ACT95・ある聖戦の終焉
自分の纏う鎧が、目の前の相手を危険だと認識している。示す反応がアラートを示し、赤く明滅する。
ヴァイオレットバイパーVer2とか言ったか。
本来のスケイルアーマーの能力を逸脱した、破壊の力。
後付けで付与された自分たちの能力同様。ただ、その肥大した力は、首から揺れるマフラーと言う名の冷却装置がなくては維持できない。それを纏ったあのガキは、焼けるような高温に身を包んでいるはずだ。
だが、攻撃の手が緩まないのは何故だ?
足を縛り上げてなお、拳を打ち付けてくる。
その全てを、生成した触手で受けるが、生み出した端から砕けていく。攻撃能力が低下しているわけでもなさそうだ。
ヤケになっているだけかも知れない。
絡め取られた捕縛から逃れられず、無闇やたらに拳を振り回しているだけかも知れない。迫りくる、身体を焦がす恐怖に震えながら。
そう思うと、このまま時間を稼いでも良いと思った。自分で息の根を止められないのは口惜しいが、確実に力尽きる方法だろう。
この白い鎧を纏うガキが、自分のヴェノムクラスタを砕くことは、永遠に、ない。
意識が朦朧とする。
太陽から照りつけるような陽光に長時間炙られた時のような。
身体を纏うのは、熱だ。放出できず、行方を彷徨う熱は、光太朗の身体に容赦なく押し架かる。
補諾された足の戒めを振りほどくこともままならず。
突き出す拳のスピードも、目に見えて低下している。
その瞬間を囚われた。
突き出した左拳を、視界の蛇が食み。捻り上げるように、巻き上げる。
残った右腕で囚われた右腕を解こうとするも、思うようにもはや動かない。
誰かが笑っているような気がした。無様なこの姿を。勇み逸って、囚われる自分を。
巻き上がる左腕が、軋む音を鳴らし。
意識が消えかける。
・・・なんで、こんな苦しい思いをしているんだっけ。
青い鎧を纏った男のすることを止めるため?
世界の平和を脅かす奴らを倒すため?
・・・違う。もっと別の。
その時、何故か光太朗の頭の中に、ひとりの少女の影が浮かんだ。それは、見知った少女の姿。
白崎百合花だ。
両親でなく、涼香でもなく。クラスメイトの顔が。
・・・まだ、無事を確認していないだろう。こんなところで、くたばるのか・・・!
腕を退く。だが、絡まった戒めが、それを許さない。
左腕は封じられ。足も絡め取られ。
まだ、右腕が残っているだろう。抗え・・・!
全身を覆う熱をも上回る、身体の芯から湧き上がるような、熱。
生への執着にも似た何かが光太朗を満たし。その熱が、右腕を伝う。
光太朗はその右腕で、左腕を封じる機械の蛇に触れ。
信じられないことが起きた。
機械の蛇は、その力に抗うことなく光太朗の体から引き剥がされた。
馬鹿な。
そんな力は残っていないはずだ。そんな驚愕の表情すら、眼前の男がメットの向こうに見せているようだ。
『バイパー、ストライク・フル、ボルト』
ひび割れた電子音声が響き渡り、光太朗の右腕に、眩く輝く光をもたらした。
その光景を見て、蛇ノ目は息を飲んだ。信じられないことが眼の前で起きている。
所謂。
必殺技、その鎧に託した機構は、レッドコブラ同様、その力を振るう環境を想定して搭載したものだ。
瓦礫の除去、人が入ることのままならない悪路。はだかる困難を振り払うために。
だが、そのモーションパターンは、ヴァイオレットバイパーの場合、『脚』を使って構築される。大腿に搭載されたシステムが、ヴェノムクラスタから流れるネルギーと共に巻き込み、破壊のエネルギーを生む。
腕にはそもそもその機能は搭載していないのだ。腕に脚と同じ現象は起こることはない。
超常的な破壊の力を有していても、バイパーストライクと同様の破壊力をその腕が生むことはないのだ。
でなければ、今蛇ノ目が見ているものはなにかの不具合、幻なのか。
・・・不具合?
この、光太朗の全身を襲う熱が、何かの変質をもたらしたのならば?ありえない領域に身を落としたことが、作用したのなら?
無論、これは理論の外の話だ。プログラムしていないことが現実に起きている。それだけは確かだ。
それはもはや、奇跡と言っていい。
水晶花の輝きがもたらしたものなのか。
スタープリズムの加護なのか。
願いの欠片が導いたものなのか。
それはわからない。
ただひとつわかることは。それは雄々しく、破壊だけでなく、眩い力に満ち溢れた、光太朗自身の放つ光だということを。
何が起きている?
あのガキの奥の手か?
・・・チンタラしている時間はなさそうだ。早々にケリを付ける。
『コブラバイト』
五指を押し広げ、それは全てを寸断する破壊の顎となる。
首を捻り切り落とすか、腹部を抉るか。心臓をブチ貫いてやるか。
相手の料理法を頭の中で思い描いている時、その動きが止まる。
逡巡。
強い、明確な意思を持った光が眼の前に出現したからだ。
光太朗の右腕が、熱い。
それは身を焦がすような暴虐の煉獄ではなく。全てを浄化するような救世の光のようで。
手刀に広げた手に、弾ける光が纏う。刃渡りが1メートルほどの、光の剣。
それを、振るう。
空気が寸断される音と共に、左腕の戒めが解かれ。
「くっ!?」
初めてブルーサーペントに焦りの色が生まれ。
衝撃波が連なる五指を、躊躇いもなく突き出す。触れれば歪み、捻子切れる、破壊の螺旋。
その剣ごと砕き折ってやる・・・っ!
光が閃き。破壊を伴った五指ごと宙で弾け。
捻り切ろうとした、こちらの腕が消し飛んだ・・・!?
だが、それすらも想定内だ。核、すなわちヴェノムクラスタが破壊されない限り、再生は出来る。それは、呪いにもにた。未来永劫続く、地球の支配者としての証でもある。
吹き飛ばされた右腕を再生しようとした刹那。ブルーサーペントの視界が歪む。
光太朗の光の剣を携えた右手が突き出され、その切っ先が、ブルーサーペントの頭部を打ち貫いた。
「ぐっ・・・!?」
鈍い衝撃が脳天を走り。眼前のメットの内部がひび割れる。
光太朗の放った光の剣が、ブルーサーペントの後頭部を貫通する。
「て、めえええええっ!」
慟哭が震え。ブルーサーペントが光太朗の腕を掴む。剣を振り解こうと。
良心。呵責。迷い。躊躇い。
様々な思いが光太朗の頭を巡る。それらを全て吹き飛ばし。
腕を推し進める。押さえきれない力に、ブルーサーペントの抵抗も虚しく。
「へ、へへっ」
諦めにも似た笑いを浮かべ、ブルーサーペントは抵抗を終える。
「俺を潰しても、世界は変わらんぜ。お前らはきっと後悔する。機械に支配された世界のほうがまだマシだってな」
捨て台詞のように、震える声で叫ぶ。
「そうだな」
どれだけ戦っても、それは終わりのないことなのかも知れない。
「だけど」
光太朗はまっすぐと前を見据えて、言う。
「それを誰かに、それもお前に言われる筋合いはない」
何かがあっても、人は立ち向かえる。人間はそんなにやわじゃない。
「・・・そうかよ」
達観したように、諦めたように。抵抗をやめた。
『バイパースパイラル・オーバーライト』
光太朗の右手から吹き出る光が迸る。
ブルーサーペントの四肢が弛緩し。
青く、斑の鎧が亀裂でまみれ、剥がれ。
ごごん。
それとほぼ同時に、足場に変化が生まれる。
ブルーサーペントの終焉と共に、それを構成する一部であるこの巨体も維持ができなくなったのだろう。
このままでは瓦礫に飲み込まれる。
光太朗は跳躍して退避しようとする。
「!?」
身体が動かない。最後の力を振り絞ってなのか。足元を絡みつく戒めが再開された。
「だが!このままじゃ死なねえ!テメエも道連れだ!」
ブルーサーペントを中心に熱源反応。臨海寸前の、赤い鼓動が脈動する。
『光太朗!防御しろ!自爆する気じゃ!』
膨れ上がる熱量。それが限界に達したのは、光太朗が眼前で両腕を交差させたのとほぼ同時だった。
駐車場に、天をも焦がす爆発と黒煙が吹き出し。
その爆炎に大きく弾き出された光太朗は、病院棟の屋上でその背中を預けていた。ひしゃげた柵にのしかかるように、黒煙の行方を見守っていた。
点在していた廃車も、それが止まるアスファルトも砕け。廃病棟の窓ガラスも、全てが無くなった。
『・・・お前さんが守った世界じゃ』
ノイズの疾走る耳元で、蛇ノ目の声が聞こえる。優しくも、穏やかな声で。
最後に光太朗が放った光の剣。その由来はデータ上では説明しかねる、不可解そのもの。
ただ。その神々しさは、百合花の放つ花香剣の刃のようで。
あのお嬢ちゃんが、最後の最後で力を託したのだろうか。今となっては、それを確かめる術はない。
紫色の鎧に戻ったと同時に、その反応は微塵も消えている。
これは、都合よく解釈すれば、奇跡の類に入るだろう。蛇ノ目の好きではない、計り知れない力の生む、想像上の範疇外。
ただ、少なくとも。その奇跡の力に寄って、この戦いは終結した。
果たして、葵の魂は救われたのだろうか。鷹村の心は満たされたのか。
それは本人のみぞ知る。そして、その心の内がわかるはずもないことを、蛇ノ目はわかっていた。
「終わった、の?」
崩れ行くブルーサーペントの残骸を眺めながら、一織が言う。
「やれやれ」
ラネットも、首を振りながら凄惨な光景に目を細める。
「・・・ちょっと、コータロー、危ないんじゃない?」
最後の最後で自爆による爆発で、光太朗の身体は大きく吹き飛ばされたが、病院の屋上の柵がクッションとなり、助かったようだ。
だが、斜めに折れた柵は、その身体を徐々に滑らせる。
「・・・スケイルアーマーを着ているんだから、あの高さから落ちても平気でしょ」
夜宵はさして心配もしていない口ぶり。事実、それより高度の七色タワーから落下して無事だったこともあるのだ。病院の屋上から落下しても、その衝撃は微々たるものだろう。
だが。
光太朗の全身から紫色の結晶が弾ける。スケイルアーマーが解け、生身の体が現れる。
「ちょ、ちょっと!」
声を上げたのはラネットだ。
ずり、と曲がった柵を伝い、光太朗の身体が滑り落ちる。
それを見届けていた3人は、猛スピードで光太朗の救出に奔走するのだった。




