第二1話 マガツコウコウ
第二1話
電車の扉が開く。
僕は恐る恐るホームへ足を踏み出した。
「うわぁ……」
見渡す限りの人、人、人。
だが、何よりも驚いたことは、その表情。
誰も笑ってない。
誰もが地面を見下ろして暗い顔で歩いている。
他人を気にもとめられないほど、この人たちは余裕が無いのだろうか。
皆が死人のような顔で歩いている。
「じ、地獄か……」
「いいえ。下界です」
「……」
ミリュエルは眼鏡をくいっと上げた。
「ね、ねえミリュエル、本当に一緒に登校するの?」
「お姉ちゃんと呼びなさい。そして日本において、姉弟は一緒に登校することと法律で義務付けられています」
「そーなんだ……」
呟きながら人の流れについていく。
階段を下り、改札を抜ける。
「ところでさ、姉さん」
「うーん……何だかよそよそしいですね。お姉ちゃんと呼びなさい」
「……悪魔は千里眼で見つけるって聞いたけど、千里眼で見ても大まかな場所しか分からないよね。どうやって特定するの?」
「……」
「……お姉ちゃん」
「ゴホンッ。大まかにしか分からないのは天界から見ているからです。至近距離で見れば、誰が悪魔か。または悪魔の関係者か分かります」
「なるほど!学校で習った零距離千里眼……通称、零里眼だね。でも、それってどのくらい近く?」
「天使の力量にもよりますが……アナタほどの天使ならば、握手が出来る距離で十分でしょう」
「握手?」
「えぇ。実際に握手するのも良いですね。下民と仲良くなる秘訣でもあります」
「そうなの……?」
「怪しいなと思ったら、握手した状態で千里眼を使ってください。悪魔であれば、相手は赤く見えます」
「なるほど!それなら高校潜入初日でも出来るね」
「さすが、理解が早いですね。首席卒業生さん」
「へへ、照れるな」
「……そういや、ガーネシア様は?この時間は何をしてるの?」
「あぁ。神様でしたら、就活中です」
「え?」
「就職活動」
「いや、何させてるの神様に!」
「遊びに行くからお小遣いくれなどと言い出しましたので、自分で稼げと返しました」
「か、可哀想に……」
「天界から支給とかは無いの?」
「下界の通貨価値が壊れない程度の支給と、最低限度の生活備品、食料品の現物支給はあります」
「あぁ、この体を維持するのには十分だね」
「もちろん」
「ありがたいね」
そうこう言っているうちに、高校の門が見えてきた。
「ここが……」
『私立 禍津高校』
神無川県 肌野市に存在する私立高校であり、前身の禍津学園高等部を含めれば、創立は今からおよそ百年前。
偏差値は県内でも最低位。
部活動はほとんど滅んでおり、毎年のように全国ニュースで放送される規模の事件が起きる不良高校として知られている。
なぜ廃校にならないのか、肌野市の七不思議として噂されている。
◆
「とりあえず、転入の手続き等は全てやっておきました。太郎は職員室に行って、朝のHRの時間に担任と一緒にクラスへ行くだけです」
「分かった。ありがとう、お姉ちゃん」
「おぉ……」
正門の前で恍惚とした表情を浮かべるミリュエルを置いて、僕は学校へと入った。
(今日から、僕の天使生活が始まる。目指すは天使の最上級役職"熾天使")
拳をぐっと握りしめ、僕は職員室のドアを叩く。
コンコンッ
「失礼します!今日からこの学校に転入予定の、天使太郎です」
「おっ、こっちこっち!」
職員室の奥で、手が挙がる。
そのまま声がする方に向かうと、目がキラキラと輝いた黒縁眼鏡の男が座っていた。
「天使くんだね、よろしく!僕は君の担任になる佐藤 甘助。担当は現文だ!」
そう言って佐藤先生は握手を求めてきた。
僕は笑顔で応えて、佐藤先生の手を握る。
「よろしくお願いします」
「おぉー、しっかりした子だね。感心感心!」
そして、バッチリと見えた。
佐藤先生が、真っ赤に光っていたのを。
(み、見つけたーーー!!いきなり悪魔やないかい!)
驚く僕をよそに、佐藤先生は立ち上がる。
「とりあえず、ウチは他所の学校と比べると最初は戸惑うことも多いだろうけど、それがこの高校の"普通"だからさ」
「は、はいっ!」
「とにかく担任として最初のアドバイスっ」
「?」
佐藤はキラキラとした目で見つめてくる。
「分からないこと、不安なこと。何か疑問を覚えるようなことがあればいつでも僕を頼ってくれ」
「はい!」
「よし!先生はいつでも君たち生徒の味方だからさ!」
(この人が……本当に悪魔なのか?)
「あ、ありがとうございます」
「うん、よし。大丈夫そうだね。それじゃあ行こう。着いてきて」
「君のクラスは、2-Aだから」
◆
クラスのドアが開く。
佐藤先生が最初に教室に入る。
「おはよう!それじゃホームルーム始めるぞ〜。とりあえず急だけど、今日から仲間が一人、増えます!」
「へー……」
「……」
佐藤先生の元気な声に反して、クラスの反応は驚くほど薄いことが扉越しでも伝わってくる。
「おいおい、皆元気が無いな〜!ほらほら、ちゃんと席に座って!仲間が緊張してしまうだろ?」
僕は一応、襟やボタンを再度確認する。
「……」
「そうだね!とりあえずもう入ってもらおうか。天使くん、おいで!」
僕は促されるまま教室に入る。
黒板の前に立ち、クラスを眺めた。
「よ、よろしくおねが……え?」
目の前に座る生徒全員の目は、誰一人として僕を見てなかった。
机に伏して寝ている人。
僕のことなんか気にもとめず、数人で談笑している人たち。
堂々と携帯ゲームをしている人。
ぱっと見たところ、僕以外三十七人。
誰も僕なんかに、興味を持っていなかった。
「え、えーと……」
「ほら、自己紹介。緊張してるのかな?ははは」
「あ、はい。天使……天使 太郎です。よろしくお願いします」
「「「……」」」
何の反応も、拍手も、笑顔もない。
なんだこれ。これが下界の普通?
「え〜……っと、僕は――」
頭が真っ白になってしまって、何も考えずに続けようとしてしまう。
「僕……えー、僕はその〜……」
そのとき、佐藤先生が助け舟を出してくる。
「はい!素晴らしい自己紹介でした!とりあえず君の席は一番奥の窓際。あそこね」
「え、あ、はい」
返事をして席へ向かう。
その後、授業は滞りなく進んだ。
いや、滞りが無さすぎた。
生徒は誰一人として黒板を見ていない。
いや、それどころか"聞いてすらない"。
(今の下界ってこんな感じなのか?)
「このまえタイガくんがさぁ〜」
「ギャッハハハ!それまじかよ!」
先生の話も聞かずに笑い合う者たち。質問など勿論無く、ノートを机に出してすらいない。
キーンコーンカーンコーン
「はい、それじゃあ帰りのホームルームは終わります!明日は体育祭の役割決めやるから、そのつもりで」
それだけ言うと佐藤先生は足早に教室を出ていく。
ホームルームが終わり、クラスメイトたちは一気に口を開いた。
「お前どーする?」
「は?体育祭なんて真面目に出るわけねぇじゃん」
「はー、この後ストバ行かない〜?」
授業中以外はこんな感じで、至って普通だ。
(よくわかんないな)
そう思いながら鞄に手をかけた瞬間。
一人の男子学生が声をかけてきた。
「なぁ、お前」
「え?」
もみあげが長く、眉間に皺を寄せた怖そうな面の男子生徒。
僕の下界知識で言うと、ゴ◯ゴ31のような……
「オレ、猿渡。新入りのお前はパシリに"決まった"から、よろしくな」
「え?」
「ま、そういうことだからよ。とりあえずついて来いよ」
そう言うと猿渡は僕の手を引き教室から出ようとする。
「や、やめ……」
なんとなくついていったらマズイと思ったから、振り払おうとする。
そのとき、一瞬だがクラスに目を向けた。
いや、目を"向けてしまった"。
何人かが小さく笑って僕を見ている。
同情するような、でもどこか、嘲笑うような視線で。




