ep19 バトルものになっちゃった
ep19
第三者視点で俯瞰して見れば、二人の動きはよく見えた。
「遅い、遅いでぇ!」
先程までは目で追うことすら困難だったグリコの動き。
だがこうして見れば、その身のこなしがとんでもなく繊細でテクニカルなものだと分かる。
「教育的指導ッ!教育的体罰!教育的暴力ゥゥ!!」
ゴリエダの放つド迫力の拳。
グリコはそれを紙一重で躱す。
「無駄無駄無駄無駄やァァ」
手足のリーチを読む。
ギリギリで避けて肘を突く。いわゆるファニーボーンと呼ばれる箇所。
あそこ当たると電流みたいな痛みがはしるんだよな。
重心移動を読む。
スネに向かってサッカーボールキック。
えぐいことするなぁ。
次の一手を読む。
ゴリエダが拳を振るうより早く動き、避ける合間に手鏡を取り出し、ツインテールを整える。
ゴリエダは顔を真っ赤にして肩で息をしていた。
「さっきから地味に痛いことばっかりしやがってぇ……!」
「すげぇな。あの子」
「当たり前ッスよ!グリコ様は地獄の名家“憤怒”本家本元の大悪魔!今はまだお子ちゃまですが、未来の地獄を担うお方ッス!」
「誰がお子ちゃまや!!聞こえてんねん!」
「ヒィい!」
「へー……すげぇんだな」
太郎は素直に頷くが、少し考えてからネズミを二度見した。
(……え、コイツら悪魔だったの?)
「憤怒の権能か……通りで、戦闘力はズバ抜けているな」
「なんや、ゴリラのくせに物知りやな」
「禍津高校の教師を舐めるなよ」
ゴリエダは腕を振り拳を鳴らした。
「この学び舎を狙って、貴様らのような不法入界する輩を何人も仕留めてきた。俺が屠ってきた悪魔の数はゆうに――」
「あ、話さんでええよ。おっさんの自分語りキツいわ」
「あれは3年前……お前と同じく無許可で立ち入った悪魔が居た」
「話さんでええって聞こえてるかー!?」
「……後に理事長となる綿堂さん含め、六人の教師陣が悪魔に立ち向かった」
「……アカン言葉が通じひん!!ほんまにゴリラかコイツ」
「その時に対峙したのは"暴食"の権能者。俺たちの仲間は一人、また一人と奴に喰われ――」
「もう助けてくれーー!!」
「すげぇ。グリコ様がペースを乱されている……あのゴリラ、侮れねえッスな」
(……なにこの時間)
◆
『なかなか、厄介ですね』
歌いながら、全裸で踊る男。
腰を振るたびに、股関節にぶら下がる砲台から電流が撒き散らされる。
(電撃による広範囲、高速攻撃と歌による精神汚染……歌は私の権能でなんとか抑え込めそうですが)
やはり、決定打に欠ける。
このままジリ貧で向かい合っていては、二時限目の授業も終わってしまう。
そうすると次の授業で音楽室を使う生徒がやってくる。
「見上げて〜ごらん〜♪」
地を這う電流が網目状に広がる。
綿堂は軽く避けるが、ますます近づけない。
天井に目線をやると、尻尾と足がブランブランと揺れているのが見える。
(ニャニャエルさん……)
『仕方ない……もう、奥の手を使うしかないですね』
綿堂は両手をだらりと垂らす。
綿堂の着るスーツの袖口から、ドロドロとしたインクのようなものがこぼれ落ちる。
(最優先にするべきは、生徒たちの安全……)
決心した綿堂は、小さく呟いた。
『悪魔は、欲望を糧にする。
悪魔は、七罪を司る。
悪魔は、人が創り出す。
悪魔は、心と結び合う。
悪魔は、自由を探求す――………』
そのとき、どこかから勇ましい音色がした。
まるで、ラッパのような。
『ニャニャエル様!"天啓"の稟議、通りましたよ〜!』
これは――天使の奏。
「……おせえニャ」
ズボッ
響くラッパの音の中、ニャニャエルが天井から頭を引き抜いた。
『ニャニャエルさん、無事だったんですか!』
「当たり前ニャ。オレサマを誰だと思ってやがる」
『今回、天啓の使用回数は三回となってます!種別は……』
「言わんでも分かってる。"勤勉"一回で充分にゃ」
『……はい!ニャニャエル様』
より強く、ラッパの音が奏でられる。
もはや荘厳を通り越して騒音。
だが音が大きくなればなるほど、ニャニャエルの体が人間サイズまで大きくなっていく。
『これは……ニャ、ニャニャエルさん……!?』
「悪いな綿堂。お前とこの変態がグルじゃにゃいか、少し試してしまったにゃ」
『え?』
「オレサマが戦闘不能になった後も、お前らは戦っていたからニャ。とりあえずお前は敵じゃないと判断するにゃ」
『そういう……』
「ああぁうるさいうるさいうるさいデスネェエエ!!!幸せならラッパじゃなくて手を叩きなさぁあイ!!」
男は耳を抑えながら、電流を全方位に放った。
だが、音よりも早く。雷よりも疾く。
成人した女性のような姿になったニャニャエルが、男の目前に迫る。
勢いそのまま。男の股関節に、ニャニャエルのサッカーボールキックが炸裂する。
「とりあえずこれ、潰しとくニャ」
「ン゙……ッン゙ゥンン…………………!!!!!!!!」
内股になりながら崩れ落ち、悶絶する男。
「えーっと……一応形式だから言っとくにゃ?」
「ンンン………」
「無許可の不法入界及び下界に多大な影響を与えかけたということで……神無川県南地区管轄天使ナナエルが、お前を地獄へ送り返すにゃ」
「あ、明日が………ある……さ」
「お前に明日は、無い」
そう言ってニャニャエルは両の手の平を男に向ける。
悶える男に、照準を合わせるように視線を落とす。
「んー……幸せなら、にゃんだったか。手で叩こうだったか?」
ドンッッッ!!
見た目では軽い、張り手。
人間の手だが、薄ピンク色の可愛らしい肉球がついた特徴的なニャニャエルの手。
端から見れば、力を抜いた優しい張り手のように見えた。
だが触れた瞬間、男の頭部は吹き飛んだ。
鮮血が噴き上がり、ニャニャエルの真っ白な長髪を赤く染める。
「今のは……発勁、いや、ニャッ勁ってことにするにゃ」
煩わしい男の歌も、けたたましいラッパの音も止まり、音楽室はようやく静寂を取り戻した。
「ハァ……。本当に厄介事だったにゃ」




