ACT93・集う
ブルーサーペントのその破壊の右手が、光太朗に届くことはなかった。
温かな、強い光がそれを阻んでいる。
火花のように弾ける、黄金色の燐光。撒き散らされる光の花は、どこか暖かくもある。
「・・・スタープロテクション?」
見覚えのあるその光に、光太朗が呟く。
星を象った、光の盾。それが、ブルーサーペントと光太朗の間に割り込み、攻撃を弾いたのだ。
ブルーサーペントは、引いた右手を共に、後方へと飛ぶ。
光太朗が見上げると、そこにはふたりの少女が。
両者とも、輝きを増したスターダストメルトスタイルを身に纏って。
「お兄ちゃんっ!」
片方は満面の笑みと、そしてすぐさま心配へとその表情を変化させ。
もうひとりは、歳に似合わぬいつもと変わらぬ冷静な顔。
「ずいぶんと叩きのめされたみたいね」
その憎まれ口も相変わらずだ。
「大丈夫ですのっ!?」
星型が、心配の表情を浮かべながら、光太朗に抱きついている。もはや懐かしい柔らかい感覚。
「・・・ウサポ」
「よく耐えた」
次いで、シニカルな星型。イカロス。
腕(?)を組み、口元を釣り上げる見知った顔に、光太朗は正直、安堵の息が漏れたのを自分でも感じた。
そして。
にゅっ、と光太朗の首元から、半黒半白の猫が現れる。
「・・・ニア」
「お前のおかげだ。百合花を侵す異形の病魔は落ち着きを見せた」
その言葉に、光太朗は更に安堵の息を漏らす。鷹村博士の言葉は、本当だった。機械の侵食は収束し、その侵食を抑える別のナノマシンが撒き散らされたようだ。
「今は、鋳薔薇と雛がその側に付いて見てくれている」
「・・・そうか」
光太朗は、一織と夜宵に手を貸してもらい、立ち上がる。正直、身体はボロボロだ。
「それと、百合花からの言伝だ」
息も絶え絶えな光太朗の耳元で、ニアは言う。
「『ありがとう』、と」
その言葉は、光太朗の中に澄み渡り、溶ける。
光太朗は今まで、誰かのために力を振るって来たわけではない。誰かにお礼を言われるために戦ってきたわけでは無い。
でも。
そんな言葉が、自分の力になるのだと、今、初めて思った。
震える足が震えたままで、止まる。息が熱いまま、冷静さを取り戻す。
「・・・この、クソガキどもが」
怒りをあらわにする、震える声。
思えば、ブルーサーペントは一織たちに苦渋を舐めさせられていた。
「どこまでも俺を邪魔しやがるッ!」
一織たちも、ひと目でブルーサーペントが、今までとは違う威圧感を放っているのに気づいているだろう。
「どいつもこいつもヘドが出るっ!このクソつまらない、くだらねぇ世界を守ろうと!」
彼は、それを気づいていないのだろう。この世界がどれだけ尊く、素晴らしいものなのを。そして、こちらの言葉が届くことは決してないのだろう。
目に見えて怒りを増幅させる男。
その怒りが、変化をもたらした。
「俺は!この力で世界を裁く!そのためには、邪魔なテメエ等をここから弾き出す!」
大気が震える。禍々しい、淀んだ匂いにも似たものが溢れ、満ちる。
纏う鎧が慟哭する。
青の中の赤が揺れ、震える。
弾ける電光が体表を伝い、異常を伝える。
「な、何!?」
一織が、眩く弾ける特大の静電気のような迸りに目を細める。この場だけが急に天候が変わったかのような。
男の怒りに呼応するように、吠える声を吐き出し。握り込めた拳を地面に叩きつけ。
刹那。
金属質が砕ける、嫌な音が響き。
男が纏ったスケイルアーマーに変化が起きた。
青い鎧に疾走る亀裂。卵の殻を割る瞬間のような。
その異常に気付くよりも早く。亀裂から、無数のケーブルが射出される。
機械のケーブル。それこそ、蛇ノ目の研究所で見るような、機械に接続されているケーブルだ。
金属のツタは、荒れ狂う触手のように波打ち。ひとまとまりになるように収縮し。更に、その房が激しい動きを地面に叩きつける。
植物が激しい意思を持ったのなら、このような感じになるのではないのか。
乱れるケーブルが、ブルーサーペントの身体を巻き付き。溶け合うように入り乱れ。
何層にも折り重なり、ケーブルの装甲が塗り替えられ。
地鳴りが起きる。ケーブルで編み込まれた新たな形は、ブルーサーペントに新たな異形をもたらす。
それは、どこかの神話の生物のように。ただし、その姿は禍々しい邪神だ。
蛇か竜か。
ブルーサーペントの半身はそれこそ病院の屋上ほどにまで高みに登り、それを支えるのは、異形の半身だ。
ケンタウロスという架空の生物は、人の上半身に、馬の下半身だという。
これは、人の上半身にとぐろを巻いた蛇が連なる。身体を捻る度、地響きをもたらし、破壊がもたらす威圧感を生む。
「・・・何なの、あれ」
醜いものを見るように、夜宵は表情を歪める。まるで、世界を拒絶するかのように人の目を遠ざけ。反対に全てを飲み込む蛇神のごとく。君臨する王のように。
『ブルーサーペント・ヒュドラ』
くぐもった、電子音声が顕現を宣言する。
「・・・ふうー・・・」
ブルーサーペントが、自らの変化に満足したように、息を吐く。恐らく、彼からは眼下の光太朗たちは物理的に小さく見えていることだろう。
「くくく」
それが、見当違いの全能感を生むのか、笑いを噛み殺す。
「漲る・・・。最初からこうしてりゃよかったんだ」
レッドコブラの能力だけでなく、取り込んだ他のスケイルアーマーの力も引き出して。
引き出した力に呼応するように、スケイルアーマーは肥大化した。
青、赤、緑、黄。様々な色が入り乱れる機神か。全身に澄み渡る力は、そう捉えても差し支えないほどに、漲る。
「全てを、壊すぜ・・・!」
その言葉に反応するように、巨体が震えた。
眼前に押し迫る異形を、光太朗は見上げる。
もはやそれはスケイルアーマーの領分を超えている。
漏れ出る力も、空気すら支配する威圧感も、今までのものとは比べ物にならない。
この脅威を、戦って止める以外の方法を、今は知らない。
変身は解け、Ver2も制限が掛かっている。ものの数秒で叩き潰されるかも知れない。
だけど、もう負けるわけにはいかないのだ。
この場所の外には、多くの人間がいて。
だから、もう。迷わない。
この胸に滾る灯火を信じて。
そして。
「みんな!」
光太朗が吠える。
一織、夜宵、ニアが言葉に釣られ、視線を向け。遥か後方に吹き飛ばされたラネットとアイリスには届いているだろうか。
「俺に、力を貸してくれ!」
ラネットたちに向けた言葉を、改めて叫ぶ。
「当たり前じゃないですか!」
一織は笑顔で光太朗の顔を覗き込み、
「・・・今更、何を言っているのかしら」
夜宵は呆れたように、訝しい目を向ける。
「我は時に思うよ」
ニアが、感慨深そうに半黒半白の尾を揺らす。
「ここにいる皆は、君の勇気に惹きつけられて集ったように思えてならない」
住むところも場所すらも異なる。それが、示し合わせたように同じ場所に集う。その中心にはいつもこの少年がいた。
「勇気、か」
かつて、百合花に光太朗の胸に宿る水晶花を、雄々しいと評した。
もちろん、自分ではそうは思わない。
失うことが怖いからこその行動。それを評したのなら、見当違いだ。
でも今は、はっきりと、胸の中に火を焚べるが如く。高鳴る熱を感じている。
光太朗は右腕のリングを回転させ。
「スケイルアップ・・・!」
その言葉が、全身を駆け巡り、力をもたらす。
「変身!」
紫色に輝く、勇気の証が全身に巡り、纏った。
その波打ち、しなる鎌首は、竜頭のよう。ただし、それを水から金属に変えて。
丸太ほどの水流は、今は機械の蛇頭に変え、光太朗たちを襲う。
地面は引き剥がし、削り。
ヤマタノオロチのように枝分かれした竜頭が、獲物を食らうべく、疾走る。
「バニー・・・」
一織が右腕を力いっぱい引き絞り、
「パンチッ!」
弾丸の如く射出されたパンチを、頭部の耳がトレースし。
機械の蛇頭は砕け、爆ぜる。
地面を抉り、パンチを振りかぶったモーションの一織の真下から、ボルトや金属片の牙を携えた口腔が伸びる。
小さな身体をそのまま飲み込まんと、天に向かって。
「ドルフィン・インパクトぉっ!」
清廉な蒼い波動を纏った夜宵の足が、機械の蛇へと他浮き刺さり。
積み上げた積み木を砕くように、簡単に破砕。
次々と地面から飛び出る頭部に怯むことなく双星は宙を駆け、迫りくる蛇頭を次々と破壊。
頼もしさを感じると共に、それは別の側面も突きつけて。
いくら触手を破壊しようと、次々と再生し、皆を襲う。
帝王のようにふんぞり返る、ブルーサーペント。
核とも呼べるその存在を下さない限り、この戦いは集結しないだろう。
ヴェノムクラスタ。
狙いはそこだ。
光太朗は、刻一刻と地形の変わる足場に手や足を掛け、飛び、上方に登る。まるで、ひとつの山のようだ。
示し合わせたわけではない。
光太朗の意図を汲んで、みんなが機械の蛇を惹きつけてくれている。
ラネットは空を駆け、上空から。
ブルーサーペントが放つ衝撃波と、ラネットの魔法が交錯する。空に斑の爆雲が咲く。
アイリスは、蛇にも負けないほどに顎を開いた黒腕を構え。
花香剣で醜悪な顎を押さえつけ、黒腕で貫く。
みんなの戦いを横目に、光太朗は上へ急ぐ。
そして。
肩で息をしながら、光太朗は辿り着く。現れた気配にくるり、と青い鎧が振り向いた。
上半身のみがよく知る鎧で、そこ以下は機械の塊に飲み込まれているかのようだ。はたして、どちらが従われているのか。
今は、そんなことはどうでもいい。ようやくその姿を射程圏内へと収めた。
「・・・相手はお仲間に任せて、最初から狙いは俺というわけだ」
男の言う通り、この巨体を見た瞬間狙いはそこしかないと思った。
「麗しき仲間意識ってか?胸糞が悪ぃ」
その不快なものを見るような言葉と共に、周囲で影が揺らめく。
うねる鈍色の鉄くずが、流動する柱を生み。それが獣の顎として上下に分かれる。
光太朗を敵とみなした機械のしもべが、よじらせた身体を震わせる。
「・・・あんたも、仲間が欲しかったんじゃないのか?」
そこまで馴れ合いに嫌悪することに固執する。それは転じて誰かと繋がることを求めているのではないのか。だからと言って、今までの行動が正当化されるわけではないけれど。
「・・・俺が何を求めているかどうかなんて、関係ねえ。この世界を壊す。それ以外に終わりはねえ」
・・・聞く耳は持たない、か。
光太朗も、覚悟を決めた。
相手も、それを察したのだろう。地面から生える鉄蛇の先端が、光太朗を捉える。
どちらからともでもなく。
光太朗の右足が地を蹴るのと。
鉄の蛇が宙を走るのは同時だった。




