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天使くんは神様になんかなりたくない  作者: 土ノ子 ウナム
【第一章】天使くん、下界に行く
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第二6話 天魔のあれこれ

第二6話


『魂は神に成り。心は悪魔と為る。』


探求神ルポルト著『よく分かる地獄入門I』より抜粋



天界と地獄の狭間――下界の"裏"に位置する『虚無』。

その一室。


光も闇も存在しない、果ての見えない白い空間。 最奥には、五つの椅子が横一列に並んでいた。


天界において最上位へ座する五柱の神々。


互いに距離を置いているにもかかわらず、その存在感は果てのない部屋を埋め尽くしている。


視線を向けられるだけで、魂そのものを覗き込まれているような錯覚に陥る。

その遥か下座では、呼び出された七体の悪魔たちが頭を垂れ、一様に顔を伏せている。


沈黙だけで空気は張り詰め、息を吸うことさえ許されない。


中央に座る神――全能神"ヤーファウ"ただ一柱のみが、薄く笑みを浮かべて口を開いた。

『これより……君たちの発言を、許可しよう。私は、対話を愛している。皆も、良いな?』

ヤーファウが左右に軽く目配せをすると、横に座っている四柱の神々は、黙ったまま頷いた。


『久しぶりの天魔会談だ。今日は無礼講と……いこうじゃあないか』

ヤーファウは心なく笑う。


それでも、この場では誰一人として顔を上げられない。


下座に並ぶ七体もまた、それぞれが地獄を治める大悪魔。

五柱の神々を前にすれば、大悪魔でさえ顔を伏せることしかできなかった。


ヤーファウの左手側に座する青髪の神"ネヴァ"が口を開く。

声量は小さく、落ち着いた話し方。

それなのに心臓が直接打ちつけられるように鼓膜を叩く。

『オイ、ヤーファウ様が無礼講と言っておるのだ。無礼講を――"するのだ"』


一人の悪魔が咄嗟に立ち上がる。

「は、はい!じゃあ裸踊りでも!」

ドンッドコ ドンッドコ

勢いよく上着を脱ぎ捨てると、顎をしゃくれさせ、口で太鼓の音を出しながら腰をくねらせた。

お腹にパックリと開いた口が、合の手をいれる。

「ア、ソーレ!ソレソレッ!ヨイショ!」


『……』

「……」


中央に跪く悪魔"ソウエン"は一瞬顔を上げるが、結局何も言えずに顔を伏せた。

「……」

『……』


『……お前は誰なのだ?』

「はい!僕は"色欲"のアスモデスマスです!」

アスモデスマスの腹に割かれた大口が舌を出す。

「ドーモ!オイラハアスモデスマス ノ、オ腹デスマス!」


「……」

『……』

中央に跪く悪魔の一体は顔を伏せながら、頭を抱える。


『それで……今日の議題だが』

ヤーファウは腰をくねらせ続けるアスモデスマスを無視して、本題に入る。

「ァ、オイラ歌モ歌エマス!神ハ歌ガ大好キダッテ聞イテ……」


ネヴァが強烈な眼光をアスモデスマスに向けた。

『 だ ま れ 』

瞬間、アスモデスマスはぴたりと動きを止めた。


『……最近、無許可で下界侵入をする悪魔が増えている件についてだ。理由を聞かせてくれ』

「「「……」」」

ヤーファウの問いに、答える者はいない。


皆、分かっているのだ。

ヤーファウは全能の神である。

だからこそ、この問いはもはや質問ではないということを。


ヤーファウは続ける。

『君たちのように……下界を盛り立ててくれる悪魔には、我々も積極的に入界許可を出しているつもりだ』


『心だって……十分な量を供給してあげている』


『それなのに……何故だ?全能である私に、分かるように説明をしてほしい』


「……」


痺れを切らして、ネヴァが立ち上がる。

『オイ!さっさと分かるように答えるのだ!』


『お前たち大悪魔が心を独り占めしていて、他の悪魔たちへ心が行き届いてない。だろうのだ!分かってるだ!』


「アハハ!」

捲し立てるネヴァに、アスモデスマスのお腹が突然笑う。

「語尾ヲ意識シ過ギテ、田舎者ミタイナ話シ方二………ピョッ」


瞬間――ネヴァの指先が紅く光り、アスモデスマスの頬に小さな傷がついた。


「な……なぜ……?」


アスモデスマスの頬を切り裂いた光線は鮮やかにカーブし、その横に跪いていた悪魔"ミートロフ"の半身を焼き消した。


「そんな……吾輩……何も……」

ミートロフの残った半身は塵となり虚無に飲み込まれていく。

『見せしめなのだ。次、舐めた態度をとったら今度こそお前を消し飛ばすのだ』


「ぴぃ……」

アスモデスマスはお腹を強く抑え、その場に座り込んだ。


『……代わりの悪魔、用意しておいてくれ』

ヤーファウの言葉に、ソウエンは顔を伏せながら頷いた。

「……はい」


『とりあえず、地獄のことは君たちに任せているんだから。秩序は保ってもらわないと……』


『我々に見限られたら、貴様らは終わりなのだ!精々死ぬ気で働くのだ!』

『……ネヴァの言うとおりだ。私たちは君たち悪魔との共存を願っているのだから』


「……ありがたき、幸せです」

ソウエンはひれ伏す。

(……共存だと?銀の首輪を付けて、飼養しているだけだ)


『とにかく、無許可での脱獄、下界侵入は厳しく取り締まってくれ。そろそろ……私は眠い』

「承りました」


虚無に溶け込んでいくように、うっすらと透けていくヤーファウ。


『あ、そうそう。もし大変であれば、遠慮なく言ってくれて構わない。仕事量を調節するのも、私の仕事だ』


その言葉に呼応するように、指先を光らせ笑うネヴァ。

『いつでも、永遠の休みを与えてやる。なのだ』


五柱の神々の姿が、蜃気楼のようにゆっくりと薄れていった。


やがて最奥に並んでいた五つの椅子だけが静かに残る。



「ハァ〜。やっと終わった終わった」


神々の気配が完全に消えたことを確認すると、地獄を統べる大悪魔たちは、ようやく肩の力を抜いた。


七大悪魔――"色欲"のアスモデスマス。

中性的な見た目で、端正な顔立ちの少年は脱ぎ捨てていた上着を羽織る。

「疲れたよぉ。ソウエン、心を頂戴〜」


呼ばれたソウエンは身に付けていた黒仮面を外す。

七大悪魔――"傲慢"のソウエン。

長い黒髪を後ろで束ねた青年は大きくため息をついた。

「毎度毎度、天魔会談の日には誰か消されているな」


「話を逸らすなよ〜」


口を尖らせるアスモデスマスの腹に向けて、ソウエンは指を向けた。

「逸らすも何も、アスモデスマス……その腹、ちゃんと躾けておけ」

「え?あー、えへへ。ミートロフくんには悪いことしたなぁ」


ポンポンとお腹を叩いて微笑むアスモデスマス。


「まあ、仕方ない。アイツも所詮は、為りたての新参者だ」


「あーあ。ミートロフくんは会う度に下界のお菓子をくれて、いい奴だったのにな……」

「……ミートロフは今日初めましてだっただろ。それは多分、前の"暴食"だ」

「あれれ、そうだっけ?」


天魔会談が終われば、残された悪魔たちだけで愚痴を零す。

それが、いつしか当たり前になっていた。


「次、暴食……候補、誰?」

ソウエンに問いかけたのは、七大悪魔――"嫉妬"のリーヴァイ。

全身を黒い布で覆った小柄な悪魔が、静かに口を開く。言葉を発する度に、顔に張られた布面がゆっくりとはためいた。


「ふむ……あまり、支給された"心"は使いたくないのだがな」

ソウエンが腕を組みながら呟くと、アスモデスマスが地団駄を踏む。

「え!召喚に使うくらいなら、僕に頂戴よ〜」


一瞥して、ソウエンは呆れたように息を吐いた。

「……『魂は神に成り。心は悪魔と為る。』だ。お前のせいでミートロフは消された。次の色欲支給分から、当然天引きしておく」


ソウエンの無慈悲な言葉を聞いて、アスモデスマスは白目を剥き、腹の口は牙を晒した。

「は、はぁ!?」

「フザケルナ!フザケルナ!」

「お前のせいだろ!この!」

「イタイ!痛イノハ、オ前モ一緒!」


「自業自得……裸踊り、もっと練習」

「そういう問題じゃないと思うが……」

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