ep14 流行唄
ep14
俺は2-Z教室を出て、新校舎に繋がる渡り廊下を歩いていた。
あのまま戌亥たちを放置するのは不安だったが、それより一刻も早く元凶を潰す他無い。
〜
『こんばんはァ』
〜
あの変態野郎。
どう考えても、アイツが怪しい。
俺もアイツと出会ってから、あの歌が脳にこびりついた。
(し〜あわせなら……ハッ、いかんいかん)
ほーら、今でも気を抜くとあの歌を口ずさみそうになる。
(だるすぎるぞ、これ……!)
37人もの人間をまとめて支配下に置ける実力者。
更に人間ではない俺にまで影響を与えられることを鑑みるに……
(相当強力な悪魔だな。もしかしたら、七欲の……)
〜
『明
日
は、
見 え
ます
か?』
〜
脳裏にアイツの顔が浮かび、歪んだ笑顔を向けてくる。
とはいえ、角や羽は確認できなかった。
そうなると――奴は、『顕現』か。
そもそも、悪魔が下界に来る方法は主に二つだ。
一つは『顕現』
下界の人間の欲望に入り込み、心を堕とす。
そうして悪魔に魅入られた人間を乗っ取り、人間の体を用いて下界に出てくること。
もう一つは『昇臨』
地獄から悪魔本人がそのまま下界へ現れること。
だがそんな真似をすれば天界に即バレするはずだ。
考えながら、俺は歩く。
他の生徒はどうなっているのか。
そして先生たちは?
まずは他の教室、そして職員室に確認に……。
(いや、待て)
俺はその場に立ち止まり、辺りを見渡す。
(おかしい)
考えている間、ずっと歩いていたはずだ。
見たところ10m程度の長さ。
すぐに渡りきれるはずの、この廊下。
(渡り廊下から、"出られない"?)
ダッ――
俺は走りだした。
走れば、ものの数秒で新校舎に入れるはずの距離。
………
だが、出られない。
間違いなく、進んでいる。自分は、前に動いている。
おかしいのは、出口か、廊下か……。
進めば進むほど、まるで引き延ばされているように距離が縮まらない。
(これも、悪魔の力なのか?)
いつの間に……俺は既に、悪魔の支配空間へ居たのか?
一瞬考えた後。
俺は窓を破壊するために、手近なところに置いてあったホウキに向かった。
◆
「ニャ〜、ここ立地悪すぎるにゃ」
オレサマはその辺の路肩にバイクを停めて、校門を見あげた。
『私立 禍津高校』
黒い鋼鉄の門が、鈍い輝きを放つ。
望まぬ来客を拒むように、重々しく。
「……県内屈指の進学校でも、こうして見ると露骨に禍々しいニャ〜」
校門の脇にあるインターホンのボタン……の下。
低い位置に、銅色の小さなベルが掛けられていた。
「猫にも優しい位置。悪魔にもバリアフリー……いやダイバーシティってやつがあるのかにゃ」
オレサマは勢いよく、ベルに猫パンチを食らわせる。
カランカラーン……
カランカランカラーン……
「ハァ〜〜……入りたくねぇにゃ〜」
ぼやいてもしょうがないとは分かっている。
それでも、言わずにはいられない。
『ハイ……』
どこからともなく、低い声が響いてきた。
『……どちらさ魔で?』
「……あー、神無川県南地区管轄天使のニャニャ……ゴホンッ、ナナエルだ」
『これはこれは……天使さ魔が一体何の御用で?』
「ここに、悪魔が顕現してる反応が見られたから調査に来た。場合によっては"祓う"必要もある」
『悪魔の反応……?』
一瞬の静寂。
『……失礼ですが。ここ、禍津高校がどのような場所か、ご存知なので?』
「分かっとる。悪魔の反応といっても"お前たちとは別"だ。無許可の悪魔が、侵入しとるんにゃ」
『それはそれは……』
「逆に聞きてぇが、まさかお前らが手引きしてんじゃねえだろうにゃ……?許可の無い悪魔の顕現及びその幇助は、天界のルールに抵触してるニャ」
『魔さかそんな……!神に弓引くような真似は致し魔せん』
「だったら問題ねーだろ?入れろや」
『……どうぞ、お入りください。私もすぐに、魔いります』
言い終わると同時に、門がひとりでに開きだす。
ギィ……ゴゴゴォーー
錆びが擦れる不快な音を奏でながら、ゆっくりと。
「……開くのが遅ぇえ。さっさとしろにゃ〜」
貧乏揺すりならぬ、猫ゆすりが止まらない。
ゴゴゴォ………ガコンッ
文句を垂れながら、オレサマは開いた門を超える。
禍津高校は天界から『不可侵区域』として定められている。
地区担当になってから、長い天使キャリアを過ごしてきたが、禍津高校に入るのはオレサマにとっても初めてだった。
◆
「ようこそ、ナナエル様」
校舎に入るとすぐに、事務員らしい女が立っていた。
「おう。早速で悪いが、ここの責任者を呼んでくれ。分かってると思うが、表向きの校長とかじゃねえ」
「悪魔の方だ」
「……もちろん、すぐに理事長が参ります。来客室の方へどうぞ」
そう言われて案内された禍津高校の来客室。
真っ赤に染まった革製のソファーに飛び乗ると、固いのか柔らかいのかよく分からない反発を感じる。
(悪趣味なソファーにゃー)
壁には、歴代の校長と思しき肖像画。
そしてその校長らしき男たちが、それぞれ誰かと握手をしているような写真がところ狭しと飾られている。
『彼らは皆、我が校の優秀な卒業生たちです』
「ニャっ……!?」
突然、背後から声がして、振り返る。
声の主は、漆黒のスーツを着た痩身の男。
年齢は四十代にも、五十代にも見える。
『お魔たせして、大変申し訳ありません』
男は深々と頭を下げる。
『学校法人禍津グループ 禍津高校理事長の綿堂と申し魔す』
綿堂は静かに扉を締めたあと、規則正しく歩を進め、正面で立ち止まる。
『こちら、私の名刺でござい魔す』
差し出された名刺は真っ黒。
ただし文字だけは銀色に浮かび上がり、見る角度によって鈍く光る。
『あ、当然環境に配慮した再生紙を使用しており魔す』
「悪魔もSDGsとかやるのかにゃ……」
『もちろんです』
綿堂は眼を見開いて話し続ける。
『そもそもSDGsとはサタン様・デーモン・ゴッドの頭文字でして、三者の友好を――』
「絶対違うだろ……」
『おや、ご存知ありませんか?』
「いやSDGsってのはサスティナブル……って、そんなことはいいにゃ!!」
静かに頷く綿堂。
『えぇ。無駄話はこのぐらいにしておき魔せんか?』
(コイツまじ腹立つ……)
『貴方がたの話が本当であれば、我が禍津高校の敷居を無断で跨ぐ者がいるということですね』
「本当であれば……だとォ?」
『あぁ、いえ!疑っているわけではあり魔せんよ』
そう言って、綿堂はいつの間にか机に置かれていた珈琲を一口啜る。
『私どもは天界の方々と違い、他の悪魔の反応を追え魔せんので。その感覚が分からないのです』
「にゃら、さっさと探せ。不審者が簡単に入り込むなど、ここのセキュリティはどうにゃってるんだ」
『ふふ、セキュリティならご安心を』
おもむろに右手を上げ、指を下に向ける綿堂。
その指先から、黒いインクを一滴垂らしたような闇が滲んだ。
闇は空中へ広がり、やがて円を描く。
幾重もの幾何学模様と見慣れない文字列が組み上がり、宙に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
『侵入者など、私の張った黒結界でとうに捕らえているはずです。特に今は授業時間ですし……ね』
「にゃんだそれ」
『常に一部のルート以外はほぼ全ての範囲を覆っているのです』
『一般生徒もおり魔すのでね。校舎内にも十分な隔離措置を施しており魔す』
「ほーん。それは間違いニャイんだろうな」
『ふふ、これでも禍津グループの理事を務めさせていただいてい魔す。私の結界を抜けることなど、それこそ"神でもない限り"不可能でしょう』
不敵に笑う様が、オレサマにとってはどうも不快だった。




