ep17 エクスタシーアッパー
ep17
「幸せナーラ手を〜叩こウ〜♪」
パンッパンッ!
音楽室に変態の歌声と、三人の手拍子が響く。
「幸せナーラ手を〜叩こウ〜♪」
パンッパンッ!
ニャニャエルは肉球のせいで手拍子が上手く出来ず、苛立つ。
「難しいにゃ!」
「ウフ。なら二番はどうでしょうか?幸せナーラ足〜ならそウ〜♪」
ドンッドンッ!
「おお!これにゃら出来るニャ!」
『素晴らしいです。ニャニャエルさん』
「えへへ………じゃにゃーーい!!にゃんだこれ!?何和気あいあいとしてんにゃ!」
『ハッ……』
綿堂はいつの間にか、リズムに合わせて指揮者のように腕を振っていた。
ニャニャエルはそんな綿堂の足を軽く蹴る。
「ハッじゃねー!!なんだこれ、つい体が動いてしまうにゃ!これがアイツの能力かにゃ!?」
「ウフ」
薄く笑う変態を見つめて、綿堂は首を振った。
『電撃だけじゃなく、歌による洗脳……彼の権能が予測でき魔せん。そもそも――』
「そもそも?」
『歌による精神干渉や支配など、悪魔の力としては異質すぎる……むしろこの力は"神"のような……』
「ラララ〜♪さぁ、皆で未来を見据えまショォオーー!」
男は腰を振りながらケツを叩いて歌っている。
「何をバカな!どう見たらあの変態が神に見えるにゃ!」
『そ、そうですよねぇ。ありゃただの変態……恐らく"色欲"系列の……』
「とにかく、また訳わからんことされる前に殺るぞ。オレサマが攻めるから、お前はとにかくアイツの妨害頼むにゃ」
『分かり魔した。タイダーフィールドを部分展開し魔す』
そう言って綿堂は小さな魔法陣をマキビシのように撒く。
『これで奴は迂闊に動き回れないです。とはいえ、ニャニャエルさんも範囲内に入れば適用されるのでご承知おき下さい』
「あいよ」
返事をして、ニャニャエルは全裸で踊る男をめがけて駆け出す。
「さぁ、未来を感じてくださいッ!愛の衝撃、恋に電撃はつきものですカラッ!」
再度男の腰にぶら下がる鉄筒が伸び、銀色の花弁が広がる。
「エクスタシィィチャーーージ……」
『来ますよ!ニャニャエルさん!』
「わかってらぁ!」
バリバリバリィ゙ッ!!!
高音と共に、青白い電撃が音楽室を這う。
「遅いにゃ!」
床を蹴る。
白い軌跡を残すように駆け抜けたニャニャエルの後方で、電撃が壁を抉った。
バァンッ!!
石膏が砕け、黒板が揺れる。
『あぁ、修理業者の手配をしておかないと……』
「ウフフ!明日を見てくださぁい!」
「見えてんのはテメェの死に様だけにゃ!」
ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!
男の腰から、連続して放たれる電撃。
ニャニャエルは机を蹴り、壁を蹴り、天井近くまで跳躍する。
青白い閃光が足元を掠めるたび、焦げた毛が数本宙を舞った。
「熱ッ!?熱いにゃ!!」
『文句を言う余裕があるなら十分です!』
綿堂の声が飛ぶ。
ニャニャエルは空中で身体を捻り、そのまま変態目掛けて一直線に飛び込んだ。
男の右前方に展開した魔法陣を確認して、逆方向へ一閃。
「オレサマの攻撃、見えるもんなら――」
鋭い爪が閃く。
「避けてみろやぁ!」
男はニャニャエルの爪を体をねじって避ける。
しかしそのとき、男は軽く体勢を崩し右足が前に出た。
『かかり魔した!』
「かかったにゃ!」
ドクンッ
男の動きが、途端に遅くなる。
体勢を崩したまま、スローモーションのようにゆっくりと。
その隙を見逃さない。
元々避けられる前提だったニャニャエルは、流れるように追撃する。
「煌めけ!!天使殺法ォ……猫 パンチ!!」
ニャニャエルの肉球に光が宿る。
神々しさすら覚える眩い拳。
『おお……さすがは天使ですね』
綿堂は感嘆する。だが同時に、かすかな違和感も覚えた。
(待てよ……そもそも奴はここまでどうやって来たのでしょうか?音楽室までのルートも、当然タイダーフィールドは展開していたはず……)
男は避ける動きのまま、ゆっくりと頭を沈め腰を曲げる。
「敵だとめんどくせぇ能力だけど、味方にすると頼もしいにゃ!こんなノロマ、一撃で地獄行きニャーー!!」
見つめ合う猫と変態。
輝く肉球が禿げ上がった男の脳天を叩き潰すその刹那――
男はニヤリと笑った。
『ま、マズイ!!ニャニャエルさん!!ソイツにはタイダーフィールドが効いてな――』
綿堂の叫びも虚しく。
男は沈めた低い体勢から、天に向かって拳を突き上げる。
まるで某格ゲーの昇◯拳のように。
「愛の……エクスタシィィアッパァーー!!」
ニャニャエルの飛び込み猫パンチをスレスレで避けながら、男の拳がニャニャエルの顎を貫いた。
美しいカウンターの様相を呈したその威力は何倍にも膨れ上がる。
「ぇニ゙ャ゙ッッ………ガッハァァア!?!?!?」
ドゴォォォン!!!
ニャニャエルの身体が天井へ突き刺さる。
足だけがぶらんと垂れ下がった。
『やられた……』
ニャニャエルの姿を見つめながら、綿堂は額を押さえた。
ニャニャエルさんは速い。
だが、所詮は猫の体。圧倒的に、軽い。
飛び込みながら放つあの一撃は強力だが、迎撃された瞬間、その運動エネルギーは全て自分へ返ってくる。
距離。速度。
なによりもあの体格差。
カウンターだけは、絶対に貰ってはいけなかった。
「アナタにも明日がありますように!ウフフフフ!!」
男は腰を振りながら笑う。
綿堂の展開した魔法陣の上に立っているというのに、ナマケモノどころかカンガルーのような軽快さで。
◆
「イッテェエエエ……」
勢いよくぶつけたデコをさすりながら、俺は呟いた。
走れども走れども、逃げるように遠ざかっていた壁が突然迫ってきて顔面で激突した。
(どうなってんだ、まったく……!)
どれもこれも、悪魔の仕業に違いない。
「許せねぇ」
俺は渡り廊下を抜けようと、目の前の扉へ手を伸ばした。
「ったく、今日は厄日かよ……」
ガチャ……
ノブに触れようとした、その瞬間。
バァンッ!!!
扉が内側から勢いよく開いた。
「へ?」
ゴッ!!!
「ぐえっ!!」
一度目で作ったたんこぶへ、二度目の追撃。
仮に狙撃であれば連続ヘッドショット。チーターを疑うほどの精度。
痛すぎて涙が出る。
恐る恐る触ると、たんこぶはさっきの倍くらいに成長していた。
「痛すぎる……んのヤロォ、誰だこの野郎!!ドアを開けるときは向こう側に人がいるかもしれないって注意して開けろや!学校で何を教わってんだ…………」
怒鳴りながら顔を上げる。
まず見えたのは分厚い胸板。
次に血管がこれでもかと浮かんだ太い腕。
そして丸太のような首。
さらに見上げて、ようやく顔があった。
「……」
ジャージ姿の大男が、無言でこちらを見下ろしている。
まるで熊だ。
いや、熊の方がまだ愛嬌がある。
太郎の口から飛び出していた怒声は、坂道を転げ落ちるように失速していく。
「……よ……」
「……」
「…………」
「………………」
さっきまで威勢よく開いていた口が、静かに閉じた。
ゴクリ。
喉が鳴り、嫌な汗が背中を伝う。
男は腕を組み、低い声で言った。
「……私が学校で教えてることは、目上の人に対する口の利き方と――」
わずかに身を屈める。
「授業中は教室の外に出ないということだが、まだ足りないようだ……」
「あ、あー……」
生徒指導部の剛利枝だった。




