まれます。
『なんだかややこしいですね』
――あ、そろそろ時間です!
もう世界が崩壊するので、時を戻しまーす♪
『えっ、ちょ、待って!まだ知りたいことが――』
――分かんなくても忘れるって!
とにかく、がんばって!
崩れゆく《アカシック・レコード》。
本なのか、映像なのか声なのか。
今まで長々と対話していたようにも感じるが、実際は刹那に情報が落とし込まれている。
とにもかくにも、"世界"と一緒に私も崩れていく。
体も、翼も。
――最後に、私は眼鏡をクイッと上げたところで視界は真っ暗になっていった。
このエピソードで、第一章終わります。
混乱してる人もいると思います!でもすみません!
アクセル全開でそのまま行きます。
次話から第二章入ります




