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天使くんは神様になんかなりたくない  作者: 土ノ子 ウナム
【第一章】天使くん、下界に行く
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第二14話 極光の絶望

第二14話


「とりあえず……行くにゃ」

ニャニャエルは体を引きずりながら、扉へと歩き出す。

その歩みは重く、そして徐々に体が縮み始めた。

「ニャニャエルさん!?」

「あー、大丈夫。大丈夫。これは天啓の効果が切れただけにゃ」


"天啓"


一時的に、自らが連なる神の力の一部を使えるという天使の奥義。

「凄いですね……」

「まぁにゃ。とはいえ……」


ニャニャエルさんは僕の体を横目で見る。


(あのミートロフへのダメージを見るに、佐藤とかいう悪魔の力は天啓クラス……?)

「え、ニャニャエルさん?どうしたんですか」


「いや、そんなわけにゃいな……」

「え、何が?ニャニャエルさん!教えてくださいよ!」

「うるせえにゃ!そんなことより、ミートロフはまだ全滅してねえはずにゃ」


「え?」


「アイツのしぶとさは神レベルにゃ。お前の一撃が想定以上だったから、一旦引いたんだろうが……」


「そうか……」

崩れ行く蟲たちの一部は、間違いなく生きていた。

奴らもまた、ミートロフの残機なのだろう。


「とはいえ、虐殺は止められたし、オレサマはもう疲れた。後は神に任せるにゃ」

「そう、ですね。僕らはすぐ生存者を治療して――」


『その必要は無い』


崩れた天井から、光が差し込む。

暖かく、柔らかい光。

その光は体育館内を満たし、視界は白く染まる。


「お、オイオイ……まじかにゃ」

「ニャニャエルさん、これは?」

「神にゃ。それもこの方は……」


生徒の亡骸も。

脇に寝かされた生存者も。

そして黒く染まる太郎も。


等しく光に包まれる。

あまりの光に、体がじんわりと熱くなり――


「え……」

「ニャニャ!?や、ヤーファウ様!?」


崩れた天井から降り注ぐ光は、もはや陽光ではなかった。

『悪魔の残穢を、取り除かねば』

言葉と共に、更に白い奔流が流れ込み空間そのものを満たす。

砕けた床も、瓦礫も、舞い散る埃さえ輪郭を失っていく。


瞼を閉じても意味はない。瞼を貫いて視界は真っ白に塗り潰され、影という概念すら消え去る。


そして――


太郎の体が、白い炎に包まれた。

「え……?」


存在そのものを浄化され、焼き直されていくような、抗いようのない熱。

空気は震え、体育館中へ満ちていた悪魔の瘴気は音もなく溶けて消えていく。


その圧倒的な神威に、僕の脳髄がメイラード反応を起こす。

「うわぁあア゙ア゙ア゙ア゙!!熱い!体がッ!!」

「ヤーファウ様!!!やめてください!!!」


『なぜ止める必要がある?その者は全身に罪を背負っている』

「違うのです!彼は……太郎はオレサマを、そこの人間たちを守るために力を借りたのであって……」

『そうだったな。そこに寝ている人間たちも……罪の観測者だったな』


光の中心。

あまりの眩しさに姿すら捉えられないヤーファウは左手を静かに掲げる。


その瞬間、寝ていた学生たちは――


炎に包まれた。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!?!?」

「ギャァァァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

白い炎は、衣服だけを焼くものではなかった。

皮膚の表面から光へとほどけ、髪は灰ではなく白い粒子となって蒸化し、浄化されていく。


助かったはずの生徒たちは床を転げ回り、自らの身体を叩き、喉が裂けるほどの悲鳴を上げた。


「熱いッ!!」

「やめてぇぇぇ!!」

「助けてッ……助けてぇぇぇぇ!!」

だが、どれだけ転げ回ろうと炎は消えない。勿論水も煙も、生まれない。


神が与え給うた白炎は、消えることなく存在そのものを浄化するような炎だった。


体育館には、焼ける音ではなく、絶望の悲鳴だけが響き渡る。

「ヤーファウ様ッ!何を!?」

ニャニャエルは必死に光の中心へと歩みを寄せる。

ニャニャエルにすら、ヤーファウの姿は見えない。だが、"そこ"にいるということだけは分かる。

『大前提として、ミートロフは一体残らず、完全に燃やし尽くす必要があるだろう?』

「そ、それは分かりますが!!」

『それに……悪魔の存在をこれほどまでに明確に知った人間が生きていては都合が悪い。一人一人記憶改変をするのも……手間だ』

「そんな!ヤーファウ様は全能のはずですにゃ!アナタ様なら、こんなことをせずとも――」


『"出来る"のと――"する"のは違うだろう?』


「そ、そんな……」


ア゙ ア゙ ア゙ ア゙ ア゙ ア゙ ア゙ ア゙ ア゙ ア゙ ア゙


絶叫の中、ヤーファウの声は嫌なほど明瞭に聞こえてくる。


『ミートロフの考えはおもしろかった。下界に、悪魔の製造工場を作る。一定数育てた悪魔に、下界のコントロールを行わせる』

「ヤーファウ……様……」

『そのアイデアは無かった。だが、今回"知れた"。後は私が実行するのみだ』


「ま……て……」


絶叫が響き渡る。 白い極光が世界を呑み込み、誰の姿も輪郭すら曖昧になる。

その中で。


たった一つだけ、白炎を纏った影が揺れた。

「ま……って……ください……」

「た、太郎!」

一歩。

焼け落ちた床へ足を踏み出すたび、太郎の全身から白い火の粉が舞い散る。

皮膚は浄化の炎に焼かれ、黒く染まっていた悪魔の力もろとも、体は光となって剥がれ落ちていく。


それでも、歩みは止まらない。


また一歩。

足が震え、膝が折れそうになっても、太郎は光の中心だけを見据えた。

「お願い……です……」

『……』

「もう……やめて……ください……」

『……』

白炎を纏った少年は、絶叫と極光を押し分けるように、ただ一人、神へ向かって歩いていく。

「僕は……消えても構わない……」

『……』

「せめて人、間は……戌亥さん……だけは」

その姿だけが、白く染まった世界の中で、不思議なほど鮮明に浮かび上がっていた。


『何を言うかと思えば』

ヤーファウは、一歩だけ太郎に近づく。

うっすらと輪郭が見える。


『お前の言葉は、まるで心を持った人間や悪魔のような言い草だ』

「ヤー……ファ、ウ様……どうか……」

『彼らは死ぬだけだ。また輪廻の定めに則り、命を紡ぐ。何をそこまで守ろうとする?』

「ヤーファウ……様」

『お前とは……対話をする価値も無い』

「戌亥さん……だけでも……」

『イヌイ……?あぁ。あの燃えてる女か』


ア゙ア゙ア゙ァ……


叫びの主を見つめ、ヤーファウは右手を掲げる。


『あの女が死ねば、お前の願いも消えるな?』

「ヤー……ファウ……?」

右手を小さく動かした瞬間。


ア゙ア゙ア゙ァァッ―――――

戌亥の叫びが、途中で途切れた。

白い炎の中で、その輪郭が崩れる。

凛とした黒髪は溶け落ちた。

腕が解け蒸発した。

顔は潰れ霧散した。


体は中心に向かって押し固められ、やがて光の粒となってほどけていく。

「……あ」

太郎が手を伸ばした、その瞬間。


戌亥という存在は、白い塵となって消えた。


『これでもう、思い残すことは無いな?』


ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙

ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙


もはや、誰の絶叫かも分からない。


太郎の目の前で、戌亥は潰され丸められ、塵になった。


プツッ――


太郎の世界から、音が消えた。

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