ep20 運命は繰り返す
ep20
「あの変態の下界侵入経路、被魔人の身元の確認、それと周囲へのアフターフォローは頼むぞ。影響は最小限でにゃ」
『はい!』
ラッパを持った天使たちに、テキパキと指示を出すニャニャエル。
その様子を見ていた綿堂は、感心するように頷く。
「さすがは一等天使といったところですね」
「にゃんだ、今さら理解したか」
「いやいや、もちろん分かってはい魔したよ……天井に突き刺さったときは少し焦りましたが」
バシッ
綿堂の肩を叩き、ニャニャエルは笑う。
「ニャッハハハ!さっきも言ったが、あれはわざとにゃ!お前が敵の可能性もあったからな!」
「それにしてはカウンターを貰った瞬間は、本気で焦っていたように見え魔したが……」
ギクッ
「にゃにバカなことを!!わ、わざと喰らったに決まってるにゃ!ニャハ!ニャハニャハ……」
……わざとではないな。
だが、だとしても――
(あれほどのカウンターを受けてもなお、大したダメージを負ってるようには見えない)
笑うニャニャエルを横目に、綿堂は静かに思考を巡らせる。
(一等天使でこの実力……)
悪魔の権能とはまた異なる力。
あの"天啓"という能力も、現状では情報が少なすぎる。
(今後また共闘、あるいは……"敵対"する可能性も考えるなら、知っておく必要がありますね)
綿堂は眼鏡を指で押し上げ、小さく息を吐いた。
「とにかく、生徒たちが無事で良かった」
◆
無事ではない。
綿堂が小さく息を吐いていた、その頃。
すぐ近くに一人、ゲ◯を吐きそうになっている男がいた。
「っ………ォ゙ォ゙エ………」
「ご、ゴリエダ!!」
腹を抑え跪く巨漢を前に、毛先を遊ばせる少女。
愚理子は顔を真っ赤に歪ませている。
「ったく……いつまでたってもピーチクパーチク……。腸煮えくりかえってもーたわ」
「グリコ様やりすぎっス……」
「コイツがしつこいんやもん!」
二人(一人と一匹)の軽妙掛け合いを見つめながら、俺は絶望した。
(この女……強すぎるだろ)
決してゴリエダが弱かったわけではない。
むしろ、最初はペースを握っていたと思う。
グリコの攻撃は当たっていたが、ゴリエダにダメージを与えられていなかった。
長ったらしいいつもの説教に加えて、圧倒的な重量を込めた一撃一撃に、グリコも焦っている様子さえ見えた。
だが途中。
グリコの堪忍袋の緒が切れたのか、顔を赤くして叫んだその瞬間。
〜
「クソ!金的!こめかみ!弁慶の泣きどころ!」
「効かん効かーーん!!お前の攻撃は軽い!」
ゴリエダの巨大な腕が、グリコの両肩を掴んだ。
「味わえ!愛の……教育的抱擁ッッ!!」
「ぐ、グリコ様!」
ゴリエダが全力で抱きしめようとした、その瞬間。
「ええっかげんに……せえっちゅーねん!!!!」
ドゴォッ!!!
「グッパァ………ォ゙ン!??!」
〜
そこからだ。
それまではまるで効いてなかったはずのグリコの攻撃が――
突然、比べものにならないほどの威力へと変貌した。
「〜〜〜ッッ………!」
ゴリエダはみぞおちを押さえ、言葉にならない叫び声をあげている。
「ふぅ〜、スッキリした」
グリコは手鏡でまつ毛とツインテールをチェックして、小さく呼吸を整える。
「よし、ほな行こか」
「へっ……」
グリコは俺の手を掴み、引っ張った。
もう、振り払う気は起きなかった。
脳裏によぎるのは、クラスメイトたち。
戌亥、猿渡……
(ごめん、皆……)
俺じゃお前らを、助けられない。
目の前には悪魔。それも、圧倒的に強い。
俺は――
『お前らの命よりも、"神様にならないこと"の方が大切だ』
「んぁ?なんか言うたか?」
振り返るグリコ。
「いや……」
グリコの目を見つめながら、俺は――
"夜"を呼んだ。
グリコも、ネズミも………
廊下も窓もロッカーも壁に貼られた掲示物も……
全て、雑な黒色で塗りつぶされる。
「え………?」
◆
『大変ですニャニャエル様!!もう一人、突然、悪魔の反応が………ぁあ』
ラッパが落ちる。そのまま、天使は膝をついて頭を抱える。
「ニャ!?お、おい突然倒れてどうした……にゃ」
言いながら、ニャニャエルもその場にへたり込んだ。
体が動くことを拒んでいるような感覚。
『あぁ、死んでしまいたい……。あ、私は天使だから死ねないのか。ハァ』
「オイ、しっかり……しろにゃ」
「これは……」
綿堂の顔から血の気が引く。 呼吸が浅くなり、思わず壁へ手をついた。
『もう全部どうでもいい……』
『私なんて、生まれてこなければ良かった』
『嫌だ……嫌だ……消えたい……』
ラッパを持った天使たちが次々と膝をつき、頭を抱え始める。
誰もが俯き、まるで自分の心の奥底を覗き込まされたように。
「ニャ…うぅ……」
ニャニャエルも歯を食いしばる。 手足は動く。傷もない。
それでも体が、力を使うことを拒絶していた。
頭の奥底から、誰かが囁く。
『もう毎日寝てたい』
『全部めちゃくちゃにしたいにゃ』
『誰か、誰か代わってほしい』
「……ッ!」
ニャニャエルは自分の頭を殴る。
「違う……これはオレサマの考えじゃ……にゃい」
だが、その瞬間も天使が一人、また一人と崩れ落ちる。
「死にたい……」
「もう嫌です……」
「お願いだから、終わらせて……」
綿堂は壁へ手をつく。
足が震えるが、咄嗟にタイダーフィールドを自身へ展開し、辛うじて意識を繋ぎ止めた。
「バカな……これは、この、力は……」
失われし八つ目の大罪
『 ███ 』の権、能………
◆
『臨時ニュースをお伝えします』
昼の情報番組を遮るように、突然画面が切り替わる。
画面に映し出されたのは、何台もの救急車とパトカー。
規制線の向こうには、大勢の報道陣が集まり、騒然とした空気が漂っていた。
『本日午前、神無川県肌野市にある私立禍津高校で、生徒および教職員あわせて数十名が意識不明の状態で倒れていると通報があり――』
校舎を映す映像。
次々と担架が運び出されていく。
『警察によりますと、現時点で事件性は確認されておらず、集団自殺を図った可能性もあるとして、詳しい経緯を調べています』
『学校側との連絡は現在も取れておらず、被害の全容は判明していません』
『繰り返します。本日午前、神無川県肌野市の私立禍津高校で、生徒・教職員あわせて数十名が――』
テレビ画面には、赤い文字で速報が表示され続けていた。
【速報】――禍津高校 集団自殺未遂か?
〜
テレビを見つめながら、神様――ガーネシアがため息を吐いた。
「……おいおい、大変なことになったのう」
ミリュエルは眼鏡をくいっと上げて、頷いた。
「怠惰だけでなく、憤怒まで倒すとは。驚きましたね」
ガーネシアは素早く振り向き、ミリュエルを睨みつけた。
「そういう問題じゃなかろうて!!ど、どうするのだ?」
「――どうする、とは?」
「天界公認の悪魔を二人も屠って、一等天使ナナエルも、更には憤怒のご令嬢さんまで……な、なによりアティナの奴が黙ってないぞう……」
ガーネシアは自らの両腕を抱いて震える。
その様子を、ミリュエルは薄く笑って見下ろした。
「ふふ、大丈夫ですよ神様。また、やり直せば良いじゃないですか」
「や、やり直すじゃとぉ?」
「えぇ。次はほんの少しだけ変えて、もう一度」
「何を……言っておるのだ?」
ガーネシアは、ミリュエルを見上げる。
だが、頭上で瞬く電灯のせいで、ミリュエルの顔はよく見えなかった。
「やり直すときは、私たちも例外じゃなく記憶を無くします。ですが、ほんの少しだけ手を加えておくことは出来ます」
「な、なんの……話をしておる。ミリュエル」
ミリュエルは再度、眼鏡をくいっと上げる。
「神様もまた――盤上の駒に過ぎないということですよ」
そう言ってミリュエルはリモコンに手をやる。
そのままテレビの画面は、プツンと冷たい音を立てて消えた。




