↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使くんは神様になんかなりたくない  作者: 土ノ子 ウナム
【第一章】天使くん、下界に行く
PR
36/42

第二16話 分岐点

第二16話


水鏡に映し出されたのは、天界の理すら揺るがす異常。


ネヴァは、目の前の事実をどうしても受け入れられずにいた。


『ばかな……! ヤーファウ様が……全能の神が……!』


「ネヴァ様! お気を確かに……!」


青髪をかき乱し、明らかに狼狽するネヴァへ、数人の天使が心配そうに駆け寄った。


取り乱すのも無理はない。


“世界”が最初の神を生み出してから今日に至るまで――


役目を終えて退位する神や、人間として転生する物好きな神こそいれど――魂ごと完全に消滅した神など、一柱として存在しなかった。


それも、消滅したのはヤーファウである。


『そんな……あり得ないのだ……!』


「あぁ……これから天界は、どうなってしまうのでしょうか……」


ネヴァの狼狽が伝播し、周囲の天使たちにも不安が広がった。


そんな中、ただ一柱だけ、水鏡から目を離さない神がいた。


『まさか、あのヤーファウが消えるとはなぁ』


私は水鏡を眺めながら、ぼそりと呟く。


ヤーファウは、現存するどの神よりも絶対的な存在として君臨し続けてきた。


“全能の神”ヤーファウ。


神が彼一柱しか存在しなかった時代には、唯一神として。

新たな神々が生まれてからも、絶対神として。


地獄を管理し、下界を保存し、世界を観測する。


ガイア=カオス派の盟主にして、天界の支配者。


ありとあらゆる万象を“可能”にする、その御業に支えられていた機構も数え切れない。


『こりゃ、天界がどうなるって程度の話じゃねえな』


「アティナ様……?」


『悪魔どもを痩せ細らせ、地獄へ押さえ込んでいたのもヤーファウだ。クロノス派の神々を黙らせていたのもな』


『アティナ……』


『地獄も、下界も、天界も。争いのない絶対支配を維持できていたのは、全能があったからだ!』


『おい、アティナ……お前――』

ネヴァが私を見る。


その目に浮かんでいるのは、困惑ではない。

畏怖だった。


『なんで……笑っているのだ?』


『え……?』

私は水面に映る自分を見る。

確かに、笑っている。

『……本当だ』


笑ってる。そうか、私は笑ってるのか。

口角が、抑えきれずに吊り上がっている。

頬まで熱を帯びている。

『見つけちまったみたいだ』


『は?』

そして私は、下界への門を開く。

『オイ!何を――』


『運命の相手を、迎えに行かないと』

『ハァ!?ふざけてる場合か!?』

そう言って、ネヴァが門を閉じようと手を伸ばす。

ガシッ

『うっ……!?』


ネヴァの首は、見た目以上に細い。

『ぐっ……!?』

少し力を加えれば、簡単に折れてしまいそうなほど――

『な……ア゙……ティナ……!!』

『あぁ、すまない。どうも、昂ぶってるみてえだ』

『がはっ!ハァッ、ハア!』


私は門へ足を踏み入れた。

体が光を纏い、下界への降臨が始まる。

薄れゆく天界を背に、横目でネヴァを見た。


『……ふざけてなんかねえよ。私は初めて、恋を知ったんだ』


ブォンッ


残された天使たちは、困惑を浮かべたまま言葉を失う。

その沈黙の中、ネヴァだけが掠れた声を落とす。

『意味が……分からないのだ』



悪魔は叫びながら、猛スピードで迫ってくる。

その悪魔は長槍を肩に担ぎ、一直線にオレサマへ。

『今までの恨みだ!!死ねええェエエエエ――


マズイ。

ミートロフとの戦いで光もとうに尽きている。

死ぬことはない。

だが、それでもこの場から離れるわけには――


「オルァ!!!」


――ギャベブッ!!?』


迫る悪魔の顔面を、戦鎚で叩き潰す少女。

肩には身の丈ほどの大弓。燃えるような赤髪。

「あ、アナタは……アティナ様……!?」


少女は燃える赤髪を揺らし、弓を構える。

放たれた矢は、飛び回る悪魔たちを一度に十体撃ち落とした。


「アティナ様!大変ですにゃ!ヤーファウ様が……」


アティナは更に弓を構えて、豪快に笑った。

「ハッハハハ!!知ってるよ」

そして小さく屈み、オレサマをひょいと抱き上げた。


「おもしれぇ、おもしれえことになったな!!?ニャニャエル!!」

「えぇ!?な、何を」

「そもそもが、退屈してたんだよ。悪魔を支配して、地獄を管理して、下界を保存して……」


「全て、全能の神様がやってくれるイージーモード!他の神様はのんびり眺めててください、だァ?そんなの、戦争の神である私には似合わねえ!!」


ガガガガギュンっっ


大弓が唸る。

次々に下界へと飛び出す悪魔を、絶え間なく撃ち落とす。


「それに……それにだ!!」


アティナは神骸を見て、また笑った。


「神でさえ、殺せる。……つまり、"アイツ"がいれば神とだって――」


その笑顔は。

隠すことのない狂気を孕んでいる。


「殺し合えるってことだろ?」


その幼い顔つきには似合わない、あまりにも歪んだ口角。

「私はアイツが欲しい。アイツは私のものだ!!」


これが――恋ってやつなんだな?


その一言は、オレサマに問うたのか。それとも自らに説いているのか。


狂気の中に、純真な眼差しが混じる。

見る角度さえ変えれば、まるで年相応の可憐な少女のような、煌めく笑顔。


アティナは叫び、悪魔たちが積み上がる屍の山頂へと駆け上がる。

「始められるんだ。終わりへと向かう戦いがッ」

アティナは腰に携えていた輝く剣を抜く。

そして神骸の前に立つ、太郎だった何かに歩み寄る。


「太郎――いや、名も知らぬ神殺しよ」


「お前のおかげで、審判の刻が動き出した」


天魔大戦カタストロフィへの――カウントダウンがな」

そう言い放ったアティナは、顔を赤らめて抵抗無き太郎に口づけた。


太郎は動かない。返事もしない。

「よし、約束だ。私と一緒に戦う」

だがアティナは、太郎の返事が聞こえているかのように話し続ける。

「だっておアナタは――」


「私が探し求めていた、神殺ノグングニルなんだからな!!」



溢れ出す悪魔を、アティナが嬉々として殲滅する。


アティナは矢筒へすら手を伸ばさない。

ただ、大弓の弦を引き絞る。

ギリ――

その瞬間。

光が弦へ集束する。

一本。

二本。

十本。

百。

幾千もの光刃が夜空を覆った。

「消えろ」

放たれたのは矢ではない。

戦神の殺意そのもの。

夜空が閃光で裂け、

飛び出した悪魔たちは悲鳴すら上げられぬまま、光の雨に飲み込まれた。


『アッハハハ!足りねえ足りねえな!!見ろ太郎!私の実力を!』


影が蠢く。

地面から悪魔が飛び出す。

しかし、その首は既になかった。

キィン――

銀の軌跡だけが遅れて夜を裂く。

一歩。

二歩。

アティナが歩くたび、

影という影から血飛沫が舞う。

悪魔たちは、自分が斬られたことすら理解できない。


『どうだ!?お前を使いこなせるのは私しかいない!そうだろ!?』


少女は踊るように、それでいて求愛行動のように。

キラキラと悪魔たちの体を切り刻んでいく。


その全てを眺めていたのは、アティナの背に掴まるニャニャエルと、神骸。

そして――太郎。



夜の中心。

そこは太郎の精神世界であり、心の中であり、ヤーファウを誘った客間でもある。


そこで一人。俺は佇んでいた。

目の前には巨大な画面。

その画面越しに、微動だにしない太郎の視界が映っている。


『あの女神。イカれてんなぁ……』


その声は空虚に響く。

太郎の権能チカラによって生まれたこの空間は、全ての声が憂いを帯びている。


『なぁ……太郎。生まれておいて何だけどよ』


『俺が、この体貰っちまっても良いのかよ?』


俺は心を通して、"太郎"に問いかける。

ヤーファウの極光によって、消滅したはずの太郎。

だが、微かに感じる。残っている。


『返事しろよ。殻に閉じこもりやがって』


理屈は、分からない。

"心"までは消滅しなかったのか。

俺という別存在が、微かに太郎を維持しているのか。


『俺は、お前の心から生まれた罪であり、悪魔だ。お前の欲望を叶える義務がある』


返事は期待していない。

それでも、聞かずにはいられなかった。


『だからよ、お前は俺に、何をさせたいんだよ』


復讐か?

だが、戌亥を殺したヤーファウは死んだ。


そもそも――


『太郎。お前って"何"なんだよ。天使が、なぜ心を持ってるんだよ。お前は、どこから、何のために生まれてきたんだ』


太郎じぶんのことなのに、何も分からない。


『"全能"の神じゃなくて、"全知"の神でも居ればな……』


そのとき、突然俺の心が叫んだ。

それは太郎の記憶なのか。それとも知識なのか。

全知――その単語に呼応するように。

俺と太郎の感覚が断片的にリンクする。


智慧の熾天使にのみ閲覧を許された、神すらも触れられない部屋がある。


それは、"アカシック・レコード"。


全ての事実と、あらゆる"可能性"すら記録された天上の禁忌。


『……太郎、これがお前の答えか?』


『そこに行けば、お前のことも……お前の欲望も分かるのか』


返事はない。

だが、少しだけ胸のつかえがとれた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。