ACT92・破壊への序曲
アイリスが駆ける。
その腕を、黒い剛腕に変え。
弾ける衝撃波は、その黒い影を容赦なく嬲り砕くが、それすら意味のない行為かのように、元の姿を形作る。
爆発を伴う荒れ吹く烈風にも怯まず、疾走る。
ブルーサーペントは右手で衝撃波を放ちながら、左手のひらから輝きで満たした弾丸を放つ。
高圧縮させた、水弾の嵐。押し固められた、たおやかであるはずの水は、一転、人を貫く凶器となる。
乱れ飛ぶ波動と蒼い穿衝の乱舞の中、アイリスは花香剣と黒腕を駆使し、捌き、躱す。
あれだけの暴風の中、その軌道が全て読み取っているかのようだ。
だが、実は違う。何度か、アイリスの肌を閃衝が切り裂く。痛みを押して、立向っているのだ。
光太朗は、その思いに応えなければならない。
「いくぞ!」
光太朗が吠え、右腕を左腕に這わせる。
「モルフィング・デトキシフィケーション!」
それは、新たなる力への鍵。紫色のスケイルアーマーの色が解け、紫から白へと変化する。
ばじっ、と、僅かな火花が首元から咲く。レッドコブラに破壊された冷却用のマフラー部分は再生しない。これでは溢れ出る力を制御できず、光太朗の全身を、破壊的な熱が覆い、焼け付いてしまう。血液など、ものの数分で蒸発し、枯渇し、細胞は焼け死ぬ。
「やってくれ」
光太朗は傍らのラネットに言うと、杖を構えた少女が、頷く。
「アイスコート・・・!」
紡いだ言葉を受け取り、構えた杖に涼やかな光が宿る。流麗な風は、瞬く間に肌に刺すような冷たさを生む。
その冷気の塊を、ラネットはヴァイオレットバイパーへと重ねる。
冷却装置が壊れたのなら、冷却する方法を見つければいい。
『いいか、光太朗。これはあくまでもイレギュラーな方法だ』
蛇ノ目は光太朗の策に懸念を示すも、そんなことを言っている場合ではないのもわかっている。マフラーを修復する時間もない。あくまで緊急処置。仮の一手。
最初にVer2を装着したときとは、違う。完全に熱は除去しきれていない。
そもそも、スケイルアーマーはどんな状況、環境下でも能力を発揮するように設計したのだ。外部からの熱、冷気、衝撃をも遮断できる機能を持つ。
魔法という不可思議な力が、どこまで作用するかは未知数だったが、今はこれに掛けるしかない。
ただし、稼働時間は驚嘆に減らす。オーバーワーク以下だ。
『5秒。それ以上は掛けるな』
一撃で仕留める。それだけあれば、十分だ。
光太朗の身体に力を漲らせる。
眼前で荒ぶる、ブルーサーペントへと向かって。
「ラネット、後は頼む」
「任せて」
その声を背に受け、光太朗は足に力を込めた。
凄まじい速度で背景が流れる。極限まで加速した動きで、ブルーサーペントまでの距離を詰める。
ゴタゴタと難しいことは抜きだ。直接、一撃を叩き込めれば、終わりだ。
白い鎧に気づいたか、ブルーサーペントは、水弾、衝撃波を差し向ける。大気が振動し、破壊の波が揺れる。
だが、それが光太朗に直撃することはなかった。光太朗の眼前を覆う、光の壁。
ラネットが纏わせた不可視の障壁。あらゆる衝撃を分断する防御の壁。
破壊しようとする爆発だけを残し、白い影が飛び出る。
その右足に、破壊の光を携えて。
『バイパーストライク・フルコイル』
加速する、焦熱の光。
『バイパースパイラル』
光太朗は、姿勢を低くし、上方へ突き上げるように足を振り抜く。
ごっ・・・!
光太朗の足先が、硬質の肌に触れる。自分の足が膨らむ感覚。溢れる光が鎧の外へと飛び出し、それが、足の底から弾け飛ぶ。
ごじゃっ・・・!
光の刃は、青の斑の鎧を貫き。
信じられないものを見るような目で、ブルーサーペントが身体を震わせた。
機械が爆ぜ、火花が弾ける。
捉えた。
このまま押し込み、足を横に滑らせれば、光の剣はその身体を寸断する。
「いけえっ!」
どこかでラネットが叫ぶ。
これで終わりにする・・・!
全ての戦いに終わりを告げるため、光太朗は足先に残る力を注ぎ、押し込んだ。
だが。
ブルーサーペントが、手のひらを空に向ける。
この距離で衝撃波を・・・!?
すぐさまラネットが動き、保護障壁を貼る。
だが、不可解にもその手のひらの先は光太朗を向いていない。何も無い中空。
そして。
大気が震え、爆発音が鳴り響き。
衝撃と共に、光太朗の足先が絡め取る感覚が消えた。
ブルーサーペントの姿が遠ざかる。
どしゃっ。
体勢を崩しながらも、ブルーサーペントは地面へと足を付けた。
「嘘だろ・・・」
衝撃波の反動で、ブルーサーペントは自らの身体を後方まで弾き飛ばした。その身体を貫く戒めごと。
ブルーサーペントは攻撃のためではなく、脱出のために衝撃波を放ったのだ。
「・・・危なかったぜ。もう、それは使わねえと踏んでいたが」
だが、その身体の腹部に機械がめくれ上がったような穴が穿っている。完全な機械化とは言え、わずかに残る血液の残滓とオイルが滴り、異様な姿を見せる。
致命傷ではないだろうが、それはこちらの攻撃は通用することを示している。
問題は。
「ぐっ・・・!」
光太朗の纏う鎧は、その色を白から紫へと戻している。急激な不可から開放された光太朗は、その膝を地面に預ける。
「やはり厄介なのはテメエだ。この鎧に穴を開けるくらいだからな」
ブルーサーペントは、自らの腹部に穿つ穴に手を添え、忌々しそうに吐き捨てる。だが、その言葉にはどこか余裕がある。
信じられないものを見た。
「・・・嘘でしょ」
その光景に、ラネットも震える声を漏らした。
それが幻でもなければ、ブルーサーペントの破壊の跡が蠢き。画像が巻き戻るように。
傷跡が塞がっていく。
「レッドコブラはこんな能力も隠していやがった」
その言葉とは裏腹に、嬉々として元に戻る自分の身体を誇った。
『再生能力か。懸念していたことが現実になった』
メットの中から蛇ノ目が言う。
『仮にウロボロスの計画が成就して、アルテミスが支配する世の中になった場合、誰が彼女をメンテナンスをするのか』
機械が無限の存在だとしても、劣化はする。鷹村がその策を講じていないはずがない。
恐らくナノマシンを利用した再生能力なのだろう。人間には有害なシステムは、機械には有用に傾く。
光太朗の狙いがバレた以上、もう油断を理由に懐へは飛び込ませてはくれないだろう。
どの満ち、再度Ver2を纏う体力は、ない。
ラネットの魔法の保護を持ってしても、その負荷は想定以下の軽減だった。
身体が重く、熱い。
足が恐怖以外の原因で震え、動かない。
ざっ。
一歩、また一歩とブルーサーペントが近づいてくる。
「くっ・・・!」
ラネットが杖を振りかざし、光の弾丸を射出する。それをラネットへと視線を向けることなく腕を振りかざし。
連なる衝撃の渦が、それを防ぐ。
疾風のように剣を構え掛ける影。
煌めき翻る剣閃を、押し固めた水の障壁で防ぐ。
アイリスの斬撃を、水の盾ごと押し返し。
「うっとうしい羽虫共は黙ってろ」
瞬間。
ラネットへ暴風の渦。アイリスに紺碧の波動に押し付けられ。小さなふたりの身体は遥か後方へと吹き飛ばされた。
「鎧ごとブチ抜いてやろうと思ったが、何が一番クるかと考えたらよ」
地面に崩れる光太朗の目の前へと現れたブルーサーペントが、愉しそうに笑いながら、言う。
「その鎧も頂くのが、もっとも堪えるよな、No.6」
ブルーサーペントが、その足先で光太朗の肩口を蹴りつけ、押し倒す。
「ヴェノムクラスタはどこだ?頭か?腹か?まあ、腹だよな」
言いながら、右腕の指を蠢かせる。
「腹を掻っ捌いて持って行くけど、いいよな」
その狂気じみた行為すら、なんの躊躇いも見せずに口にする。そのことに怖気がする。
「そのためにゃあ」
ぐい。
ブルーサーペントは無理やり光太朗の首元を掴み持ち上げ。
どっ。
なんの前段階もなく。
光太朗の顔に振動が走り。その衝撃の意味が、ブルーサーペントのパンチが光太朗の顔面を捉えたことに気づいた。
「ぐっ!?」
思わずたたらを踏む光太朗の身体をブルーサーペントは力付くで引き戻し、倒れることを許さない。
「ぐはっ・・・!」
次いで、身体を貫くほどの衝撃が身体を貫いた。衝撃波を伴うパンチが、光太朗の腹部に叩きつけられ。
「ほれ。早く鎧を脱げ」
意識が揺れ、視界が定まらない中。
渦巻く螺旋が視界の橋に灯り、その光の端を追う間もなく。
光太朗の全身を衝撃が駆け巡り。
どがああああんっ。
大きく吹き飛ばされた光太朗の身体が、瓦礫と廃車が絡み合った壁に叩きつけられ。
蛇ノ目の声が遠ざかり。視界が開ける。
それが、スケイルアーマーが解けたことを意味していた。
「その状態で会うのは初めてだなあ。世間で噂の紫仮面の正体が、こんなガキだったとはな」
さして感慨深そうでもなく、ブルーサーペントは光太朗の素顔を見ても、驚きを見せることはなかった。
「ま、そのご活躍も終わりだ」
まだらに淀む五指を蠢かせ、ブルーサーペントが、その顔を光太朗に近づける。
「・・・あんたは」
息も乱れた光太朗の言葉に、ブルーサーペントはその指の動きを止める。
「何のためにその力を得たんだ」
鷹村博士の目的は、いびつな、歪んだ思想だったけど、世界を憂う気持ちだけはあった。
この、目の前の男がやろうとしていることは、その思い、それすらも微塵もない。ただ、破壊をもたらす衝動。
スケイルアーマーの、本来の理念に反する行動だ。
その言葉に、最初はぽかんとしていたが、やがて笑いを噛み殺すように身体を震わせた。
「くく。なるほど。お前は俺がヒーローに反する動きをしているのが許せないのだ、と。熱いね、真っ直ぐだね」
嘲るように言葉を吐く。
どっ。
「ぐふっ!」
ブルーサーペントの靴底が光太朗の腹部に押し付けられ。
「いくら救っても、守っても、この世界は何も変わらりゃしねえ。だったら、俺の手でこの世界に幕引きする。そのための力だ」
「・・・あんたがどんな過去を持っていて、どんな思いを持っているのかは知らないし、聞くつもりもない」
どんな人間でも、その行動には意味がある。蒼い鎧を纏った男も、だからこそ、ウロボロスへと身を寄せたのだろう。
「奇遇だな。俺も話すつもりはない」
ぐり、と足先に込める力が増す。
「だが、アンタはその力に相応しくない・・・!」
弱気を助け、挫く。青臭いヒーローの理念。
光太朗は自分がヒーローだなんて思ったことは微塵もない。蛇ノ目に導かれるまま。流れに身を任せていただけだ。
だけど今。
許してはいけない存在がいるのだけは分かった。破壊を撒く、この男だけは。
「だったらどうする?俺を殺していくか?」
がっ。
「ぐっ・・・!」
ブルーサーペントの左手が、光太朗の顔面を鷲掴み。右手に緩やかに渦が生まれる。
「てめえは気にくわねえ。頭をぶち抜いて、ヴェノムクラスタをもらっていくぜ・・・?」
起動音と共に、渦が巻き。衝撃の流動が始まる。高速で螺旋を加速させるそれは、全てを貫く錐となり。
砕き、世界を終わらせる破壊の手。
それが。
光太朗へと叩きつけられた。




