ACT87・新たなる力
「猶予はない、ここから跳躍する」
そう提案したのは、ニアだ。
蛇ノ目の家。ここから廃病院に向かう時間すら惜しい。ニアの能力で、再度ウロボロスのアジトへワープするという。
一織と夜宵は助力を申し出てくれた。跳躍は、ニアの特異な領域の術法らしい。
思い返せば、半黒半白の猫が神出鬼没なのは、そのためなのだろう。いつも、その気配を悟られることなく、光太朗の前に姿を現してきた。
「能力使用の条件から、可能なのはひとりのみだ」
ニアに言わせれば、ナノマシン散布の範囲を抑えるため、この街を別空間で隔絶し、そのため空間跳躍に正確な座標を絞ることができない。
跳躍には思念式の術式を用いる。そして現在の状況がそれを阻害する、と、理解の出来ない言葉が続く。
向かうのは光太朗ひとり。それが現時点での最大の能力の譲歩だとニアは言う。
「準備はいいか。急ぐぞ」
ニアも、百合花の命が懸かっていることに焦りを見せている。この世界が向かおうとする先は、死も老いもない世界なのだろう。だが、百合花の未来という名の道が閉ざされるのは、死と同義だ。それは阻まねばならない。
「思い浮かべろ。お前が向かう、その場所を」
人型のニアの手が、光太朗の額に触れられ。冷たく、体温のない手のひらが、それをなぞり。
真摯な目が光太朗を差し。光太朗もそれを受け止める。
「・・・百合花を、救ってくれ」
その目は、全ての世界よりも、たったひとりの少女の無事を祈る言葉だ。
かつて、マギアスの平和のために尽力した神官は、今度はひとりの少女のために尽くす。自分の身を投げうって、アンチホープの魔の手から救ってくれた勇敢な少女。
光太朗は、気を失う前にいた場所を思い浮かべ。ニアは口元から言葉を紡ぎ。
光太朗の全身を迸る閃光。
瞬きの間に、閃光が弾け。
光太朗の意識は、途絶えた。
「コータロー!」
突如現れた人影に、ラネットは歓喜にも似た声を上げる。腹部の負傷を送り出し、無事、傷は再生したのを認める。
そこに広がっていた光景は。
足を片方失った月斗が、無様にも倒れ伏せ。口惜しそうに、赤い鎧を睨めつけている。
脚は機械化していたのだろう。凄惨に血を撒き散らすことこそ無かったが、痛々しい姿を見せていた。
「・・・やあ」
月斗は軽口で迎えるも、足を失ってなお立ち向かうも、まるで通用しないその絶大な力は、傷をますます広げるだけだった。黒い鎧の所々が破損している。
「あとで博士に直してもらえ。少し我慢してろ」
そう、短く言うだけで、光太朗はさっさと月斗の側を離れる。その言動に白状だとは感じなかった。
むしろ、この先のことをすでに考えている。レッドコブラに勝てると暗に言っているのだ。
ブラックパイソンとは反対に、レッドコブラの赤い鎧に傷ひとつ無く。
アルテミスは、戻ってきた光太朗の身体を観察する。内部をセンサーで読み取る。外気温との変化を調べる。去る前との差異を調べる。
その体内に変化はない。宿す熱は変化はない。
戻って来たからには、何かしらの対策を施したのだろうと踏んでいた。だが、自分に対抗するため機械化したわけではなさそうだ。えぐり取った部位を機械で覆うこともなく。ただ、治療しただけのようだ。
まあ、この短い時間でそれは不可能だろう。苦肉の策にも満たない付け焼き刃では、この至高の力には到底届かない。
同族の力を退け、異形の力すら打ち捨てるこの諸語の鎧に傷を付けるのは、叶わぬ夢だと思い知ることになる。
「・・・大丈夫なの?」
「あの怪我人を連れて、下がっていてくれ」
ラネットの心配の言葉にも、光太朗は目を逸らさずに答える。
「ちょ、もう少し、穏やかに運んでくれると嬉しいんだけど!」
アイリスが無表情で月斗の首根っこを掴み、引きずる。ゴリゴリ、とわずかに残った黒い鎧と、地面が不快な音を立て、光太朗よりも距離を離されていった。
その様子を眺めつつ、改めてアルテミスへと視線を向ける。
分かる。
自分の身体に流れる、新しい力を。
それは自信でも慢心でもない。確信めいた気持ち。
それは世界を救う力ではない。世界を閉ざす悪意をこじ開ける、破壊の力だ。
葉脈のように、赤い力が巡る体表を瞬かせるレッドコブラへと、一歩、一歩と瓦礫となっている地面を行く。
それを、静かなる直立でアルテミスは迎え撃つ。どんな策を講じようと、自分の領域に届くことはない、とどこか絶対にも似た気持ちでそれを受け止める。
自分の存在意義を、星を統治するためだけに捧げた機械の身体。
砕けることはない。
だから、敢えて攻撃は仕掛けない。その策を見て、潰し、希望を刈り取り、絶望を植え付ける。
世界の行く先は、何も変わらないのだと突きつける。
アルテミスと光太朗の距離。わずか数メートル。
「そこまでする価値のあるものなのか?この世界は」
アルテミスが問いかける。
その問いに、光太朗は思う。理解が出来ないものもあるのは事実だ。
変わろうとしない人間を救うため、身を呈して救い、守る。それだけの価値が、この世界にあるのか。
人間の命は有限で、身体は老いる。改造しても、そこには限界がある。数値上では、完全自立のロボットに叶う道理はない。
疲弊すること無く、老いること無く。
完全な兵器となったスケイルアーマーは無敵だ。人間はそれに従い、鉄の奴隷になる。
幸せ、不幸せはこの際意味を無さない。
完全な平和な世界を目指すためには必要な要素だ。
「俺は、世界を守ろうとして戦っているわけじゃない」
返って来た言葉は意外なもので。
守るためではない?ならば、何故身体を押してまで、戦う?
「俺は、この世界で生きていくために抗う」
・・・同じ意味ではないのか。人間の放つ言葉には理解が出来ない。
まあいい。
このNo.6を下せば、全てが終わる。
静かなる、清浄の世界へ。
赤い鎧が、怪しく蠢く。
自分の持つ力の意味を問いかけたこともあった。
世界を救う力して授けられた、力。
誰かのために戦うのは、安っぽい正義感だからではない。
その活動の中で、傷つき、朽ち果てても、それでも良いと思っていた。刹那的な感情が無かったとはいえない。それが、自分の存在意義のような気がしていたからだ。
未来のない自分が出来ることなど、これくらいだと思っていたからだ。
でも今は。
様々な人間と触れ、感じ。得た気持ちだ。
「スケイルアップ!」
万感の思いを込め、光太朗は叫ぶ。
「変身!」
光太朗の全身を、力が渦巻く。
「・・・変身のモーションが、違う」
倒れ伏せながらも、月斗は些細な変化を思った。
声紋でロックされた変身を推し進めるには、決まったモーションで、言葉で鍵を開放しなければならない。
光太朗は、右腕に設えたリングと腹部に埋め込まれたヴェノムクラスタと反応させ、それを開放する。
光太朗が見せた構えの続きは、それと異なるものだった。
思った通りだ。何も変わっていない。
その姿の変貌を見て、アルテミスは感情は振れなかった。見慣れた紫色の鎧が顕現したからだ。
そのままの姿では、何も届かない。落胆にも似た気持ちで、叩き潰すためにアルテミスは足を一歩踏み出す。
だが。
その足先が停止したのは次の瞬間だった。
光太朗が、左腕を変身モーションのように、腹部に透過させる。
「モルティング・デトキシフィケーション!」
その、聞き慣れない次いだ言葉に、その場にいた全員が、目を奪われた。
光太朗の全身が、変化をもたらす。紫色の鎧は、溶けるようにその色を失い。
紫色の代わりに、純白を示す。
「・・・色が、変わった?」
ラネットが、熱に浮かされたように声を上げた。文字通り、ヴァイオレットバイパーの色が変わったのだ。
毒々しい紫から、清浄な白へ。
そして。
ばっ。
光太朗の首元から、布のような物が飛び出る。それは、首元を守るものとしては心もとない。
風にたなびく、スカーフ。マフラーのように風に泳ぐ。
白い鎧に、紫色のマフラー。
『ヴァイオレットバイパー!Ver2!』
電子音声が、その姿が完成されたことを告げる。
陽光に煌めく、眩しい純白が。
そこに雄々しく立っていた。
驚きはあった。
ただ、すぐに冷静さを取り戻した。特筆して取り乱すことでもない。
「・・・色が変わり、洒落ただけで私に勝てると思っているのなら、君の主はめでたいな」
嘲るように、アルテミスは言葉を吐く。
言葉通り、マフラーを首から生やし、色を変えただけだ。
アルテミスの目に映る様々なセンサーで解析した情報は、紫色だった時の能力となんの変化をもたらしていない。
熱も、エネルギーの流動も。筋肉の繊維。駆動系。全てが標準を超えない。だから、そんな敵を下すのは、容易い。
アルテミスは降り掛かる火の粉を払うが如く、その赤い足を一歩、踏み出した。
反して。
光太朗の身体は軽い。
ヴァイオレットバイパーのスケイルアーマーを初めて身に纏った時に感じていたような気持ち。軽やかで、淀みがない。
固く、四肢の制限がされそうな重々しさを微塵も感じられなかった。
だが、今回は。
それ以上だ。
視界はクリア。渦巻く身体のたぎり。それを、身体に纏う新たな鎧は冷静に押さえてくれる。力の行き先を導き、優しく穏やかに身体の中を駆け巡る。ある意味矛盾する、柔と剛を感じる。
破壊の力は、それをも上回る理性で従属し。感じたことのない感覚で満たしてくれる。
確かめるように動かす五本の指。
メットの中で吐く息。
全てが穏やかで、漲る力と相反するように。触れれば破裂する危うさも、新たな鎧が優しく包みこんでくれている。
紫色の鎧の時には感じなかった、頼もしさ。
赤い鎧、レッドコブラの脅威を忘れた訳では無い。
全てを吹き飛ばす、人を救うとはかけ離れた力を有する、赤い魔神。
だが、全然恐れが無くなった。むしろ、奮い立つ。
破壊の力を、破壊で迎え撃つ。
今度は、負けない。
博士の託した、この力で。




