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ep12 異変

ep12


ミリュエルは毎朝、朝食を作ってくれる。

基本的に、トーストと目玉焼き。あとは焼いたウィンナーといったメニュー。


本当にありがたいと思っている。

だが今日は……今日だけは、やめてほしいと思ってしまった。


トントン……

「う〜え〜をむーいてぇー、あ〜るこ〜うぉうぉう」


チーンッ

「な〜みだが〜、こ〜ぼれ〜な〜いよーウォウォウに〜」


慣れた手つきで、テーブルに朝食の準備をしてくれる。

俺も、ジジイとミリュエルの分のコップを出して、牛乳を注ぐ。


「おもい〜だ〜すぅ〜、はーるのひぃ〜」

「あのさ……」


「ひ〜と〜り、ぼっち〜の〜」

「ミリュエル?」


「え?あ、はい?」

「いや……なんだろう。こんなこと言える立場じゃないとは思うんだけど……」

「どうしましたか?」


「いや、唄うの、辞めて欲しいなって」

「あ、歌っちゃってました?」

「え、うん。ガッツリ。なんならビブラート効かせてたし」

「あら、恥ずかしいですね」

「いや全然良いんだけど、昨日の変態を思い出しちゃうからさ」

「いやー、失礼しました。でもこの歌って一度聞いたら頭から離れなくて」

ミリュエルは眼鏡をくいっと上げる。

「まぁ、分かるけどさ」


かくいう俺も、脳内でグルグルとあの歌が再生されている。

そのせいで昨日は軽く眠れなかった。

「いい曲じゃよねぇー、坂本十」

「ジジイ……」

(一つ多いな)


「天界じゃこういうポップな歌なんて無かったから、下界の音楽文化には目を見張るものがあるのう」

「そうですね。つい、口ずさんでしまいますよね」

「うむ。しあわ〜せな〜ら、手をたーたこぉ〜ってな」

「アハハ」「ハハハ」


……やめてほしい。とは、もう言えなかった。

上を向いた、男のイチモツが脳裏にチラつく。


「ハァ……。今日は早めに学校行くよ」

「そうですか?でも姉弟は一緒に学校へ……」

「この前そんな法律は無いって知ったよ!」

「あぁ。バレてしまいましたか」


「んじゃ、いってきまーす」

「いってらー」「いってらっしゃい」


フンフンフフーンフンフン♪

玄関を出るまで、ミリュエルの鼻歌が鼓膜を揺らした。



「おはよー」

教室のドアを、開ける。

そこにはいつものように、ガヤガヤとした教室の空気が――


広がってなかった。


『あし〜たがある〜さ、あすがあ〜る〜』

『みあげて〜ごらん〜、よるの〜』

『しあわせなら手を叩こう〜』


地獄絵図。


教室中で、歌が響き渡る。

皆好き勝手に、各々歌っている。

『てをたたこ〜う〜』


ヤバい。脳が破壊されそうだ。


「お、おい戌亥!どうなってんだこれ」

「あ、おはようアマちゃん」

「何で皆、あの歌を……」

「いやー、昨日の夜お父さんが歌っててさ、なんか頭から離れなくて……つい」

「いやすげえよな。昨日アニキが歌ってて、気づいたら俺も口ずさんでんだよ」

猿渡も入ってくる。


「すげぇ偶然もあるもんだよな。皆、昨日どこかで聞いたらしくてよ」

「皆……?」

「あぁ。朝から誰かしら鼻歌を歌ってて、気づいたら俺も歌っちまってよ〜」

「頭に残っちまうんだよな!」

「「「アハハハ!うえ〜をむ〜いて〜〜」」」


「なんだ、なんだよこれ」


「アマちゃん!!なんだこの状況は!?」

「根津……!!」

パチンッ

根津が手を叩く。

「静かにしろ!」

根津の声で、徐々にクラスが静かになる。

(やるじゃねえか、根津!)

始めて、根津を頼もしく感じた。


パンッ

「ほら、HRの準備は出来ているのか!?」

「そーだそーだ!根津の言うとおりだぜ!」

「アマちゃんが……根津に魂売ってる」


パンッ、パンッ

「もうすぐ予鈴がなる!席に着け〜」

「よしよし、根津のおかげで皆落ち着きそうだな」


パンッ、パンッ

「ほらー、急げー」

パンッ、パンッ

「おい根津、もう手を叩かなくてもいいんじゃ……」


パンッ、パンッ、パンッパンッパンッパンッ

「根津……?」


パンッパンッ!

「しあわ〜せな〜ら手を叩こ〜う」


は!?!?根津!!!?


パンッ、パンッ

根津の歌に合わせて、クラスの皆が手拍子をする。


「や、やめろ……」


「「「しあわせ〜なら〜手ヲタタコォ〜〜」」」

パンッ、パンッ!!

手拍子の音が重なり、少しずつ大きくなる。


「皆、どうしたんだ!?」

「しあわせ〜ナラァ〜態度で〜シメ〜ソウヨォオ」


「ね、根津……っ!?」

「ホラァミンナデ手ヲタタコォオオ……」

根津は、涎を垂らしながら口を大きく開けて歌い続ける。

目の焦点は、どこにも合っていなかった。


パンッ、パンッ!!



「ミリュエル、お前も酷いことするにゃ〜」

「はい?なんですか急に」

「太郎のことにゃ。アイツの行ってる高校って――」

「あぁ……まぁ、これでも譲歩した方です」

「ニャハハ。どの口が言うにゃ!」

「いやいや本当ですよ。そもそも彼は神様の決定に逆らっているんですから。本来ならば浄化モノです」

「なぁ、アイツって何なのにゃ?明らかに――"普通の魂じゃにゃい"」

「……。まぁ、そうですね」

「ニャンだよ。言えニャイことか?」

「いやいや、別に隠すことでもありません。あの子は、アティナ様の"お気に入り"ですから」


「――は?」


ニャニャエルの尻尾が、ぴたりと止まった。

いつも忙しなく動いている耳も、動かなくなる。

「……今、なんて言った?」


「ですから、アティナ様のお気に入りですよ」

「いや、聞こえなかったわけじゃねえ」

ニャニャエルは乾いた笑いを漏らす。

「アティナ様って、あの戦女神の……」

「他に居ませんよ」

「……」


数秒。

ニャニャエルは無言になった。


「お前、オレサマを厄介事に巻き込んだな?」

「ニャニャエル様なら、大丈夫でしょう。いや、ニャニャエル様だからこそですね」

「お前、相変わらず喰えない奴にゃ……」


ニャニャエルは器用にお茶を啜る。


「てか、お前学校行かにゃくていいの?」

「あぁ。今朝、振られましたので。もう姉弟登校は卒業です」

「不登校かにゃ。悪い子ニャ」

「いや、もうあの学校での私の役目は終わりましたから」


「ハァ。相変わらずお前たちの言うことはよく分からん」

「……私も、彼に"魅入られている"のかもしれませんね」

ミリュエルは眼鏡をくいっと上げる。

それを見て、ニャニャエルはこれ以上聞くのをやめた。


「やっぱり厄介事にゃ」

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