ACT89・タイムリミット
均衡する戦い。
レッドコブラの攻撃はもはや光太朗には意味をなさず。
岩をも砕く拳撃も、光太朗は全てを捌き。炸裂する衝撃波も、破壊の波の中を勇敢にも突き進み、無力とする。
「コレ!行けるんじゃない!?」
そう歓喜を言葉に宿し、身体を震わせるのはラネット。
大木をへし折る蹴りも、難なくいなし。直接的な攻撃が白い鎧を穿つ光景は、もはや想像できない。
そんな中。
視界を斜めにしながら、月斗はその戦いの様子を口を引き絞り、見守る。その顔に、険しいものを刻みながら。
アイリスの目は、そんな月斗の表情を読み取ったようだ。
「・・・確かに拮抗している。彼とレッドコブラの戦闘能力は」
それはラネットも周知だろう。あのバカ程威力のある、バイパーストライクを再度直接叩き込めれば。
「だが」
そう、短く呟き。僅かな逡巡の後。
「このままでは、彼は負ける」
「なんでよ!コータローが押してるじゃない!」
光太朗の放つパンチは、レッドコブラのガードの上から押し付けられ、その身体を大きく後方に弾く。誰が見ても、かつての劣勢はない。
「・・・確かにあの白い鎧のスペックならば、もはやレッドコブラと同等、いや、それ以上だろう」
光太朗の身体をスケイルアーマーに対応できるまでに改造出来る時間はなかったはずだ。ならば、あのスケイルアーマーがそもそもの力の源なのだろう。
蛇ノ目の天才ぶりを知ると同時に、それを操る光太朗の弱点を読み取った。
「ならばなぜ、彼は致命的な一撃を見舞わない?」
あの建物を半壊させたモーションパターンが、直撃させるためでなく、その力を誇示するためならば。牽制ならば。
なぜ、そんなことをする?あの光の剣ならば、レッドコブラの鎧ごと寸断することも可能だろう。
月斗の問いに、ラネットは焦りの表情の上に眉をひそめた。
「・・・どういうこと?」
「推測でしかないが」
月斗の視線が、赤い鎧へと向けられる。
「レッドコブラの中身、アルテミスのことを思ってかも知れない」
「ど、どういうことよ!」
ラネットがわかりやすく狼狽し、片足を無くした月斗に押し迫る。
「・・・鷹村博士を狂気に走らせたのは、かつての愛する人を失った悲しみと絶望からだ」
だからこそ、その思いと呼応するように、月斗はウロボロスの作戦に賛同した。
「アルテミスの容姿は、その想い人を重ねたもの、らしい」
その目的が、彼女のことを忘れんとする行動からなのか。詳しいことはわからない。
だが。
蛇ノ目博士の家で、同様のメイドロボを見た時、蛇ノ目と鷹村は同一の影を見ているとを悟った。
奇しくも同じ女性を愛し。皮肉にもその先の想いは反対の方向を向いた。
方や、彼女の無念を晴らさんとして。
方や、彼女のような存在を生み出したくないとして。
アルテミスが、自蛇ノ目が有するメイドロボと造形は異なるとはいえ、同じ女性をモチーフとして生み出されたのは想像に固くない。
当然、その理由を光太朗も知っているはずだ。
その蛇ノ目の想いを知っている彼が、ロボットとは言え、同じ姿をした存在を砕くことが出来るだろうか。
もちろんこの考えは月斗の想像に過ぎない。
だが、もはや全てを破壊する力を得ているのに、それを直接叩き込もうとしない理由にはならない。
甘すぎる。
それは蛇ノ目への恩からか。
だが今は。
月斗は、片足を引きずりながら、光太朗の方へと身を乗り出し。
「時間がないぞ!躊躇うな!」
こうしている間にも、ナノマシンの侵食は進んでいる。これ以上広がる懸念はないとは言え、七色町全体には残っている。仮にナノマシンに侵された人間が出来上がったのなら、それを治す手段はあるのか。月斗はその先を聞かされていない。
光太朗の躊躇いに気づいたら、アルテミスはそこを突いてくるぞ。何も光太朗たちを下す必要はない。時間が立てば、負け。自動的に勝利が転がってくる。
人間である鷹村も死ぬだろうが、その先の永遠の世界はアルテミスが引き継ぐ。
終わりの世界が、もうすぐそこまで来ている。
光太朗の脳裏に、病床に伏せる百合花を思い起こさせる。
この白い鎧は、奇しくも百合花の能力をなぞらえたかのようだ。まるで、百合花が光太朗に託したかのように。
ようやく、誰かを守れる力が手に入った。
今までのような、半端で情けない自分ではない。
だけど。
あの赤い仮面の下は。
蛇ノ目の焦がれた女性を模した顔。
機械とはいえ、それを砕くのか。
頭では分かっている。
ここで覚悟を決めなければ、世界は終わる。だから、蛇ノ目も力をくれた。それに応えなくて、どうする・・・!
蠢く赤い五指が、5つの閃光を伴い、寸前を掠める。
その一瞬をかいくぐり、光太朗はアルテミスの腕を取る。
アルテミスも何をされたか、一瞬わからないだろう。
ぐるん、と視界が反転し、自分の目の先が荒廃した駐車場ではなく、様々な色をした煙が漂う空。それは空が持つ本来の雲の流れと、破壊の跡が混合した混沌とした空だった。
「・・・この期に及んで、格闘技が通用すると思っているのではあるまいな」
伸びた赤い鉤爪の間を縫い、光太朗はアルテミスの腕を取り、そのまま捻るように赤い鎧を地面へと叩きつけたのだ。柔道の投げ技のように。無論、そんなものでレッドコブラを破壊できる理由はない。
「・・・今すぐに投降し、ナノマシンを解除しろ・・・!」
光太朗とアルテミスの顔の距離、わずか数センチ。メットがあるとは言え、刹那の距離だ。
メットの中で、アルテミスの口元がわずかに歪んだ。
「あのバカ!」
光太朗が、機械とは言え女の子を地面に押し倒したことはともかく。
この土壇場でも、攻撃ではなく、言葉で説き伏せようとしている。
これだけのことをしでかす奴が、そんな言葉で惑い、進攻の手を止めるとは思えない。
ラネットは杖を構え、握りしめる。
今なら、光太朗が抑え込んでくれている。あの鎧を貫くほどの魔力なら、錬成する時間さえあれば、可能だ。
だが、そんな考えを読み取ったのか、アイリスがラネットの肩に手を乗せ、首を小さく振った。
アイリスはこの状況でも、光太朗のことを信じているのだろうか。
「くっ・・・!」
ラネットは小さく歯噛みして、前方で膠着している状況に再度目を向けたのだった。
光太朗の右腕が、アルテミスの首元に添えられる。まるで、頸動脈を締め付けるように。
「ナノマシンを止めろ・・・!」
光太朗は先ほどと同じセリフを、先ほどとは違う感情を乗せ、眼下に叩きつける。まるで、恫喝だ。
なりふり構っていられない。時間がない。
「ならばその腕で私の首を切断して見せたらどうだ?いくら締めても、私は呼吸して生きている訳では無い。首をもぎ取れば、あるいは止まるかもな」
アルテミスの言う通り、この行為自体に意味はない。いくら力で押さえつけても、呼吸を乱すことは不可能だ。
むしろ、その光太朗の行動で、アルテミスは察した。光太朗が時間に焦っていることも。みだりに自分を攻撃できないことも。
鷹村の愛する人間に顔が似せられたことに疑問を持ったこともあった。だが、今はそれが幸いしている。
このまま時間一杯まで延ばしてもいいが。
余裕を興じる心が生まれた。
押さえつけられた隙間から、アルテミスは片腕だけを伸ばし。
ヴァイオレットバイパーの首元から垂れる紫色のスカーフを捻り取った。
最初は、なんの意味をなさない飾りだと思っていた。
解析をしながら戦って分かったのが、これが変貌したヴァイオレットバイパーの原因であるらしい。膨大な力を抑える、冷却装置だったのだ。
振れただけで、手の中の熱が奪われていく。
なるほど。
アルテミスは、口元を歪めながら、手に力を込める。
膨大な圧力で、引きむしる。
ばちっ!
何かが砕ける不快な音と共に、火花が散る。
光太朗の首元から垂れるマフラーが砕け千切れ。
瞬間。
光太朗のメットの中で警告音が響き渡る。
身体の内側から湧き上がる熱。それが、新たな力が有する2面性。力の代償だと気付いた。
『光太朗!今すぐ変身を解除しろ!』
耳元で蛇ノ目が叫ぶ。
布地のような柔らかさを持つが、その実はヴェノムスケイル同様の硬質な繊維で編み込まれたものだ。防弾、防刃性があるとはいえ、それを容易く捻り切ったことへの驚き。そして、光太朗に迫る危険。
このまま変身を維持していたら、光太朗は自らが生む熱で蒸し焼きになる。
だが、光太朗は動かない。
その熱が、すでに自分を傷つける攻撃力になっても、眼下のアルテミスを押さえつける行為をやめない。
この状況でなお、ナノマシンの放出停止を叫んでいる。
アルテミスは、哀れにすら思う。
そこまでして、この世界に守る価値があるのかと。主は早々にこの世界を見限った。大切な者が存在しないこの世界を。
後ろにいる人間たちが『そう』なのか。それを知ることはないし、知る必要もない。
傷ついて、迷って。仮にウロボロスの計画が阻止され。
それでも世界は変わらないだろう。
相変わらず人間は愚かな戦いを繰り返し。自ら住む大地を汚し。ならばいっそ。機械化による未来を享受した方が幸せだろう。
この少年は、それを否定した。
ならば。
さらなる絶望に包んでやろう。
腕がもぎ取れる。背中が焼ける。頭が茹だるように熱い。
こっちの要望に応えるつもりもないようだ。・・・これ以上は、こっちが持たない。
覚悟を決めて、首を砕くしかないのか。その躊躇いを見透かすように、アルテミスは抵抗すら見せない。敢えて、光太朗の捕縛に付き合っている。そんな様子だ。このまま時間が経てば、ナノマシンどころか、光太朗の身体は炭化するだろう。
震える腕を、アルテミスの首元に一段階、力を加えようとした瞬間。
変化が起きた。
光太朗の眼の前で、赤が解ける。
藍色の流線が舞う。それがアルテミスの頭髪だと気付いた。
何を思ったか、アルテミスは変身を解除したのだ。
光太朗が覆いかぶさっている赤い鎧も、その姿を維持することはなかった。
思わず、光太朗はアルテミスの首元に添える腕の戒めを緩めてしまう。
瞬間。
光太朗の腹部を衝撃が貫き。その身体を思わず後ろに逸らされた。
光太朗の戒めから解かれた影が立ち上がる。
藍色の髪を手で梳き、眼下の光太朗を見下ろしている。
それと呼応するように、光太朗のスケイルアーマーも解け、宙に消えた。アルテミスへの捕縛が解けた今、変身を維持しておく理由はない。遠隔で蛇ノ目が強制解除を施したのだ。
光太朗は、呆けた目でアルテミスを見上げる。
流麗な藍色が風に踊る。冷たく、密やかな目が光太朗を捉える。光太朗は、肩で大きく息を整えながら、その視線を受け止める。
身体に残る熱を感じながら。
「変身を解除した?どういうつもりなの?」
ラネットがその行動の意味を理解しかねるように言葉を漏らす。月斗はその行動の意味が、光太朗の心を乱すもの以外には思えなかった。
素顔をさらせば、ますます光太朗の決意は鈍る。もう二度と、懐に飛び込ませてすらもらえないだろう。
ラネットは再度杖を構える。今度はアイリスも止めようとはしない。ここはもう、手を貸す以外の選択肢はない。
あらゆる意味でのタイムリミットは、限界まで来ている。
アルテミスの淡麗な目が、光太朗を貫く。
アルテミスは、未だ熱を持つ光太朗の身体、服を掴み上げ、地面に腰を付ける光太朗を強制的に立ち上がらせる。
そしてその顔を近づける。
この距離で見ても、彼女がロボットとは思えない。本当に、鮎川葵という人間が生きていたら、こんな感じなのかも知れない、と、場違いな考えが頭を掠める。
まるで因縁を付けるようにアルテミスは光太朗の首元を捻り上げ、先程自分にされたお返しかのように。
「さあ、私は無防備だぞ。顔を砕くない、腕を引きちぎるなり、自由だ」
思った通り、アルテミスは光太朗が攻撃をためらっているのを察した。それを見越して、挑発するような行動を取り始めた。
アルテミスの目に映るのは、絶望に表情を歪める少年の顔。
アルテミスの胸に、言い難い愉悦が沸き起こる。




