第二2話 悪意
第二2話
「新入りは、アニキに挨拶する必要があるだろ」
「え……」
普通に怖い。
ついてこいとか言っておいて、猿渡くんはペラペラと脅すようなことばかり言ってくる。
たびたび睨みつけてくる顔で、胃が口から出そうになるのを何度飲み込んだことか。
(なにこれ。僕が何をしたっていうんだ)
「あの、さ。挨拶って何したら……」
「……うっせぇ。黙ってついてこいや」
(こわい〜!何か、怒らせるようなことでもしたかな!?)
そうして、僕は旧校舎に連れて行かれる。
ここはいま、使われていないはずだが……
「シンさーん!新入りの野郎、連れてきたぜ」
猿渡が笑って手を振る。
目線の先には、数人の男たちが座ってこちらを値踏みするように睨んでいた。
シンさんと呼ばれた男――たしか同じクラスの根津 新八くんだ。
バチバチに固めたリーゼントが、鋭い目つきを更に尖らせている。
「オウ、遅えゾ」
「わりいわりい!コイツが無駄に抵抗しやがってよ」
(へ!抵抗!?だいぶ素直に着いてきたと思うんだけど!!)
「なんだと?」
「生意気だなぁ!」
シンパチくんの取り巻きたちがメンチを切ってくる。
確か彼らも同じクラスの……名前は若林くんと、春日くんのはずだ。
「……まぁいい。上下関係はこれから教えてやればいいさ」
シンパチくんの言葉に呼応するように、猿渡が笑って口を開く。
「うちはよ、厳しい学校。なんだよな」
「え?」
ドゴッ!
「ゴホッ……!?」
「とりあえず、伝統ってやつ。腹殴って何発耐えれるか、テストしてやるよ」
「おい、顔はやめとけよ〜。なんか言われたら、めんどくせぇからよ」
「他所の学校から来たアマツカくんからしたら、最初は慣れないかもしんねぇけどよぉ」
「ウゥ……他所の学校……」
脳裏に浮かぶのは、天使学校で過ごした10年間の日々。
■■■■■■
「ねえねえ。今日もお花が綺麗よ」
「あらほんと」
「ウフフフ」
「オホホホ」
「本当に君はカッコいいなあ」
「いやいや、君のほうこそクールだよ」
「アハハハ」
「エヘヘへ」
「おや、君は羽が本当に綺麗だね!」
『ありがとう!君こそ素敵な犬耳だ!』
「僕はもともと忠犬だったからね!ご主人様を待ち続けて、そうして天使になれたんだ!」
『素敵だね!』
『アハハハ』
「エヘヘへ」
■■■■■■
「ほい、三発目!!」
ドゴッ!
「ウッ!!………ゴホッ、ゴホ」
下界ってどこもこうなのか?こんな、突然暴力なんて……
「いやまぁ、だいぶ良い学校だと思うぜ。個性なんて出さず、従順で居ればよ」
「……個性って」
「ホラホラ三発目ぇ!!」
ドゴッ
「ウッ!!ま、待って……」
「オイオイ猿渡!数間違えてんぞ!まだ二発目だろ!」
「あ、そうだった!じゃ、次な!一発目ぇ!」
ドゴッ
(なんで……)
ドゴッ
(どうして……)
バゴッ
(僕が、何をしたって言うんだ……)
ギャッハハハハ
歪んだ笑い声が、旧校舎にこだまする。
〜
「あ、じゃあオレ、家こっちだからよ。荷物返せよ」
「え?あ、あ、うん」
「また明日も楽しみだな!……ちゃんと学校、来いよ?」
そう言って去っていく猿渡を見つめて、僕はまだ痛むお腹をさすった。
◆
「帰りました……」
「おかえりなさい」
リビングに入ると、夕飯の準備をしているミリュエルがいた。
「あ、お姉ちゃん。ただいま」
「ふふ、さぁ。学校での話を聞かせてください」
「……っ」
一瞬、言葉に詰まる。
見習いとはいえ、首席で卒業した天使として。
ミリュエルに心配をかけるようなことは出来ない。
「話するようなことは……何も、無かったよ」
「何でもいいのです。そうですね……私は帰り道で真っ白な猫ちゃんを見つけました」
「そ、そっか……」
「その猫ちゃんがですね、私の方に寄ってきて……」
ミリュエルさんの猫談義は二時間続いた。
楽しそうに話すその姿に、少しだけ救われた気がした。
「おーい、帰ったぞ〜いウィック」
「あ、神様帰ってきたな……うっ!」
(お酒クサい!)
「おー、我が子たちよ!さぁ父に抱擁をしなさい」
「クサいので嫌です」
「か、神様。お酒を飲んだのですか?」
「いやー、今日は取引先との接待でなぁ。三億の商談が成功したんじゃ」
「え……今日就活だったんじゃ?」
「ほほほほ!儂、神様よ?面接当日に三億の商談なんてチョチョイのチョイじゃわな」
ミリュエルさんは神様を見つめながら、眼鏡をくいっと上げた。
「まさか下界人相手に神力を使ったんじゃないですよね」
「は、は!?ま、まままさかそそそそんな、わけ無いし!は!?」
「……神様。これは天界に報告ですね」
「いや、ちょちょまてまて待ってミリュエルちゃぁん!」
「クサいので触らないでください」
「あやいやえっとそのえっと!仕方なくよ?なんか面接のときウザかったからつい……」
「ありえません。神様ともあろうお方が……私利私欲の為に無断で神力を使うなど」
僕は咄嗟に神様を庇った。
「ま、まぁまぁ!今回は内緒にしておいて、明日から元に戻しておけば良いじゃないですか!ね?お姉ちゃん」
「えー!そしたらまたアイツが偉そうに……」
「ま、まぁまぁ神様……」
「えー。ではありません!……ハァ。今回は太郎に免じて、黙っておきます。今度やったら、本当に天界に報告しますからね」
「ハァ。ミリュエルちゃんはお固いんだからさぁ」
それから3人で夕飯を囲んだ。
ミリュエルがつくった薄味のスープが、体に染み渡る。
今日のことが、一瞬脳裏にフラッシュバックする。
『ほい、三発目ぇ!!』
天界では味わったことのない、純粋な悪意。
彼らこそ、悪魔なんじゃないだろうか。
「ウッ……」
「ど、どうしたのですか?太郎?」
「なんじゃなんじゃ!あまりの美味さに感動したのか!?」
二人は心配そうに僕を見つめた。
「あはは、そうですね。本当に、美味しくて」
「まぁ……お姉ちゃん嬉しいです。明日も腕によりをかけますよ」
僕は必死に涙をこらえる。
「うん!楽しみにしてるよ」
◆
夜の禍津高校。
グラウンドを囲むフェンスが風に揺れ、カタカタと小さな音を立てている。
職員室や事務室の明かりも既に落ちており、窓ガラスには夜空の光が反射していた。
校門の時計は午後十時を指している。
旧校舎の三階。
今は使われていない教室に、ぼんやりと薄灯りが点いていた。
クラスに居たのは、黒い儀式服に身を包む三人。
若林。春日。そして、シンパチ。
「……あの野郎、明日ちゃんと来るかな?」
「さぁ、猿渡の野郎。イキイキしてたよな」
「今まで散々俺等にやられてきたからな。もう標的にされないよう、必死なんだろ」
「へっ。ま、どっちも俺たちのおもちゃさ……」
「あぁ。こんな中途半端な時期の転入。かわいそうだよな」
「シンパチくん、かわいそうだなんて思ってないでしょ!」
「ハッ!違いねえや!」
そう言って笑う三人とは別に、もう一人。
廊下から部屋に入ってくる黒装束の男。
『オイ……時間だ』
シンパチたちはその姿を見て、くわえていた煙草を急いで捨てた。
「あっ……チス」
「うっす」
『今日も、しっかり熟れているな』
「え、ええ。まぁ」
「バッチリ……ス」
『ふっふっふ。良いぞ。ただし、やりすぎるなよ。壊れたら、次はお前達から"いただく"からな』
「……はい」
黒装束の男は大きく口を開けて、手に持っていた肉にかぶりついた。
『むしゃむしゃ……よし、今日も儀式を始めよう』
「うす」
『暗い青春とは、実に甘美な調味料だからなぁ!アッハッハッハ!!』
「はい……"理事長"」
(この、イカれ野郎が……)
三人は小さく震えながら、黒装束の男についていった。




