ACT94・立ちはだかる蛇神
入り乱れる蛇の頭部は、攻撃で簡単に砕ける。
水流の時の雄々しさは見る影もなくなったが、再生能力が厄介だ。砕いた先から、死角から別の影が飛び出る。
砕ける残骸の中には機械だけでなく、黒い石のようなものも交じる。どうやらアスファルトをも巻き込んでいるようだ。
紫と斑の拳撃が交錯する。
ブルーサーペントは、巨体と言う土台から上半身が生えているという状況にも関わらず、光太朗の動きに遅れることなく対応してくる。
本来の人間の可動域を超える360度、どの方向からの攻撃にも追いつき、捌く。その身体が枷になっていないのだ。
どんなにフェイントを交えて飛び込んでも、ピッタリと設えたように光太朗の動きに纏わりつく。
大気中の水分の振動を反応とし、気配を探る能力も健在。
モーションパターンにも引けを取らない拳速で放つパンチも、ブルーサーペントは容易に弾き、衝撃波の渦が眼前に生まれ。とっさに後方に飛び、直撃を避ける。
まるで難攻不落の要塞。心休まる時を与えてくれない。
左右からアーチ状に飛び込む鉄竜が怒涛のように飛び込んでくる。
片方を蹴りで切断し、もう一方を横に跳躍して、避ける。
光太朗のいた場所に頭を突き刺し、瓦礫が舞い上がる。
ここだ。
『オーバーワーク』
一瞬の力の高まり。その足で地を踏めば、常人を超える速度を生む。
光太朗の足が瓦礫を撒き散らし、加速した世界の中、瞬く間に間合いを詰める。
それと同時に右足に力を込める。力が流動する門を開け、右足に破壊の力を纏わせる。
その距離、わずか数センチ。1メートルにも満たない距離!
吠える足先がブルーサーペントに届く、その瞬間。
ブルーサーペントと光太朗を阻むように、突如瓦礫が下から噴出し。
新たな銀色の鎌首が立ちはだかった。それだけなら、右足の力をそのまま叩きつけているところだった。
「ぐっ!?」
光太朗は、その足をそのまま軌道を変え、地面に叩きつけて開放させた。
地面が、半球状の穴で穿つ。
ブルーサーペントが、「くはは」と小さな笑いを漏らす。
新たに現れた蛇頭が、その口腔に見慣れるものを掴んでいたからだ。その姿は、ほんの前に見た姿だ。
瓦礫の波に揉まれたからなのか、その身体をずたずたにさせている。
「アルテミス・・・!」
意識の無くなった抜け殻なのは相変わらず。その四肢をだらりと下げ、まるで壊れた人形のように。
「やっぱりな。盾にしたらとたんにしおらしくなりやがった。相変わらず優しいねえ。もう、ゴミクズ当然なのによ」
アルテミスの頭部に噛みつく蛇の頭。そんな乱雑な扱いをしていることに、良心の呵責も見せない。
『・・・光太朗。彼女はもう』
蛇ノ目が、言葉を絞り出すように、言う。
蛇ノ目もわかっているのだろう。アルテミスはもう、鮎川葵に似ているだけの機械人形なのだと言うことを。ここで、攻撃を躊躇うような要因ではないと。
『光太朗!』
その叱咤は、アルテミスごと貫いてでも前に進め、の意だろう。
「お前が出来ないんだったら、俺が処分してもいいぜ」
ぐぐ、と蛇頭がその顎の力を強めるのがわかる。みし、ぎし、と耳障りな音が響く。
『あやつに砕かれるより!お前の手で葬ってやってくれ!』
アルテミスを作ったのは蛇ノ目ではない。
だが、友が手掛け、同じ愛する人を模したその機械人形。それを他人に壊されるのは許しがたいことなのだろう。
『汚れ役を任せてすまん。だが!これだけは!』
ぎしっ。
蛇ノ目の悲痛な叫びと、一際響く破砕音。
「くそおっ!」
光太朗は再度、モーションパターンを構築。
その動きに反応し、ブルーサーペントは釣り上げたアルテミスを高く掲げ。わずかに横に揺らす。その触れる先は、遥か下方の地面だ
この高さから落とす気か?
機械とは言え、この距離で落下させれば、ただではすまないだろう。
背後で音が鳴り響く。それだけではなく、光太朗の退路を立つように新たな蛇が出現。逆に前にしか進めないようにしたのか。光太朗がアルテミスを破壊することを望んでいるのか。破壊して、進むことしか出来ないよう促したのか。
光太朗は駆ける。地を蹴り、加速。
狙い通り、ブルーサーペントはぶら下げたアルテミスを盾にするべく、掲げる。
ブルーサーペントにとっては、それは光太朗の攻撃を阻む壁としての役割だけでなく。光太朗の心を乱す、悪趣味な盾。
横、下からか。
アルテミスをかいくぐり、本体であるブルーサーペントに攻撃を加える方法を探る。
「ぐっ・・・!?」
真横から疾走る衝撃に、光太朗は身体を地面に転がせる。僅かな逡巡の隙を突き、サイドからの攻撃に気づかなかった。
『光太朗!躊躇うな!』
蛇ノ目の叱咤が飛ぶ。頭ではわかっている。アルテミスを気にしつつ、攻撃を加えることなど困難な状況だと言うことは。
「はははっ!こんな鉄くずをまだ守ろうとする!相変わらず目が腐りそうな正義感だ!」
アルテミスの身体を揺らし、高らかに吠える。
「・・・もう、つまらねえな。後顧の憂いを解いてやろうか」
その言葉の意味を知ったのは。アルテミスの身体を捕縛する蛇頭の込める力が強まったのがわかった時だ。
みし、ぎし。と機械の身体が軋む。
「ドタマを砕いて、文字通りのスクラップにしてやるよ・・・!」
くそっ。
光太朗は急いで立ち上がり、駆ける。
自分が躊躇ったから・・・!
がぎ。
締め付けが強まる。表情のない顔が、歪む。
間に合わない。
目の前で、大切なものが砕ける。
奴の言う通りだ。甘っちょろい正義感で。アルテミスが。誰かの大切なものが、砕ける。
仮面の中の表情が、歓喜で溢れる。
人が絶望に暮れる時は、いつ見ても良い。
ちょいと力を込めれば、こんな機械の塊など、ひとまとまりのゴミになる。
さあ、見せてくれ。涙にむせぶ絶望の表情を!
メキッ。
轢き潰されたのは、アルテミスではなかった。それを捉える鉄の蛇だ。
切り飛ばされた首ごと、アルテミスの身体が開放される。
宙に投げ出されたアルテミスを、黒い閃光が抱きかかえる。
ブラックパイソン。影山月斗だ。
「『彼女』は任せろ!」
片足を失ってなお。パイソンドライブでの加速。黒い雷がアルテミスの捕縛を断った。
月斗はアルテミスを抱えたまま、機械で満たす足場の外へ、勢いのまま放り出され、落下していった。
スケイルアーマーの強度なら、どうにかなるものではないだろう。その身体で、アルテミスを守ってくれている。
「・・・アイツは骨の髄まであっち側、だということか」
切断された蛇頭が揺れ、意味のなさなくなった鎌首を地面に引きずり、仕舞う。
心底呆れたように、ブルーサーペントは首を回す。奈落の底に消えていった月斗を追うこともなく、それがさしたることでもないように。
だが、これで。
心置きなく立ち向かえる。
「盾が無くなって、守りが弱くなったと思ってるんじゃねえだろうな。ただでさえ全てに置いて上回る。今度はテメエを晒して吊し上げてやるよ!」
慟哭が震え、無数の蛇が地を掘り起こして、出現。
アルテミスの盾さえなければ。
無数の目のない蛇頭が、光太朗めがけて。
飛ぶ。
剛靭な顎が地面を砕き、乱れ。
駆ける光太朗が迫れる。襲いかかる蛇頭を砕きながら。
地面が破砕、足元からも口腔を押し広げ。それを跳躍して躱し。
ブルーサーペントは、手のひらを中空に掲げ。雲すら吹き飛ばす、高質量の衝撃波がばら撒かれ。
光太朗の全身を爆発の波が嬲り。
その次の動きに、ブルーサーペントは驚きを隠せなかった。
爆炎を突き進み。足先がブルーサーペントの腹部へと突きたつ。あの、触れれば身体ごと吹き飛ばす衝撃波の中を押し進んだというのか。
全身に焼け付く跡を残しながら、光太朗は息も荒く。
「・・・そのなまっちょろい蹴りで砕けると思うか?」
光太朗の身に纏うは、紫色のスケイルアーマー。この状態では、強固な装甲は貫けない。
「俺が、このまま愚策で来ると思うか?」
逆に笑みを浮かべたのは光太朗だった。
紫色の体表が溶ける。白い鎧が顕現し。
『バイパーストライク・フルコイル』
輝く、光の螺旋。渦巻く閃光は白の剣を生む。
この状況で、Ver2を起動させるとはおもわなかったのだろう。明らかない同様の色を初めて滲ませた。
『バイパースパイラル』
ドガッ。
ブルーサーペントの腹部を、衝撃が貫く。ゼロ距離からの攻撃。足先から放たれた剣閃は、ブルーサーペントの鎧を貫き、その先の地面に穿ち。
これで、終わる。
ヴェノムクラスタごと貫いた。
鎧は維持できず、崩壊する。
はずだ。
その青い斑は、未だ変化を見せない。
「・・・くく。ヴェノムクラスタを狙っていたのはわかっていた」
スケイルアーマーを有する以上、その体内に力の源である結晶体を埋め込まなければならない。それがわかっていて、あえて光太朗の攻撃を受けたというのか。
どこだ?腹ではないのならば。どこだ。
光太朗は数分前のことを思い出した。
ブルーサーペントが光太朗のヴェノムクラスタを奪おうとした時。
その在処を「頭か?腹部か?」と言った。
「御名答。ここさ」
光太朗の逡巡に気付いたのか、指先で自身のこめかみを指す。
ヴェノムクラスタの場所が腹部だという思い込み。
「くっ!」
光太朗は、貫いた右足を引き抜こうとして。
がっ。
その動きが固まる。正確には、動かせなくなっていた。蠢く触手が光太朗の右足に絡まり、その動きを捕縛している。
「せっかくご対面したんだ。とことんまでやり合おうぜ!」
空を砕く衝撃の波。かざした手のひらから溢れる烈風。
光太朗の蹴り同様、ゼロ距離で放たれる波動は今までよりも群を抜き。おまけに足を捕縛され身動きが取れない。
撃ち抜く波動が光太朗の身体を吹き飛ばし、だが、離れることを許さない。
光太朗はその見えない攻撃に抗い、身体を引き起こす。足が使えないなら、パンチだ。
無様な姿での拳の乱舞。
光太朗のパンチがブルーサーペントの顔面を捉え。奇しくも相手も同じような状況だ。
下半身を地面に固定されているため、大幅にその身体が吹き飛ぶことはない。
「こっちがくたばるか!テメエが焼け焦げるか!」
冷却装置は破損。ラネットの魔法も今は当てに出来ない。打ち合う乱打戦は、永遠のようにも思えた。
ぐら。
あまりの熱に、光太朗の視界が揺れる。焦点が定まらない。身体に力が入らない。
刹那。
がっ。
ブルーサーペントの手のひらが光太朗の頭部を掴み。
「さっきは砕き損ねたからなァ・・・」
耳元で、何かが軋む音が聞こえる。
光太朗は自らの頭部を噛む戒めを解こうと、ブルーサーペントの腕を取る。だが。
刻一刻と高まる熱によるものなのか、力が籠もらない。鳴り響く警告音も、どこか遠くに聞こえる。
「そのドタマ!ぶち抜いて!全てを終わらせる始まりの日にするッ!」
高らかに吠える声を遠くに聞き、光太朗の意識は蜃気楼のような熱の波に解け、消え始めた。
「・・・なんじゃ、これは」
研究室でモニターしている蛇ノ目のもとに、不可解なデータが流れる。
光太朗の危機を示す数値、現状が危険水域にあるのは変わらない。
このままでは本体である光太朗の身体が持たない。
強制解除もできない。こちらの信号を受け付けないのだ。
一体何が起きている?
モニターの中で、高音を纏う熱が得体の知れない力を生んでいた。




