ACT91・青い暴竜、再臨
「ブルーサーペント!」
月斗の叫びで、その男の正体を知る。
くすんだ金髪に、その顔に無数の傷を残す男。
それがこちら側との戦いの跡であるのと、月斗の警告で今が異常事態だと知る。
その男は、動かないアルテミスの身体を抱え込み、その身体に手を振れている。何かを操作すると、アルテミスが反応する。身体の一部が開閉し、その人型がロボットだと改めて思い知る。そして、その男はアルテミスの体内に手をなんの躊躇いもなく突き刺し、数秒の逡巡。引き抜いた手の中に何かを携え。
手のひらサイズの結晶体。
まさか。
光太朗の脳裏に閃く嫌な予感。
それは、自分たちの力の源。
「ヴェノムクラスタ!?」
光太朗のその叫びの意味は、その結晶体を男に奪われることの危惧であり、止めなければならないという愚行だ。
光太朗は軋む全身に鞭を打ち、強制的に足を動かせ、駆ける。
ラネットとアイリスは、光太朗を出迎えたため、病院側にいる。位置的には遠くによりかからせた片足の月斗との間。
「奪われたものを返してもらうだけだ!」
男が吠える。仮面をしていたときには見えなかった、喜々として取り出した結晶体を掲げ。
「・・・さあ、応えろ」
淀んだ、それでいて異常な輝きを称えた目で、太陽光に照らされる結晶に語りかけ。
「変身・・・!」
どくん。
ヴェノムクラスタがその声に呼応し。
触れた手の中で蠢く水晶体が、男を取り込むように淀みで覆いはじめ。それは全身にまで侵食し。
やがて鎧を形作る。
青く、金属質の波が男の身体を包み込み。
光太朗は呆気に取られたように追う足を止め、立ち尽くし。
月斗は忌々しそうに歯噛みし。
それは今までのブルーサーペントではない。
ヴァイオレットバイパーやブラックパイソンのように、どのスケイルアーマーにも共通していた、陽の光を反射するような煌めき、メタリックの輝きはそこにはない。
深海のような奥深さ。航海者の冒険を阻むような荒々しさすら宿して。
そして、最大の変質。
全身を点々と見せる、赤の斑。それはまるで。
「・・・レッドコブラごと、取り込んだからなのか」
月斗が、信じられないようなものを見る目で、顕現したスケイルアーマーを見る。
レッドコブラが、ブルーサーペントをはじめとするウロボロスの鎧を吸収した。
それのお返しかのように、アルテミスのヴェノムクラスタを取り込んだ男が纏った鎧は、ただ赤色を示さず。まだ、男を主としていたのか。青い鎧を現した。そして、従属の証とでも言いたげに、赤い斑をその体表に宿した。
『ブルーサーペント・モタルド』
電子音声の声で、その鎧が完成したことを悟る。男は、自分に漲る力を確認しているのだろう。指を動かし、恍惚に愉悦を感じる。
手の中に残る人形。アルテミスをなんの感慨もなく手放す。
ガシャ、ん。
乾いた音を盾、哀れにもアルテミスは地面に転がり。
「くっ・・・!」
光太朗は小さく呻きながらも、右腕のリングに反対の手を添える。
例え、袂を分かった相手が差し向けた相手だろうと。その行為には怒りを禁じない。
「ちょっと!」
その様子を見て、ラネットがその腕を取る。
「大丈夫なの!?」
先からの連戦。身体に不可を掛ける戦い方を経て。ラネットが心配するのはもっともだ。
「世界の危機は終わったんだ。ここでやらなきゃ、全部が無駄になる!」
あの男の目的が何であろうと、話し合いで解決できる雰囲気ではない。
そんな相手が、敵意を剥き出しにしてこちらに近づいてくるはずがないからだ。
ブルーサーペントが構える。
『サーペントブラスト』
大気中の水分を収束させ、水を自在に操る。青い鎧のお家芸だ。
だが。
その規模は、以前を凌ぐ。丸太ほど。それこそ木の幹ほどの蓋差の水流だった。
今はそれが倍ほどに肥大し、まるで荒れ狂う海の奔流だ。
しなる鞭のように荒ぶるそれは、容易に地面を抉り取り。
光太朗の方向へ向かって振り下ろした。
結果を見るまでもなく。轟音が地面を紙のように破砕し、おびただしい瓦礫を天に噴出させる。
「はははっ!スゲぇぜ!以前とは比べ物にならねえ出力だ!」
思い描いた理想通りなのか、男は喜びを吐き出す。
両端に飛んで、光太朗たちは何を逃れた。
「もう、ウロボロスは終わりだ!計画も頓挫した!お前は何のために戦っている!」
光太朗の叫び。
鷹村は未来を光太朗に託して、死んだ。それは、思い描いた結果ではないだろう。
世界をあらゆる困難から救い、傷つく者のいない平和な世界を作るという、間違った方法だが、そこにはその信念が確かにあった。
だが、男のすることは、しようとしていることは、それと対局の破壊の行為だ。
「・・・俺はもともと、ジジイの目的には興味はねえのよ」
歪んだ声で独白する男。
「この力が手に入りゃあな。・・・ジジイも人が悪いぜ、こんな高性能なブツを、人形ごときに預けるなんてな」
レッドコブラの能力すら取り込み、その身体には、掛け値なしの力で満ち溢れているのだろう。それが、間違った全能感を生む。
「俺は、全てを破壊する。このくそったれた、くだらねえ世界をな」
鷹村の信念とは、真逆の、歪んだ考えだ。
「もし、ウロボロスの計画が成功しても、残った連中は殺すつもりだった。俺が、この世界の全てを握るためにな」
そんなこと、出来るはずがない。それは決して、理想に過ぎない子供じみた夢にも満たない盲言であるから、というだけではない。
男は、大切なことに気づいてない。
人は、ひとりでは生きていけない。全てを敵に回し、破壊で誰かを従える存在が、世界が認めるはずはない。
例え世界の王になろうが、いつか、その足元は瓦解する。
何より、それを止めようとする光太朗の意思がある。
「・・・スケイルアップ」
光太朗の全身を疾走る、電気信号。
「変身!」
腹部のヴェノムクラスタから、力が送られる。肌を滲み出る毒は、光太朗の確かな力になる。
紫色の鎧を纏い、光太朗は決意を固めた。
少し離れたラネットとアイリス。
示し合わせたように、3者の足が、駆けた。
筆頭はアイリスだ。
類まれなる反応速度と攻撃能力で、水の波動をかいくぐり。振るった花香剣の一閃で、水の鎌首を切り落とす。
弾けた水波を貫くのは、ラネットの引き絞った光弾。
直撃する爆発にも、男は意に介さず。水流の轍で空を割く。
足で加速した勢いで、光太朗はパンチを打ち込む。
やはり、その装甲は偽りでなく。確かな硬さを光太朗の手に伝えた。
「・・・役立たずに逆い戻りだな。そのままで俺に勝てると思っているのか?」
対レッドコブラのために手に入れた新たな力。だが、Ver2はその活動に必要な冷却装置が破損。例え発動させても、活動時間はオーバーワーク以下に成り下がるだろう。
「・・・そうだな。俺は、弱い」
弱さを逸り、焦ったこともあった。手に入れた力に勘違いしたこともあった。
「だが、俺には」
光太朗の言葉を待たず、水流が迸る。
吹き飛んだのは、光太朗ではなかった。
無数の光弾。黒い塊の連弾が、ブルーサーペントの身体を大きく吹き飛ばした。
「仲間がいるからな」
「・・・そういう、仲良しゴッコも気にくわねえんだ」
吹き飛ばされつつも、男がつまらなそうに言う。
「そんな、打算と欺瞞に満ちた世界、潰すしかねえよなあっ!」
男が吠え。
水流が生まれる。
片腕ずつ。2本の水流。鉄をも削り取る力が荒ぶる。
もはや、巨大な塔というべきほどに肥大した水流。
それを、躊躇いなく振り下ろす。
それが、光太朗の頭上に押し迫る瞬間。
世界が変わった。
周囲を破壊する衝動しか読み取れない水の荒ぶりが、静止した。
ラネットの能力だ。
水分を奪い、凍らせた。特大の魔法だ。
自然を操る、上級魔法。必死に、机と本にかじりついて得た力。
リウィッチへの領域に辿りついても、得なければならない知識は、山ほどある。
だが、その固着も一瞬。流動するすに龍の動きを捕縛したのは僅かな時間で。渦巻く水流はすぐに行きを吹き返し、うねる。だが、その一瞬で十分だった。
黒い慟哭が、跳ねる。
次いで放たれたのは、その身体の倍以上ほどもある、黒い影。
アイリスの左腕が変化する、禍々しい黒腕。
それは、デュミルアスの残滓にも思えて。だが、あの時のような心を震わせる威圧感、恐怖は感じない。
むしろ、穏やかな頼もしさ。
黒腕が、ブルーサーペントを捉える。
『オーバーワーク』
光太朗の全身が滾る。
『バイパーストライク』
次いで右足に巡る力の波。収縮した力は、破壊の力を生む。それは、手当たり次第に砕く見境のない力ではない。
世界を救う、力だ。
どっ。
光でまみれた右足が、ブルーサーペントを貫く。
氷ごと砕け、青い鎧は黒い捕縛を貫き。
青い体躯が弾丸のように吹き飛び。
黒煙を弾き散らせ、ブルーサーペントが地面へと轟音と共に叩きつけられた。
「はあ、はあ」
光太朗はオーバーワークを解除しつつ、肩で息を整える。
その力を最大限に活かすため、一極集中。仲間がいれば、オーバーワークの弱点も補える。
がら。がしゃ。
瓦礫を掻き分け、青い鎧が現れる。
「・・・鬱陶しいな」
自分の身体に突いた埃を払いながら、さしたる変化も見せない。
掛け値なしに力を押し硬め叩き込んだバイパーストライクで、これか。
「つくづく俺の能力は、ガキ相手には相性が悪いみてえだ」
自重気味にそう笑うと、男は指を蠢かせた。
「だったら、今度はこっちの能力を使ってみるか」
男は、新しいおもちゃを手に入れた時のような喜びを手に、指を動かす。
開いた手のひらを眼前に突き出し。
何も無い空間を、掴む。
刹那。
大気が膨れ上がり。
爆発が閃光を生んだ。
吹き起こる爆風。
全てを薙ぎ倒す爆発が、周囲を焼き尽くす。
光太朗は両手を眼前に掲げ、ラネットは遥か上空へと飛び。アイリスは黒腕でガード。
それでも身体を嬲る悪風に、全身が焼けただれるようだ。
水を操る能力に加え、レッドコブラの衝撃波をも取り込んだのか。
水も、衝撃波も。元々は人類の助けになるように組み込まれたプログラムだ。
瓦礫や水害。それらを少しでも減らすように。
それを。誰かを傷つける手段とする。
それを。恍惚の如く振りかざす。
許しがたい行為だ。
ただ。
光太朗も今のままで奴に勝てるかと言われれば、そうではない。
「ラネット!」
けぶる粉塵を含む煙の中、光太朗の声が反響する。
光太朗の側に降り立ったローブが、耳を傾ける。
「・・・力を貸してくれ」
その言葉に、ラネットは少し面食らうも、面白そうなものを見る表情で口元を緩めた。
「へ、へえ。アンタも殊勝なことが言えるようになったのね」
その心根は真っすぐで、間違ったことを嫌うのは、短い付き合いでもなんとなくわかる。ただ、それを素直に口にしないだけで。
「・・・ごめん」
からかったような口ぶりになってしまったのを、ラネットは恥じ、謝る。その光太朗の目が真剣な眼差しそのものだったから。
だが、光太朗はそんなことは意に介さず、ただラネットを見つめている。
光太朗から告げられた策は、至極簡単な要望だった。今のラネットにすれば、赤子の手を捻るよりも容易いものだ。それ自体は構わない。
「アンタは大丈夫なの?」
光太朗の提唱した策は、反面危険が伴う可能性がある。それをコントロールするラネットの腕に懸かっているのは想像に固くない。
「博士の作ったコイツを信じろ」
鎧を纏って手で、光太朗は自身の胸に触れる。硬質の、強く、頼もしい輝き。
ラネットは小さく息を吐き。
「そこは、『俺』を信じろ、って言ってよ」
「・・・そうだな」
責任感のような強さの中に、一瞬だけ柔らかいものが見える。
「手を、貸してくれ」
今度は『力』ではなく、『手』といった。自分を信じてくれた光太朗に報いたい。
「・・・私は何をすればいいの」
光太朗とラネットに割り込むように。ぐい、とアイリスはその身体を推し進めた。珍しく、その無表情に僅かな不満の色を宿して。
「・・・アイリスは、すまん。アイツをできるだけ引き付けてくれ」
「アタシたちの盾になれってこと」
ラネットの言葉に、光太朗は視線で咎める。
「わかった」
それに疑うことなく頷いたので、光太朗はアイリスにあくまで時間を稼ぐだけ、とだけ伝えた。
「・・・相談は済んだか?」
敵意を剥き出しにしたまま、ブルーサーペントが問いかける。相手からしてみれば、ここで話し合う時間を待つのも、脅威にすらならないのだろう。それだけの力と確信にも似た自信は揺るぎないのだろう。
「どんなに話し合おうと、覆ることのない悪夢を見せてやるよ」
相手は、その力に絶対の自信を持ち。
付け入る隙があるのなら、そこしかない。
勝負は一瞬。光太朗がVer2を使えないと思い込んでいる、この間だけだ。




