第二8話 暴食の悪魔②
第二8話
腹が減れば、食う。
当然だ。
食えば腹は満たされる。でも目の前の皿は空になる。
当然だ。
皿が空になれば、次は食えない。
それならどうする?
おかわりするんだ。
どこから?
「人間からだ」
◆
吾輩の名はミートロフ。
地獄随一の美食家にして、大食家である。
吾輩は他の量産悪魔とは違う。
食欲という、全ての生物が生まれながらにして抱く原罪により生まれる、至高の悪魔。
食事とは生きること。
育つこと。
そして――"細胞を増やすこと"。
「忌々しい神共め……なんで吾輩が消されなきゃ、駄目なのである?」
危なかった。
あの瞬間、流石の吾輩も死んだと思った。
……だが、生きている。
何故なら、喰って喰って喰いま喰ったから。
それも地獄で喰う安物の量産品ではないのである。
そんなものは量産よろしく、他の悪魔が食えばよい。
吾輩の腹を満たすのは下界の天然もの!
それも絶望と希望が入り混じる"若い"心!!
禍津高校。
ここは素晴らしい。
ちょっと小細工して権能を使えば、いとも容易く乗っ取れた。
今や吾輩は、禍津高校――理事長様なのである!!
吾輩にとってここは天然の心が集まる美食の楽園にして、牧場。
天然なのに、牧場というのがまた乙なもの。
「オイ、21番」
「ハイ」
「吾輩は腹が減っている。クソ神のせいで、吾輩の胃袋は空っぽだ!」
「ハイ」
「そうだな……。今はとにかくカロリーが必要。であるからして、ガツンといこうではないか」
吾輩がそう言うと、21番の女は暫く思考した後に口を開く。
「それでしたら、恐怖と絶望のソテー。困惑を添えて……でいかがでしょうか」
「ほ〜う、良いぞ良いぞォ。それでいこう!アッハッハッハ!!」
21番は静かに一礼すると、注文を受けた給仕のように部屋を後にした。
ここに並んだ37人。
彼らは人間だが、食材ではない。
吾輩が丁寧に下ごしらえをした"被魔人"たちだ。
禍津高校2-Z……特進クラス。
彼らがこの高校で甘美な青春を育て、調理し、そして吾輩の元へ運んでくるのである。
このシステムを考えた吾輩は、やはり他の凡俗な悪魔たちとは違う!
グゥ〜
鳴る腹すらも食前の演奏。
グゥ〜グ グゥ〜グ
グゥグ グゥグ グゥグ グゥグ
グゥ〜〜グ!グゥ〜〜グ!!
グゥウゥウウ
コンコン
おっほ、来たな♪
「入れ」
「失礼します」
『うっ……なんで、どうして……』
21番が入ってくる。その腕に引っ張られているのは、泣きじゃくる女子生徒。
「おぉ、これまた良い熟成具合である。どれ、食う前に、食材の物語も聞かせてくれ」
「彼女は1-Bに所属する一色透花さんで――」
「あ、固有名詞はいい。ブランド牛でもあるまいし」
「……彼女には二ヶ月ほど、靴を隠される、机に落書きをされる、クラス全員から無視をされるといったイジメを受けてもらいました」
『うぅ……なんで……ひどいよ……』
「……ふむ」
21番は続ける。
「更に、イジメの首謀者は唯一の友達だと思っていた女子生徒。更に更に、理由は彼氏を取られたといった言いがかりによるものですが、実際には人違いでした」
『ひどいよあかりちゃん……』
「……素晴らしい!!特に、理由が人違いという救いようのなさがアクセントになっている!」
吾輩は腕によりをかけ、儀式陣を展開させた。
「ぐふ、ぐふふ。アハハ!!彼女の可食部位を切り取ってやろう!!」
『うぅ………ぐすっ、ぐす』
泣きじゃくる少女の周りに、儀式陣が広がっていく。
「安心しろ。いま、お前の絶望を喰ってやるぞ。これもまた、理事長としての責務だ」
そう言うと、少女の胸元からどろりと黒い靄が滲み出した。
それは煙ではない。液体でもない。悲鳴を上げるように震えながら、粘ついた塊となって少女の身体からゆっくりと剥がれていく。
『ぐす……え……あ……』
少女は胸を押さえ、苦しそうに膝をつく。
黒い塊は空中で脈動した。
ドクン ドクン
まるで心臓のように鼓動を打つたび、絶望、憎悪、後悔、孤独――あらゆる負の感情が泡立つように滲み出る。
「……実に良い熟成だ」
大きく口を開く。
黒い塊は糸を引くように引き寄せられ、ぶるぶると震えながら渦を巻く。
やがて、意思を持つ生き物のようにもがきながら――
ずるり
ずるり
音を立てて、吾輩の口へと吸い込まれていった。
ごくん
飲み込んだ瞬間。
全身が歓喜に打ち震えるのが分かる。
「……ッ!!」
閉じられた瞼が震え、頬が緩み、喉の奥から恍惚の吐息が漏れた。
「ぐ、ぐふっ……!」
指先まで震えながら、腹を押さえる。
「うーん!マンマミーア!!」
『…………』
少女は倒れ、動かなくなった。
目の涙は枯れ虚ろになり、赤く染まっていた顔は蒼白に落ち着いた。
「その子はまたじっくりと育てておいてくれ。逆にその子が復讐を誓うというのもおもしろいな」
「はい。かしこまりました」
実に美味であった。
こんな芸当、他の悪魔じゃ出来まいて。
吾輩の"暴食"の権能があってこそ。
「だが、まだ足りん」
「他にも食べ頃はあるだろう!大会決勝で敗れ夢散るスポーツ少年少女!親からの虐待、ネグレクト!金欲しさに万引きするガキの葛藤でもいいなぁ!」
神に抉り消された吾輩の空腹は、全く満たされていない。
「ご用意いたします」
数人の被魔人が、一礼して部屋を出ていく。
禍津高校――
楽園にして牧場。牧場にして"厨房"。
そして、吾輩の食堂。
ここは全てが、完結している。
「だが……」
邪魔する奴が、来ているようだな。
吾輩はゆっくりと、立ち上がった。
◆
禍津高校――
天界にも無許可で悪魔が乗っ取った、下界に顕現した"地獄"そのもの。
ここに"悪魔"がいると分かったのも、その悪魔がオレの片割れだから。
"暴食"
七罪の中でも、暴食こそ原罪。
そう考える悪魔も少なくない。
だが、下界に心の大量生産場を作るとは、陳腐な発想だ。
(……さて、どうするか)
神であれば、暴食といえど悪魔一体屠ることくらい、朝飯前だろう。
仮に個人を特定出来なかったとしても、ある程度の地域は絞れるはず。
ならば天災でもテロでも、理由は後付けにして地域内の生命を鏖殺すればいい。
だが、悪魔に任せている。
(ならば、オレがやるべきことは……)
オレは禍津高校の新任教師として潜入する。
そう決めて高校に着いたとき、既にオレが赴任するということは決められていた。
恐らく、神によって現実が捻じ曲げられている。
(これが答えか)
下界への門をくぐるとき、ソウエンから言われた言葉を思い出す。
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「ベルズバブル。お前はヤーファウより直々に指定された、高位の心から生まれた」
「……みたいだな。恐らくオレの考えは、神の望む考えに近いのだろう」
「ならば思うがままにやればいい。奴ら"ガイア=カオス派"の神々に従うことが、我々悪魔の……ひいては地獄の生き残る道だ」
「ガイア=カオスの思想派……か」
オレは振り返る。
「ソウエン。お前は、それで良いのか?」
「……奴らが天界を牛耳っている間は、地獄にも平穏が約束されているからな。皆殺しより、飼い殺しだ」
「……そうか」
■■■■■
オレは悪魔だ。
そしてオレにも、人格があり自意識がある。
それはオレの元となった"心"に由来する。
ソウエンの言うとおり、神の望んだ人格なのだろう。
だが――
「敵を喰らう」
この衝動は、オレがオレである確かな"罪"だ。




