第二4話 指令
第二4話
夜。
僕は天使学校で学んだノートを改めて読み返していた。
「天使の業務については……第二章あたりか」
パラパラとページをめくる。
天使の業務は、与えられた役割に応じて色々ある。
僕が配属された"悪魔対策課"の天使業務とは、その名の通り下界に無許可入界した悪魔を地獄に送り返すこと。
「懐かしいな……」
送り返す方法は単純明快。
基本的に悪魔は人の心に入り込み、その人間を依り代として顕現する。
だから、悪魔に魅入られた人間の生命活動を停止させれば、悪魔も下界には留まれない。
「悪魔に魅入られた人間を昇天させてあげれば、その魂は地獄へ行って浄化される……」
(佐藤先生も恐らく……心を魅入られてしまって悪魔に体まで乗っ取られてしまったんだろう)
「助けてあげたい」
――じゃあ、早く佐藤先生を倒せばいいのか?
と、問われるとそれもまた早計だ。
「悪魔は、生まれながらにして様々な権能を持つ……その力は罪を模している……」
そう。
佐藤先生が一体どんな権能を持った悪魔なのかも分からない。
なにより、下界において地位や影響力のある人間を考えなしに昇天させると、その後の辻褄合わせが面倒になる。
(それに、もっと面倒なのが"被魔人"の存在……)
「第四章のところだな……」
ひまじん
【被魔人】《名》
悪魔の権能を被り、その影響下に置かれた者(俗に眷属化とも呼ばれる)。
または悪魔顕現の依代となった下界人を指す。
(きっと、猿渡くんたちは佐藤先生の権能にやられているんだ。だから、あれほど悪意に呑み込まれてしまってる)
――きっと、そのはずなんだ。
悪魔と被魔人の境界なんて、明確には分からない。
権能の影響下に置かれた時点で、天界では悪魔と区別されなくなる。
神様やミリュエルに相談すれば、猿渡くんたちもまとめて昇天させることが最善だと言われるだろう。
でも、彼らだって被害者のはずだ。
なんとか、救う方法を探したい。
僕はノートだけじゃなく、過去の史実や記録まで引っ張り出す。
「これは違う……これは……?いや、創世記の話か…」
コンコン
そのとき、ふいに扉がノックされた。
「え?はい……」
「太郎?」
ミリュエルの声だった。
「あ、お姉ちゃん……」
自室の扉が開かれる。眼鏡を外し、パジャマ姿のミリュエルが入ってくる。
僕は急いでノートを引き出しに直した。
「まだ、起きているのですか?」
「え、あ、うん。ちょっと学校の宿題でさ……ははは」
「そうですか……。頑張るのは素晴らしいことです。ただ、あまり根を詰めてはいけません」
「そ、そうだね。もう寝るよ」
「それが良いです。その身体は替えが利くとは言え、無理をすれば魂はすり減ってしまう。特に夜は……しっかり休まねばなりません」
「うん、そうするよ」
「はい。明日も良い日になりますよう」
ミリュエルは胸の前で手を合わせ、小さくお祈りの姿勢をとってから部屋を出ていく。
「おやすみ……お姉ちゃん」
ミリュエルの足音が遠ざかるのを確認してから、僕は部屋の電気を消し、代わりに蝋燭へ火を灯した。
◆
「異動……?」
『はい。どうも日本に、危険な悪魔が顕現している可能性があるようなのです』
「そんにゃの、日本にも担当はいるだろ……でしょう。にゃ」
『居ますが、どうやらまだ新人のようなのです。彼だけじゃ、心もとない』
「知った奴にゃんですか?」
『……いえ?知りません』
(にゃんだそれ)
『私はアナタのことを見込んでいるのです。ここらで強大な悪魔を祓えば、大天使への道も早まるかと』
「別に大天使になりたいわけじゃ……」
『なにか?』
「いや別に……」
『我々"力天使"系譜は実践を積んでなんぼです。それにこれは決定事項ですよ』
『さて改めて……辞令。モスクワ支部管轄一等天使ナナエル。日本神無川県肌野地区管轄に異動を命ずる』
「………」
『返事っ!』
「にゃーい」
(ちぇっ。邪魔なオレサマを遠くに追いやって、熾天使ミカエル様の寵愛を独り占めしたいだけにゃ。◯ね!)
〜
(そもそも神無川ってどこだよ。飯不味かったら許さねえぞ。つーかアイツこそミカエル様に煙たがられてるって自覚しろよな。あ、サブスク解約しなきゃ)
ブツブツと文句を言いながら、オレサマは自分の荷物を纏めた。
バサッ
「あーあー、この鞄も買いなおさにゃきゃな」
鞄から落ちたのは、先ほど渡された資料。
落ちた衝撃で、偶然開かれたページの一行。
【予想被魔人数:37】
「……………は?」
〜
バタバタバタ!ガチャッ!
「お、オイオイ!」
オレサマは目の前に立つ大天使の胸ぐらに飛びかかる。
『ちょ、なんですか!まだ行ってなかったんですか!?』
「いやいや!にゃんだこれ!資料間違ってねえか!?」
『はぁ?』
「ひ、被魔人37人って書いてあるにゃ!?」
『はぁ。まぁ、おおまかな予想ですがね』
「いや、ありえにゃいだろ!悪魔侵攻でもあってんのか!?」
『いやぁ、明確には分かりませんが、顕現している悪魔は二体ほどです』
「は?それこそありえにゃい!一体の悪魔が眷属化できる人数なんて、多くても四、五人だろ?それが37………?」
『だーかーら、言ったじゃないですか。強大な悪魔だって。それに日本は悪魔大国ですから』
「まてまてまて!桁がちげえにゃ!」
そこでオレサマはハッ気づいた。
「……ってか、顕現している悪魔が、二体もいるのか!?!」
『ま、そう報告されてますね。だから応援が必要なのでは?』
「そんにゃの一等天使の仕事じゃにゃいだろ!」
『っせえな!!!もう決まったんだからさっさと行けよ!!サポート天使も含めてチームで送ってやるんだからよ!!』
「お、横暴にゃ!お前オレサマを殺す気か!?」
『天使は死なねぇだろ!それに、向こうの新人には大天使も、なんなら神様までサポートで入ってる!困ったらそっちを頼れ!』
「お前まじでいつか殺すからにゃ!?」
『だから天使は死なねえよ!!』
首根っこ掴まれて、支部から投げ飛ばされた。
オレサマは門の前で華麗に受け身をとりながら、毛玉を吐いた。
「死◯!!◯ね◯ね死ねクソ野郎!!」
飛行機のチケットを雑に握りしめる。
オレサマには分かる。これは日本行きのチケットなんかじゃない。
地獄行きの――片道切符だ。




