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天使くんは神様になんかなりたくない  作者: 土ノ子 ウナム
【第一章】天使くん、下界に行く
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第二5話 映画チケット

第二5話


私の名前は浅野あさの 智代子ちよこ


来月で78歳になる、バリバリのコンビニ店員。


今日も朝から、目の前にある禍津高校に通う生徒たちのやかましい声が私の耳につんざく。


「〜でよ、あんまりイキってるもんだからバリカンで髪の毛坊主にしてやったよ!ギャハハ」

「傑作だな……」

ドサッ


朝から胸糞悪くなる話をしながら商品を置くガキは若林。

隣に立つ無表情のガキは春日。


毎朝決まった時間にこの店にやってきてパンを買う。


「はい、365円になります」


襟元の青いバッジで2年生だってことが分かる。


パサッ

若林は何も言わずに一万円札をカウンターに投げた。


毎朝毎朝……この若林は一万円札で買いやがる。

こんなガキが大金持ってるのも腹立たしいが、それ以上にお釣りが増えることにイライラする。

千円とか五百円だせよガキ。


「集金係の田中から、足りなかった二万円って回収したっけ?」

「……さぁ。覚えてない」

「ま、回収してなかったってことで今日取り立てれば良いか!」

(はぁ。世も末だわね……)


「おいババア!おしぼり寄越せよ!」

「あ、あぁ。ごめんなさいね」

「毎朝買ってやってんだから、いい加減覚えろよな」

(ここの学校は口の利き方とか教えてないのかしら)


「今日アマツカの野郎学校来るかな?」

「……さぁ、どっちでも良いだろ」

「ま、骨砕かれてんだ。来るわけねえわな!」


相変わらず下品な大声で話しながら店を出ていく二人。

(昔はもう少しマシだったのに……)


ここがまだコンビニになる前。

『浅野商店』だったころから私は店頭に立ち続けてきた。


そのときから禍津高校は目の前にあって、何百、何千人という生徒たちを見てきた。


もちろん、昔からこの学校はやんちゃな子が多かった。

でも、なんだかんだ年寄りや女性には優しくしてくれたり、一本筋が通った子たちが居たはずだ。


「最近は特にひどいわねぇ……」


私は一人、呟く。


新しい理事長が来てからだろうか。

それから、みるみるうちに生徒たちの心は荒んでいってるような気がする。


浅野 智代子。


来月で78歳。店を畳もうか、真剣に悩んでいます。



「ねえ、次移動教室だよ。行かないの?」

戌亥さんが教科書を片手に声をかけてきた。

「あ、うん。すぐ行くよ」

「といっても下の階に降りるだけだから、急ぐ必要は無いんだけどね」

「ははは。そうだね」

「アンタ片手じゃ持ちにくいだろ。私が一つ持ってやるよ」

最近、戌亥さんはよく話しかけてくるようになった。

戌亥さんと話していると、猿渡くんは遠くから睨んでくるだけで絡んでこない。


そのことに、ほんの少しだけほっとしてしまってる自分が居た。

「この学校って、やたら教室とか密集してるよね」

「そうだね、もう一つ校舎あるんだし、そっちも使えば良いのにね」

「あー、一応使ってるっぽいよ。特進クラスが」

「え、そうなの?」

「うん。ま、私らみたいなバカには関係ないよ」

「ははは。そうだね」

ドコッ

「痛っ!?」

「なんかムカついた」

「ご、ごめん」

謝ると、戌亥さんは小さく舌を出して笑った。

「冗談だよ」

「なんだ、良かった」


戌亥さんと、二人で廊下を歩く。

戌亥さんは基本ツンケンしているが、実はこんなに根が優しい人なんだ。


「そういえば、アマツカって映画とか見んの?」

「え?」

(映画……下界の大衆娯楽か)


「いや、あんまり見ない……かな」

「ふーん」

「戌亥さんは好きなの?」

「え?あー……まぁ、ぼちぼち?」

「へえ!意外だね!」

「え?あ〜……まぁ意外、だよね」


なんだろう。なんだか歯切れが悪い返事だな。


「……」

「……どうしたの?戌亥さん、体調でも悪いの?」

「あ、いや」

そう言って、戌亥さんはなにやら二枚の紙を握っている。

「ん?それは……」

「は!?あ、いや別に!……なんだよ!?」

「えぇ!?ごめん!聞いたらまずかったかな?」


「いや、そうじゃなくて……!アマツカは別に悪くないし!ただのチケットだよ!」

握っていたのは、映画のチケット。

タイトルの欄には『バイオレンスラブ』と書かれている。

「バイオレンス……ラブ?」

「あ、いや、いやいや!!恋愛映画なんて、もちろん私は興味ないけどさ!なんかアニキが無理やり渡してきやがって」

「そうなんだ。お兄さん、仲良いんだね」

「べ、別に?てか、私に恋愛なんて似合わねえって返したんだけどさ!」


(そうかな?)


「その日、部活もあるし!!捨てるのも勿体ないから!これ、アマツカにやるよ!」

「え、僕に?」

「あ、あぁ!誰か友達とでも行ってきなよ!」


(下界の参考になりそうだな)


「……ありがとう!家族と、行ってこようかな」

「あ……そっか」

「え?」

「いや、うん!それが、良いよ。捨てるのも、もったいないし」

なんだか少し、戌亥さんが寂しそうな顔をした気がしたけれど気のせいだろう。



「映画……ですか?」

ミリュエルは眼鏡をくいっとあげた。

「うん。友達にチケット貰ってさ。お姉ちゃんか、神様と一緒に行こうと……」

「良いですね。知見が深まりそうですし、私が暇なので、私が一緒に行きましょう。神様は忙しいですし」

「え?儂は別にひま……」


ギンッ


ミリュエルが神様の方を凄い勢いで向いて、神様は一瞬だけ固まる。

「あー、忙しいな。うん」

「そうですか。残念ですね」

「えぇ。本当に。でも忙しいなら仕方ありません」


神様はジトっとした目線をミリュエルに向けて、そのまま口を開いた。

「しかし、映画も良いが本業の悪魔探しは進んでおるのか?」

ミリュエルは眼鏡をくいっと上げる。

「それ、関係あります?」

「いやそれが本題じゃから!」


神様は軽く咳払いをして、僕を見つめた。

「禍津高校には最低でも二体、悪魔が潜んでいるはずじゃ。もちろんすぐに倒すなんて無理じゃろうが……」


「あんまり時間をかけすぎて、被魔人が増えるなんてことは無いようにな。後々面倒くさいことになるぞ」


「そ、そうですよね」

「太郎なら大丈夫です。それとも、神様は自分の学校の首席卒業生を信じられないのですか?」

「え、いや、そういうわけじゃ……」

「それに太郎に何かあれば、私がついてますので。ご安心を」

「いやまぁ、心配しておるわけじゃないが……」


「でもお姉ちゃんって秘書天使だよね。悪魔祓いは管轄外じゃなかったっけ?」

「腐っても大天使ですから。私がいれば百人力ですよ」


「まぁ、肌野地区はそもそも儂らの管轄じゃしな。最悪、ミリュエルが何とかするのなら儂はもう言うことないの」


「はい。だから神様はそろそろ部屋に戻ってはいかがですか?」


「え……まだ夕飯も食ってないんじゃが」


「カップ麺ありますよ」


「儂の扱いひどくない?」



その日、僕は夢を見た。


あまりにもリアルな、あの日の記憶。


旧校舎の裏で、猿渡くんがバットを振り上げる。

奥には、シンパチくんたちが座っている。


(やめて!いたい、いたいよ!)


声が、出ない。

必死に叫んでいるはずなのに。

大声で叫んでいるはずなのに。


顔が引き攣っていく。

ゆっくりと上に引っ張られるような感覚に襲われる。


そして僕は見てしまう。

旧校舎の窓からたくさんの穴が、暗い黒い穴が、こちらを覗いて笑ってる。


そして――


■■■■■■


「ハァっ!!ハァ……ハァ」


汗が滝のように溢れ出している。


やっと、天使として下界に来たのに。

神様からも認められたはずなのに。


(早く、悪魔を倒して皆を救わなきゃ)


僕は、包帯が巻かれた左手をゆっくりと撫でた。

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