ACT96・別れ。それから始まる物語
光太朗は今、とある場所にいた。
あの戦いから数日。
ニアやウサポ、イカロスたちの看病もあり、百合花の体調はすっかりと元に戻った。
体調を鑑みながらも、百合花たちには、やらなければならない最後の使命があった。
そのために、百合花たちはマギアスへと訪れていた。
「わあぁ・・・!」
その光景に、一織は目を輝かせている。
グランティール城の荘厳な雰囲気に、その小さな身体を身悶えさせている。
「ほら!夜宵ちゃん!お姫様だよ!」
一織は、夜宵の服の裾を引っ張りながら、グランティールの王女、エリフォリアの纏う綺羅びやかなドレスに興奮し、目を奪われていた。
光太朗としては、一織たちはドレスにも負けず劣らない格好をしているじゃないかと疑問が浮かんでいるのだが、それとこれとは別物なのだろう、と自分を納得させる。
そのはしゃぎようを迷惑と微塵も思っていない穏やかな表情で、エリフォリアは光太朗たちを迎えた。
ラネットは、似たような世界に身を置くだけあって、城内の光景に特段驚く様子もなかった。アイリスも同様だ。
今日、光太朗たちがマギアスを訪れた理由。
それは、『剣葬の儀』のためであった。
剣葬の儀。
それは、花の騎士に課せられた、ある意味避けられない、最後の使命である。
花香剣フレイバーが示す、主。すなわち花の騎士には終焉の日がある。
災いを感知して目覚める花香剣は、それを振るう主を見初め、戦いが終えたその時。後世の災いに備え、再び遠い眠りに付くのだ。
それは、一時の平和を喜ぶものではなく、いつか、再び世界が暗雲に包まれる可能性があることを示すもの。
それがアンチホープなのか、それに準ずる悪しき意思なのか。それは、再び花香剣が目覚める時にしかわからない。
剣葬の儀は、戦い終わった花の騎士が花香剣に敬意を表し、グランティールの宝物殿に送り出す儀式だ。
本来は王家、特別な許可を得た人物にしか足を踏み入れることの叶わない聖域だ。
今日は特別に光太朗、一織、夜宵。ラネットとアイリスが足を踏み入れることを許された。
今まで一緒に戦ってきたと感じているのは本人たちだけではないだろう。その気持ちを汲み、実現した。
百合花、鋳薔薇、雛がそれぞれの花香剣を胸に抱いている。それぞれの想いが、花香剣の中にあるのだろう。光太朗で言えば、それはスケイルアーマーを手放すことと同義だろうから。
「・・・では、心は良いか?」
人型に姿を変化させているニアは、式典のためなのだろうか、目深に被った清廉なフードを被っている。金の刺繍があしらわれた、見た目からしていつもの格好とは異なる。
息をみだりに飲むことすら憚られる空気。ラネットはいつもの騒がしさは鳴りを潜めている。
ニアがこちらには聞こえないほどの声で言葉を紡ぐ。
百合花たち3人の手にした花香剣がやがて反応し。
淡い光に包まれ、その手からゆっくりと離れる。
宙に浮いた、3本の花香剣。
ゆらゆら。
宙に浮くそれは、まさに風に揺れる花弁のように。
ごごごご。
と、宝物殿へと続く巨大な扉が開く。
その奥は深い闇に包まれ、その先にこの国の根幹を支える秘宝を治める祭壇があるという。
淡い光を宿したまま。花香剣は数秒の間、宙に漂い続け。それはまるで、百合花たちの元を離れるのを惜しむかのような。
この惜別は、悲観するものではない。
むしろ誇るべきもののはずなのだ。
異変を察し目覚める花香剣。マギアスを覆う悪意を振り払うため。
再び眠りに付くのは、その異変の脅威が消え去ったことを意味するからだ。
やがて。
纏う輝きが一際増し。
3つの球体は、凄まじい速度で奥の宝物殿の中へと吸い込まれていった。
ごごごご。・・・がこん。
3つの光が闇の奥へ消え、大きな音を鳴らしながら、扉が閉じられた。
静寂。
剣葬の儀は終わった。
百合花は、花香剣の旅立った方へ、いつまでも見つめ続けていた。
その晩は、豪勢な料理の並ぶ晩餐会が催された。
綺羅びやかな部屋に、温かな光と香りが、楽しい雰囲気を高める。
ウサポ、イカロスの宇宙コンビ(?)は、見たこともない豪勢な料理に目を輝かせ、ただひたすらに口の中に運んでいた。
百合花たちは、光太朗の知らないだけで、この城の他の人間とも交流があったのだろう。引っきり無しに目の前に人が訪れ、話に講じていた。別れを惜しむように、その手を握られたり、言葉を掛けられていた。
この日が終えれば、百合花たちはもちろん。地上の人間がマギアスに訪れることはなくなる。マギアスの異変が起こらぬ限り、地上と干渉し合うことがないからだ。
それは喜ばしいことであり、再びマギアスの神官と接触することなど、ない方が良いのだから。
やがて、別れの時はやってくる。
グランティール場内に設えた、次元を超える転送装置。
「本当に、お別れだ」
送り出すために来たニアが、静かに言う。
ニアの手が百合花の手を取り、握る。
百合花の目は、この先の別れの意味を思ってか、潤んでいる。
やがてそれは決壊し、ひと目もはばからないほどの涙で暮れ。それにつられ、雛が顔を歪めて泣き出し。鋳薔薇は誰もその顔が見られないよう、首を方向け涙を拭った。
ニアは、胸の中に百合花を導き、優しく抱きとめる。
「我は、百合花たちの勇気を忘れない」
ニアは、マギアスに襲いかかるアンチホープを砕く手段である、花香剣の所有者を、地上の人間に託すことを最初は納得していなかった。なぜ、自分の世界の命運を、異なる世界の住人に任せなければならなかっのか。気まぐれな花香剣の考えていることはわからないと憤った。
ただ、その花香剣の輝きの導くままに、3人の少女に出会った。
そのひとり目。特に百合花は一番一緒に互い時を過ごしたため、その人間性も含めて密に接することになる。
地上の人間を信じられなかったニアは、花香剣を預けることにも難色を示した。
その少女の宿す水晶花は淀みも迷いもなく。なぜ、異なる世界の事件に身を投じることができるのか。
それを、かつて問うたことがあった。
百合花の放った言葉は至極簡単で。
「困っているみたいだったから」
と。
そんな簡単な理由で。損得も打算もなく。自分の命を掛けられる。これが勇気でなくて何なのだ。
そんな百合花に敬意を表し、ニアは百合花を認めた。自分が認めずとも、すでに花香剣が花の聖飾を顕現させたことこそが、認めたという事実で。
鋳薔薇も、雛も。性格や考え方は違えど、同じ水晶花の輝きを有した、間違いない、長い歴史上でも類を見ない、最高の花の騎士へと成長した。
感慨も深くなるわけだ。
自分の胸元に、冷たさを感じる。百合花の涙が染み渡り、その別れを惜しむ。
「・・・さよならは、言わないでおく」
こんな言葉も、昔の自分では考えられないことだ。いつ、花の騎士の称号を剥奪することしか考えていなかった自分が。
こんなにも、別れが寂しい。
恐らく、生きている内は、二度と会うことはないだろう。
世界が平和に回れば、マギアスを覆う暗雲は歪み、生み出ない。アンチホープが考えを改め、グランティールと有効を結んだのならなおさらだ。
「・・・うん」
赤く晴らした目で、百合花が応える。
ゆっくりと、百合花とニアが離れる。
百合花、鋳薔薇、雛を残し、光太朗たちは先に地上に上がることにした。
アイリスはこの世界の住人なので、足を進めることはなかったが。
「光太朗」
ふと、ニアが声をかけた。
ニアは再度、百合花の身体を抱き寄せ
「今度は、お前が守ってやれ」
その対象が、『誰』か。言わずともわかる。
「に、ニア!」
と百合花が顔を赤らめ、軽くニアの胸を叩く。
「任せろ」
その時のニアの安心したような顔を後に、光太朗はグランティールを去ったのだった。
別れの時は続く。
神妙な顔をした一織と夜宵が、中空に漂う球体を見つめる。
一織は涙で顔を腫らし。夜宵は涙こそ堪えてはいるが、『そちら』の方を向けず、顔をしかめている。
カオススターとアビススターは、今日この地球を立つのだという。
今は星神の、宇宙を覆う結界の力が弱まる周期。スターセイザーの力は、それに対抗するために授けられた。
花の騎士と違って、スターセイザーの力は半永久的に宿る能力らしい。だから、この寂しさは力の喪失によるものではない。
星神が宇宙に張り巡らせる結界が再始動する前に、カオススターとアビススターはこの地球を去る決意を決めたのだという。
『元より、我らはイレギュラーな存在だ』
生命に漲る力の甘美さに目を付け、命という果実が溢れる地球を狩り場として、幾度となく襲ってきた。
一織という、純真無垢な気持ちに、『完璧』という思想は完璧ではないことを証明され。
この地球を含む宇宙のその先には、一織たちのような生命体がいるのかも知れない。それを、カオススターは知りたい。
その時は、侵略という形ではなく、対話として。
恐らく、一織たちが存命のうちに再び見えることはないだろう。悠久の時を生きるダスターは、人間の営みがサイクルしても、そこにあり続けるからだ。
脆弱と嗤っていた存在と別れることが、こんなにも心苦しく思うなんて、以前のカオススターならば、考えることもなかった感覚だ。
だが、それと同じくらい、一織と出会った時のような鮮烈な出会いが待っているのかも知れない。
何が完璧だ。まだまだ、新たな未知の出会いが存在しうるかも知れない。
その旅路にアビススターも同行。両者は揃って地球を発つ。
一織と同じく、夜宵も寂しさを堪えきれない。その目から一筋の輝きが溢れる。
『達者でな』
「あ、あんたこそ」
アビススターの方向を向くことなく、顔を逸らす夜宵。今となっては、その少女の行動の意味がわかる。これが惜別の気持ちか、と。
やがて、別れの時が来る。
『さらば』
カオススター、アビススターの両者の身体の輝きが増し。
中空に浮き出したそれは。
目にも見えない速さで数秒、空に無軌道を描き。
そして。瞬きの間に天に走り。急角度をつけ、遥か彼方ヘ消えていった。
対立していた存在が、今は別れを惜しむほどになった。
それは、命あるものの本質なのかも知れない。
一織と夜宵は、ふたつの球体が飛んでいった方向を、いつまでも眺めていたのだった。
「いつのまにかクリスマスも終わってたしさ!ほんと、最悪っ!」
という小清水の無念を、百合花は電話にて長々と聞く羽目になった。
ウロボロスの放ったナノマシンにより、七色町に住む住人はほぼ、遠い世界へ旅立つ準備のため眠りについていたわけで。
すっかり聖夜は過ぎ去り、クリスマスパーティーを画策していたクラスメイトはその不可思議な現象を不思議がるよりも、みんなで集まれないことに無念さを滲ませていた。そのことに、百合花は「あはは」と乾いた笑いで返すしかなかった。
代替案として、小清水は近い内、冬休みの間のうちに集まろうと提案してきた。クリスマスの失態を取り返すべく、遊ぼうと。
まず手始めに、年が明けて初詣に行こうといい出したのだ。
その提案は、百合花を通じて光太朗にまで届き・・・。
新年もはや数日が経ち。
光太朗の吐く息が、外気の寒さを物語っている。
クラスメイトと集まる目処が立ち、一緒に初詣に行こうと連絡が来たのは昨夜で。こうして駅前にやってきたわけで。
どうやら改造人間だろうと、ちゃんと寒さは感じるらしい。
「・・・」
その隣には、百合花だ。
目的の神社は割と大きい場所らしい。
待ち合わせ場所には、光太朗と百合花しかまだ現れておらず、新年が醸し出す涼やかで精錬は雰囲気が流れる。
百合花は所在なさ気に周囲を見回す。早く、ふたりきりの状況下から脱したいのに。そう思っているのは自分だけなのだろうか。
横目でみると、光太朗はまだ眠そうな目で中空を見つめている。
その視線に気づかれたように、光太朗の目が横に滑り、百合花は思わず心臓が跳ね上がり、光太朗を見ていた言い訳を考えるよりも早く、手元から音が鳴る。
百合花のスマートフォンが反応し、百合花は慌てて音の原因を見る。
数秒後。
「ええっ!?」
百合花の悲鳴にも似た困惑。
光太朗が釣られ、その声にそちらを見る。
百合花は困った顔を浮かべつつ、手にした画面を光太朗に向ける。
「・・・用事が出来ていけなくなった。ふたりで行ってきて、だって」
その文面に、光太朗はどこか呆れたようにため息を吐いた。
せっかく重い腰を上げ、クソ寒い中家をでたのだ。
冬休みの世話のために来てくれた涼香は、何やら含んだ目で送り出したが、別に他のクラスメイトもいる、と言ったのに、百合花との関係性を穿った目で見ているようだった。
そんな涼香はさておいて、まだまだ新年の風が香る神社は人でごった返していたものの、元日ではないのも手伝ってか、人は多いがそれほど窮屈ではなかった。
人の流れに乗り、拝殿までの列に並ぶ。
「・・・身体の具合はどうなんだ」
手持ち無沙汰。ただ流れに身を任せている時間。光太朗はなんとなく、聞いてみる。でなければ今こうしてこの場所が人混みで溢れているわけがないのだが。
百合花は少し驚いたように、光太朗の顔を見上げ。表情を綻ばせた。
「なんともないよ。・・・神野くんが、守ってくれたから」
「俺だけの力だけじゃない」
一織も、夜宵も。ラネットやアイリス。いろんな力が合わさって勝ち得た平和だ。
「でも、ありがとう」
その言葉を聞く光太朗の顔は、陽光に遮られ、伺うことは出来なかった。
やがて拝殿まで辿り着き。
光太朗と百合花は隣だって手を合わせる。
数十秒。参拝を終えたふたりは横に逸れ、その後ろの参拝客がそれに続いた。
「何をお願いしてたの?」
手を合わせている時、横目で見た光太朗も、同様に祈っていた。
正直、そういうタイプには見えなかったから驚きが勝った。
勝手なイメージ時だが、光太朗はシニカルで、リアリストで。信心深くないように思えて。この初詣も、重い腰を持ち上げてきてくれたんじゃないのかって。
「私はね、ご縁がありますようにって」
人のお願いを聞く前に、百合花は自分の思いを告げる。
「また、ニアに会いたいな、って」
少し、恥ずかしそうにあはは、と乾いた笑いを浮かべ「早すぎるかな」と頭を掻いた。
未来永劫の別れから数日。神に願うくらいに大切な存在だと気付き、それを願った。それが叶うかどうかは定かではない。だが、不思議と光太朗はそれが永遠で分かつものでない気がするのは、誰かに毒されたからなのだろうか。それは、少し照れくさくて、口にはしないけれど。
「・・・俺は」
ぽつり、と光太朗は口を開き。
一瞬の躊躇い。
そして。
少し、視線を反らしながら。
「・・・世界が平和でありますように」
きっと、光太朗はその願いを自分で叶えようとするのだろう。それが、特異な力を得た自分の使命だと。
いや、元来の性格からして、ヴァイオレットバイパーの力を持っていなくてもきっと奔走するのだろう。
その言葉に、百合花はその願いが叶うことを望む。
自分は光太朗と隣り合って戦う力は失ったけど。
何かあった時は、力になりたい。
そんなことを思いつつ、百合花穏やかな笑みを浮かべたのだった。




