ACT97・NEXT
『ゲットセット』
「・・・スケイルアップ」
電子音声と共に、右腕のリングを捻る。
『アーユー、OK?』
「変身・・・!」
光太朗の全身から滲み出る、力。身体の奥底から確固たる強さを持って、形を成す。それは、何者をも阻む勇者の鎧。
『スタンド・アップ!ヴァイオレットバイパー!』
深夜。
紫色の鎧が月光に映える。闇夜に溶ける体表は、さながら闇夜を舞うコウモリのような怪しさを残して。
光太朗は、ビルの屋上。縁を蹴り、夜空に飛び出す。
「・・・博士」
『なんじゃ?』
光太朗は、ビルの屋上を跳躍で飛びながら、問いかける。メットの奥から聞こえたのは、いつもと何ら変わらぬ老人の声。
「今のなんだ?」
変身の際に流れた電子音声。ただでさえスケイルアーマーを纏うときには、小っ恥ずかしい呪文めいた合言葉を唱えなければならないというのに。博士曰く、変身をするためのカギ。
『かっこええじゃろ。変身した!って感じになるじゃろ?』
世を忍ぶ借りの姿として変身しているというのに、名前を晒しているじゃないか。
「恥ずかしいからやめてほしいんだけど」
『格好いいと思うのじゃがの・・・』
光太朗の不満を受けて、蛇ノ目は明らかに落ち込むのであった。
神野光太朗は、改造人間である。
瀕死の重症を事故で負い、身体の中を機械で補強している。
そして、それと時を同じくして、正義のヒーローとして、世を守る活動をしている。
数週間前。
世界を、ある目的のため閉ざそうとした狂者がいた。
ただ、その2文字で片付けられない程純粋で、真っ直ぐな人間だった。
だが、その想いは遂げることを許さず、光太朗は、その野望を打ち砕いた。
世界を深い混沌に陥れる野望は潰え。
光太朗の仕事は世の中を乱す者の阻止。
技術革新の進んだ今の世の中には、その技術を用い、それを豊かにする方向ではなく、間違った道筋に乗せる輩がいる。
それを、光太朗は見える範囲でも留めたいのだ。くだらない、欲望で捻れた考えで他人が迷惑を被る。そして、それは時に人の命をも奪う。
そんな理不尽な未来を、少しでも止めたいのだ。
ヴァイオレットバイパーとしての姿、スケイルアーマーは、そのための力だ。
だが。
「・・・これは俺の仕事か?」
ビルの屋上から、眼下を見下げる。
そこには、深夜にもかかわらず爆音を撒き散らし、ヴァイオレットバイパーもかくや、と言わんばかりにド派手な影が。
所謂、暴走族と呼ばれている若者の集団だ。
周囲への迷惑も顧みず、音楽とも言えない不快音をお供に、深夜のパレードを決め込んでいる。あれをどうにかすることが光太朗に課せられた使命だ。
広い目で見れば、暴走族も力ない者にとっては脅威で。
『この辺りでは名の知られたチームらしい。リーダーである族長を逃がすため、仲間は各地に分散し、警察はそのトップを追いきれていないようじゃ』
そのコンビネーションは、別のところで発揮させればいいものを。それを周囲への迷惑という形でしか表現できていない。
バイクと同等の機動力を持つスケイルアーマーでなら、その動きを捉えることは容易い。周囲のバイクよりも一際シンボリックにカスタマイズされたそれが、リーダー各の男が乗るバイクであろう。
倒れそうで倒れないくらいに車体を傾けながら左折右折を繰り返す様は、言い得て妙である。まさしく暴走。
深夜とは言え、道路を走る車はいる。心底迷惑そうに減速する車を横目に、その走りが哀れに思うほどに誇らしくはない。
『次の角で、直線に入る』
その時が頃合いだろう。
耳をつんざく轟音を吐き出しながら、バイクを傾ける。
それと共に、光太朗はビルから跳躍。
無数のギラつくライトが連なるバイクの群れ。その集団の先頭に、光太朗は着地。
数十メートル上からに降下にも関わらず、怪我どころか、アスファルトにさえ破壊のあとはない。
ぎりぎりぎゃらっ!
タイヤが地面を擦る不快な音が鳴り響き。
耳を突く異音が、バイクを急停止させた後で。
「おいおい!なんだなんだ、俺達の旅路を邪魔するやつは!」
リーダー格でなく、その側近らしき、ガタイのいい男がメットを外しながら、阻む影を睨みつける。
一瞬、それは夜の化身にも思えたのか、男は言葉を失い。やがて。全身を紫色で染める影を上から下まで視線を這わせ。
「コイツ、知ってるぜ。紫仮面とか言う奴だ!」
所謂事件と呼ばれる街での怪異や変異を収めてきた全身鎧の存在は、この街に住む人間ならばニュースなどで目にするだろう。無論、その正体が光太朗だと知る人間は、この街にはごく僅か、一握りしか存在しない。
「俺達の活動を邪魔しに来た、正義のヒーローサマってわけか」
自分のしていることが『悪』だとわかっているんだな。
『あー・・・人様に迷惑を駆けるのはやめなさい』
声を加工し、果たしてその文言で素直に従うのか甚だ疑問だが、とりあえず活動停止を促す。
「俺達が怒羅魂破壊神と知っての狼藉か!?」
腹心であろう男が突如現れた紫色の全身鎧に、鉄パイプを担ぎつつ、にじり寄る。
・・・どうでもいいけど、ダサい名前だな。もしかしたら、人のこと言えないのかも。
「俺達に説教するということは、それなりの覚悟があるんだろうなァ!?」
男は特攻服の裾を揺らしながら、掲げた鉄パイプを威嚇のように先端を上下させる。
『人様に迷惑を駆けるのを辞めるんだ』
そして、その有り余る若さと別のことで発散させればいい。
「それしか言えねえのか」「そんな格好をしてまで見回りか、ご苦労なこった!」
別の連中が嘲るように笑う。
『群れなきゃ何もできない奴らが偉そうに語るなよ』
その力は、単体でも脅威だ。普通の人に取っては、恐怖でしかないだろう。そしてそれが連なれば、威圧感の波は瞬く間に街に伝播する。
「てめえ、言わせておけば!」
一瞬で沸点が臨界を超えた男が、かざした鉄パイプを容赦なく振り下ろす。十分殺傷能力のあるそれが、光太朗の頭部へと叩き込まれ。
がきいんっ!
不快な金属質の擦れる音が響く。
鉄パイプを振りかざした男は、自分の手にした直線が、あらぬ方向へねじ曲がったことに対して、両手が痺れたこともいとわず、目を驚愕で丸くする。
鉄パイプだろうが、角材だろうが、その衝撃はあってないようなものだ。
光太朗の頭がダメージを負うこともなく。纏った鎧は生身の人間が傷を付けることの叶わないほどの強度を誇る。
その一瞬で、男たちの間には緊張が走り。
「数じゃこっちが勝るんだ。!ビビるな!」
リーダー格が発破を掛ける。その言葉で、闘志が振るい立ったのか、部下は各々武器を掲げる。
その様子に、光太朗は嘆息した。リーダー格の男は、相当のカリスマ性が見受けられる。つくづくその能力を別のことに使えと思わざるを得ない。
『・・・やりすぎるなよ?』
メットの奥から聞こえる声に、光太朗は『ああ』とだけ小さく答えた。
「う、うう」
数分後。
その場には倒れ伏せる男達の姿が。
最後にリーダー格を取り押さえるべく、その身体を地面へと押し付けている。
気を失い、先程までの喧騒はどこへやら。まるで真逆、本来の夜の姿がそこにはあった。
小さく呻く男。少し灸を据えておいたから、自分のことを顧みてくれれば嬉しいのだが。
遠くから、別の喧騒と赤色灯が聞こえ始めて来た。
それがこの場に辿り着く前に、光太朗は大きく跳躍して、夜の闇へと消えたのだった。
七色タワー。
この七色町を天上より見守る、街のランドマーク。
時を同じくして、この尖塔も月光に揺れている。
当然のことながら、とっくに営業時間は過ぎ、従業員すらその塔の中にはいないだろう。
展望台付近に人の気配がする。それも、その中に、ではない。
屋上。夜風が吹くその上に、人の影が見える。普通に考えれば、こんな時間に、そんな場所に何者かがいる訳はない。
男だ。
その男は、地上より遥か高い場所にいるのにもかかわらず、決してその距離に恐れることなく、眼下の街を眺めている。
男はその口元に、僅かな笑みを浮かべ、
「・・・ここか。この『世界』に居るんだな?」
小さく言葉を吐き。ただ、不敵な表情を街へと差し向けていた。




