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天使くんは神様になんかなりたくない  作者: 土ノ子 ウナム
【第一章】天使くん、下界に行く
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第二9話 暴食と暴食

第二9話


「お待ちしておりました。ベル先生」

入り口を探していると、突然背後から声をかけられる。

振り返ると、そこには禍津高校の制服を着た女子生徒が一人。


「……君は?」

「2年の特進クラス、出席番号33番。武井です。新しく赴任された英語の先生なんですよね?」


そう言われて、オレは咄嗟に笑顔をつくる。

「Oh!ソウデス!イギリスから来マシータ!この高校ヒロクテ迷っテマシタ!ヨケレバ職員室…に……」

だが、女子生徒の目を見てすぐに気づいた。

薄暗く、光の無い目。


……瞬き一つしない。


「……なんだ、お前はもうコッチ側か」

「ふふ」

女子生徒は微かに、笑う。

そして目線の奥にそびえる、古びた校舎を向いた。

「理事長がお待ちです。"まだ面接が残っている"と」


そう言って歩き出した。着いてこい、という意味なんだろうな。

「……赴任はもう、決まっているはずなんだがな」

返事はない。オレも黙って、歩き出す。



女子生徒に導かれるまま。

渡り廊下へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。


「理事長は、アナタが来るのを楽しみにされています」

(これは……)


校舎を吹き抜ける風は生ぬるく、それでいて肌だけが冷えていく。

窓ガラスは何枚も割れたまま放置され、鋭い破片が黒い牙のように窓枠へ突き刺さっていた。


「精一杯歓迎しようって……教室の飾りつけまでされて」


床板は湿気を吸って黒ずみ、踏み締めるたびに嫌な軋み声を漏らした。


壁には何度も塗り直された跡が残っている。だが、その白い塗料はところどころ剥がれ落ち、下から染み出した黒い染みが、人の手形のようにも、誰かの顔のようにも見えた。


「私たちも手伝ったんですよ?」

(そうか、もう既に――)


廊下の先は薄闇に沈み、昼間だというのに陽の光はほとんど届かない。

まるで、この旧校舎だけが学校という世界から切り離され、時間ごと取り残されてしまったかのようだった。


そして一つの教室に着く。

扉の上には、「2-Z」と記載されたプラスチックの板。


「どうぞ、禍津高校の……特進クラスです」


ガラガラ……


扉がひとりでに開く。いや、正確には扉ではない。


(――地獄を、完成させていたのか)


扉の形をした"口"が、牙を剥いて、パックリと開かれたのだ。


『ギィギギギイアァアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙アア!!!!!』


オレの足首に舌が絡みつき、オレを闇へ引きずり込んだ。


「……」


『オイ、電気!』


「……」


『大きな声出すなって!バレるだろ!』


「……」


『ちょっと、誰か足踏んだでしょ!』


「……」


『いくぞ、せーのっ」


パッ。


突然、視界が明るくなる。


教室の中央では机がいくつも繋げられ、一つの長いテーブルになっていた。


その上には色とりどりのお菓子やジュース、そして大きなホールケーキまで並べられている。


壁には折り紙で作られた輪飾りや色鮮やかなリボンが揺れ、黒板には大きな文字で――


『せーのっ、ベル先生 禍津高校へようこそ〜ー!!』

三十七人の生徒たちは一斉にこちらを向き、満面の笑みを浮かべる。


「……」


パチッパチッ


奥から、小さな拍手が鳴る。

漆黒のスーツで身を包んだ痩身の男が、生徒たちの中央で微笑み、細い腕を鳴らしていた。


「ハハハ……ベル先生。驚かれましたか?」

『先生!よ うこそ!』

「お前が、ミートロフか」


「どうしても先生を驚かせたくてね……皆、楽しみにしていたんです」

『先 生!イ ギリス生ま れナの?』

「オレの用件は、分かっているだろう?」


「見てください。豪華なケーキまで、用意しました。これはウチの生徒が丹精込めて作ったんです」

『先セ イ!英 ゴ 話してミ テよ!』

「ミートロフ、お前はもう――」


「アハハ。こちら、ぜひ!優秀な教師が増えることは、当校としても喜ばしいことです」

『セン 生、はや クコッチへ きて 』


オレは右手をミートロフへ向け、魔法陣を展開する。

「地獄にも戻れない」

『「サァ…… メ シ ア ガ レ !!」』


ミートロフが一歩踏み出した――そう見えた次の瞬間。

床を砕く勢いで駆けた。


「ッ!!」


人では到達できない速度。

痩せ細った身体が四肢をしならせ、獣のような軌道を描きながらオレのもとへ一直線に迫る。


そして、走りながら――

口が、裂けた。


ビキッ

ビキビキビキッ


頬が裂け、顎が外れ、口角は耳を越え、それでもなお止まらない。


下顎は胸元を過ぎ、腹へ向かって垂れ下がり、裂け目はへその辺りまで一直線に広がっていく。


もはや人間の顔ではない。 一本の巨大な裂け目が、胴体を縦に走っているだけだった。

開いた喉の奥には舌など見えない。


代わりに並ぶ。

歯。

歯。

歯。

幾重にも。 幾重にも。 幾重にも並ぶ歯。


サメのような細く鋭い牙が、肉の内壁を埋め尽くすように何列も生え揃い、呼吸をするたびにガチガチと擦れ合う。

奥からは、生臭い熱風と直接的な胃液の臭いが噴きつける。


「デュァァァァァァァア゙ア゙ア゙ッ!!」


巨大な口そのものとなったミートロフが、ベルズバブルを丸呑みにせんと、凄まじい勢いで飛びかかった。


歯が、目の前いっぱいに迫った。


「ッ……」

ガンッ!!

先に展開していた魔法陣が、生い茂る無数の歯をかろうじて抑える。

オレはすかさず、呪文を唱える。

「死肉ヲ屠レ暴食ノ――ッ!」


「あまい………アマァァイ!」

眼前。ミートロフの口内。

喉の奥底で、魔法陣が妖しく光る。オレの術式よりコンマ早く、ミートロフが呪文を唱える。

苦九同クックドゥ!」

叫びと共に……オレの展開した魔法陣は形を変える。

丸く成形され、焦げるように変色していく。


やがて――魔法陣は煎餅になった。


バリバリッ!ムシャムシャ!


「うむ、塩気が効いていて……グゥ〜!」

「それが、お前の"暴食"か」


ぺろり

巨大な舌が、より巨大な口を一周する。


「いかにも。吾輩の権能は"厨暴大食堂フードコート"。吾輩の舌が向けられる、あらゆる森羅万象は……等しく食材であるッ!!」

再度ミートロフは巨大な口を開け、迫りくる。


「……なるほど」


同じ罪を背負う悪魔だとしても、同じ権能とは限らない。

アイツの暴食は、オレの暴食とは何もかも違う。


「人も家畜も、防御も攻撃も……吾輩にとっては等しく食材!!食わせろ!食わせろ!喰わせろォオオオオ!!!」

オレは手のひらを突き出す。

巨大な口が、その腕ごと喰らい尽くそうと迫る。


奴がオレを食材へ変える、その一瞬より早く――

「略式権能、屍肉漁り(スカベンジャー)」

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