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天使くんは神様になんかなりたくない  作者: 土ノ子 ウナム
【第一章】天使くん、下界に行く
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35/42

第二15話 呼ぶ夜は■■

第二15話


それからは、ほんの一瞬。

膨大な変化と異常が集約した、刹那の事象。


それでもヤーファウは、その全てを識別し、認識し、理解する。

なぜならば――全能の神故に。



空が、地上が黒に染まる。


日没。

下界では当然の現象に過ぎない。


だが――


迫りくる"闇"はまるで生き物のように私の極光を呑み込んでいく。

光とは闇を照らすためにある。

だが、その闇は違う。


闇が、光を侵していく。

闇が、光を塗り潰していく。


(なんだ……?)


既に目の前の少年から生への執着は感じない。

私の白炎に焼かれ、このまま消滅する。

その結果に、変わりはない。


それでも、寒気は止まらない。

全能である筈の私が――


『これは……"夜"?』

私の言葉を境に、世界が反転した。


 暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗暗

 雲雲黒雲雲黒雲雲黒雲雲黒雲雲黒雲雲黒

 雨雨雷雨雨雷雨雨雷雨雨雷雨雨雷雨雨雷

 闇闇闇            闇闇闇

 闇魂闇            闇心闇

 闇闇闇    絶望の果    闇闇闇

 闇石闇    堕  て    闇鉄闇

 闇像闇    魂の使天    闇塔闇

 闇闇闇            闇闇闇

 闇闇闇            闇闇闇

 地地地地地地地地地地地地地地地地地地

 獄獄獄獄獄獄獄獄獄獄獄獄獄獄獄獄獄獄

 炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎


(ここは……どこだ?)

一帯は暗闇であり、空気の擦れる音すらない。

構造自体は虚無の世界に似ている……が、あまりにも無秩序。


目の前には、少年が一人。

今も白炎で燃え続けている。


――否。既に彼の魂は、"朽ちている"。


『何をした?』


「…………」


パチッ パチ


少年だった塊は、燃えるばかりで一切が動かない。

私の全能で見えるその本質は深海のような、根源の宇宙のような、闇。


闇の底から、無音の声が届く。


夜か。いい響きだ――


『誰だ?ここはお前の力による世界か?』


俺の?いいや、違う。


『まさか……カオス?いや、クロノスか。私の理解を越えた、天上の存在と相見えるとは……』


誰だそれ。

そんなんじゃない。

――目の前に立っているだろう?


その声に導かれるまま、眼前で朽ち果てたソレを見た。


『何を、言っている?これはもう……』


あぁ。魂ごと、消却し、消滅した。

天使アマツカ 太郎タロウだった骸だな。


『意味が、分からない』


……。


意味が……?

分からないはずはないだろ?

なんたって、お前は――


『"全能"の筈だ』


気づけば、自ら言葉を発している。

そして目の前の骸が目を開く。

黒い涙が、滴った気がした。



1R。6畳一間の小さな部屋。


畳の部屋の中心に置かれた浴槽には、水が張っている。

水は真紅に染まっている。

私の両手首が、染料を孕んでいる。

横にある包帯に、手を伸ばす。


――しにたい


天井を見上げれば無数の縄が垂れていた。

部屋の四方には練炭が置かれ、冷たい浴槽で冷えた私の体に、温もりを感じさせる。

指先は縄を外そうと震える。

その指で窓を開ける。


――シニタイ


部屋を、電車が猛スピードで走り抜ける。

浴槽から崖下を見下ろせば、そこでは荒波が水飛沫を躍らせる。

なぜか足が動かない。

歩みが、止まる。


――死にたい


拳銃を手に取る。セーフティを外して、こめかみにあてがう。

弾は一発だけで十分だろう。


――死    い

   にた  


勢いよく錠剤を飲み込む。

何日分かの、処方箋。

せっかく飲み込んだのに、嘔吐してしまった。

  

      た

――


  死


   に


       い


「なぁ?なんでも出来るお前は、死に方にも美徳がねえな」

畳の上に、黒い影。

見上げると相変わらず、真っ黒。顔も姿も、黒く塗りつぶされている。

『君は……』

「俺は、■■だ」

『……そうか。君は、悪魔だったのか』

「ま、お前らの呼び方としてはそうだな」

『彼から……生まれたのか?』

私の目線の先には、少年が一人。

黒い涙を流しながら、散る羽は黒く煤けている。

「生まれた……ん〜、そうとも言えるし、俺はコイツ自身でもある」

『……だが、おかしいな。彼は天使のはずだ。心を持たない天使が、なぜ心を闇に堕とせる?』

「どうだろうなぁ。案外――逆だったりしてな」

影は笑う。いや、笑っているように見える。

「少なくとも、お前ら"神"がコイツに植え付けた"善性"が権能と化したのは、間違いないな」

『善性……』

「慈悲。友愛。平等。親和。神に植え付けられた正義感は、コイツの心を蝕む毒であり、自らを斬り続ける短剣だった」


少年――太郎は自らの首を切り、闇に溶ける。

そしてまた、太郎が横に現れる。

「お前がコイツを消滅させたおかげで、俺が表に出てこられた」

『顕現、か……』

太郎は自らの首を絞め、闇に溶けていく。

「コイツはかろうじて俺の"権能"として存在を保っている。魂が消え、心も堕ちた今、コイツは純然たる絶望――■■だ」

太郎は崖から飛び降りて、高速で走り抜ける電車に轢かれる。

『なぜ、私は君の権能に負けたんだ?』

「負けてない。むしろ、アンタは自らの望みを"実行"しただけだ」

『望み?』

影は私を指さした。

そこで私も、自分が笑っていることに気づいた。

「死にたいんだろ?アンタは何でも出来る。それこそ……自分を殺すことだって」

『死にたい……?』

「もちろん、俺の■■の権能も効いている。だけどな」


「微塵も死にたいって気持ちがねえなら、俺の■■に効果はねえよ」

『■■……』

太郎は拳銃をこめかみに押し当てて、引き金を引いた。

そして太郎は現れる。

「頂天ゆえの孤独か……万能ゆえの退屈か。答えはお前自身にすら分かんねえかもな」


太郎は掌いっぱいに錠剤を出して、飲み込んだ。

太郎は倒れて、二度と起き上がらなかった。


『そうか。私は死にたかったんだな』


私の体は揺れる。

縄の軋む音に合わせ糞尿を垂れながら、私は初めて知った。

私の体は、痩せた梁一本で耐えられるほど軽かったのだと。


腹の奥で、何かが蠢いた。

それが新たな神性なのか、もはや全能である私にも分からない。


私は"受胎"しているのだろうか。

全能をもってして自己を消滅させても尚。

次なる全能を生み出してしまうのだろうか。


あぁ、願わくば。

新たな全能ヒガイシャが、生まれぬことを願う。



何が起きたのか、オレサマには全く分からなかった。


最初にヤーファウ様が降臨された。

極光により、ミートロフの残穢もろとも一帯の生命が消却した。

太郎が燃えた。


オレサマにはどうすることも出来なかった。

ただ目の前で、神の威光に従うしかにゃかった。


暴食の気配は消えた。

生存していた生徒たちは死んだ。

太郎は全身に白炎が廻り、黒く焦げついた。


間違いなく、太郎の魂は消えた。

一度消えた魂は、二度と戻らない。

神であっても、それだけは覆せない。


――それなのに。


太郎は立ち上がった。

見間違いではない。

ヤーファウ様が消滅を望んだ以上、それ以外の結末など存在しないはずなのに。


オレサマからは、太郎の顔は見えなかった。

だが、ヤーファウ様は立ち上がった太郎の顔を見た。


突然、ヤーファウ様は自らの腹に手を差し込み切り裂いた。

溢れ出る臓物を自ら手に取り、暫く空虚を見つめたあと。


ヤーファウ様は"神らしからぬ"哀れな姿勢をとり、その場に倒れた。


神の骸は地を舐めるように頭を垂れ、そのまま魂ごと消滅した。


「にゃ……なにが……?」

神が、死んだ。

「ヤー……ファウ……様?」

初めて、目にした。

「た、太郎……?」

神は、死なない。

いや、死ぬことはあっても、それは肉体的な死。

魂ごと、消滅するなんて。


太郎は、這いつくばる神骸を見下ろしている。

魂の無い、空っぽのはずの肉体を、ふらふらと揺らしながら。


「オイ……太郎………太郎、にゃのか?」


オレサマは、恐る恐る近づく。

なぜ極光を受けて尚動いているのか、なぜ魂が消滅したのに立っているのか。


「太郎………返事をしろよ」


ゆっくりと、その顔を覗き込もうとして――


ドガァァア!!!


「にゃにゃ!!?」

突然の轟音とともに、空を覆う大気が巨大な門のように開いた。

その門は視界の端から端までを覆い、なお全容を捉えられない。


開かれた門から、地獄の悪魔たちが濁流のように溢れ出す。

「地獄と下界を隔てていた理が……!?」


『オイオイオイ!!なんか知らねえけど、開いたぜ!!』

『嗚呼。僥倖』

『ヒャーハハハ!!!下界だぞ!!心のバーゲンセールだ!!』


「ヤーファウ様が消えたことで、地獄に抑え込まれていた罪が溢れ出したのか!」


『オイ!あの猫、アイツ天使じゃねえか!?』


一体の悪魔がオレサマを見つけて飛んでくる。

咄嗟に天啓を発動しようとしたが、もう光が足りない。


もはや無力な、ただの猫でしかない。

『天界へ帰れ!クソ天使!!』

悪魔は叫びながら、猛スピードで迫ってくる。

その悪魔は長槍を肩に乗せ、一直線にオレサマへ。

『今までの恨みだァ!!死ねええェエエエエ』

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