ACT86・絶望と希望と
『パイソンドライブ』
黒い閃光が、疾る。
翡翠の鎧は、その波動を纏った膝蹴りをまともに受け、大きく吹き飛んだ。
月斗はまさか1日に2度も、同じ相手と戦うとは思いもしなかった。
倒したスケイルアーマー所有者から遠隔で鎧を剥ぎ取り、無人の戦士として再生させた。
中身が伴わない傀儡だからなのだろう。反応に僅かなタイムラグがあるのが分かる。お陰で、最大出力のパイソンドライブを叩き込めた。
緑色の鎧は、身体をあらぬ方向へ折り曲げながら、遥か後方へ弾き飛んでいった。大きな砂煙を上げながら、それは声もなく静かに地に埋まる。
「・・・アンタはこっちの味方でいいのよね」
ラネットが、疑いを浮かべた眼差しで黒い鎧を見る。
今までも黒い鎧はラネットたちに攻撃を仕掛けることは無く。動きを見限り、的ではないと判断した。
グリーンボア同様、蘇った残り2体。それぞれをラネットとアイリスが応対。
以前の猛る動向はなりを潜め、密やかに青い濁流を放つブルーサーペントを、ラネットが紡ぐ呪文が生み出す紺碧の流動で、水圧ごと吹き飛ばし。
青い鎧は物言わぬ鉄くずへとひしゃげ砕けた。
暁色の鎧。オレンジアダーは、背中から二対の複製腕を出現させ、六刀の刃を構えるも、アイリスの左腕に絡みつく黒い粒子の黒腕の一振りに、成す術もなく砕け散る。
「・・・少なくとも、僕の気持ちは君たちと同じだと思ったけどね」
月斗の目が、ラネット、そしてその奥のアイリスに向けられる。ラネットは訝しげな目。
少なくとも、この黒い鎧を纏った、声で男だと思われる存在と共通する気持ちなどあるものか。
「神野光太朗のことが好きってことさ」
最初、ラネットはその言葉にぽかんとしていたが。やがてその顔をみるみるうちに赤く染め上げる。
「だ、誰が誰を好きですって!?」
詰め寄らんばかりにラネットは怒りすら滲ませた真っ赤な顔で、月斗に押し迫る。
その迫力に、月斗は思わず手を差し上げ、怯んだ。逆にその態度で、神野光太朗がどう思われているのかを確信する。それは、隣の穏やかな笑みを浮かべる少女も同様だろう。でなければ、遠い世界の出来事であるこの事件に首を突っ込むことなど考えないだろう。
この世界に恩や愛着がなければ、少なからず誰かのため、であることは分かる。
その時。
ざあっ。
空気が揺れる音と共に、何か、鋭い振動が飛んでくる。
月斗、ラネット、アイリスはそれに気付き、跳躍。地面に何かが着弾し、アスファルトが砕ける。
ラネットたちは、その『何か』が飛んできたであろう方向へ目を向ける。そこには。
先程砕いたはずの、青い鎧が寸分たがわぬ姿へと保ち、水を圧縮させた弾丸を放ったのだ。
「うそ・・・。ふっとばしたのに!」
ラネットの水の魔法は、ブルーサーペントの放った水流ごと飲み込み、へし砕いたはずだ。
それだけではない。
レッドコブラが指を手繰ると、残りの2機、グリーンボアとオレンジアダーも砕けた装甲を再生させた。
「・・・なるほどね」
その悪夢のような光景にも、月斗は冷静に言い放つ。
「レッドコブラが、他のスケイルアーマーの支配権を奪い、その身体すら自在に操っている。鎧の再生もお手の物」
砕けた断面から、金属の意図のような物が、破砕した空洞を埋めるように反対側と結合し、元の鎧を構成する。
中に人間を内包しないからこそ出来る芸なのだろう。さすれば、今までの戦闘で出来たはずだし、ブラックパイソンに備わっていなければおかしい。
まさに、不死の戦士。
人間の介在しない理想の世界が誕生し、それに抗う存在が現れようと、あるいはその世界を維持できる。決して砕けぬ衛兵は、新世界維持の力として必要な存在なのだろう。
このままスケイルアーマーを砕き続けても、いつかはこっちが疲弊する。
それも強みとしてあるのだろう。疲弊することのない、老いることのない。まさに無敵の戦士。秩序を守る、鋼鉄の守護神。
図らずも、世界を救うという蛇ノ目の構想を色濃く体現したことになる。
「あの、赤い鎧を倒すしか方法はないってことね」
ラネットの鋭い目が、レッドコブラに向けられる。
3体の鎧をおもちゃのように操り、使役する隊長格を潰さなければ、永遠にスケイルアーマーは再生する。
3体のスケイルアーマーは無視して、レッドコブラにのみ照準を合わせなければ、攻撃は徒労に終わる。
「もうひと働きしてもらうけど、準備はいいかい?」
月斗の言葉に、ラネットはマイティブルームを回転させ、アイリスは花香剣を振るい、同意。
誰からともなく、足が地を蹴る。
それと同時に、迎え撃つように3体の操り人形が飛ぶ。人間の動きを逸脱した、関節の動きすらそれを倣っていない。
アイリスの黒腕が六刀を吹き飛ばし、ラネットの魔法が、残りの2体を攻撃範囲外にまで押しやる。
開けた道を黒い疾風が駆け抜け、瞬く間に間合いを詰める。
邪魔が入らないお陰で、最短距離でその姿を追える。
ブラックパイソンの黒い鎧に、力が収束する。
膝に高出力のエネルギーを迸らせ、月斗は地を蹴り、飛んだ。
掛け値なしに、力は絞り固められたはずだ。今までで、一番黒い鎧が自分の身体に馴染んでいた。
吐き出す力は、今なら星ですらも砕けそうな気がした。
そんな淡い幻想は、圧倒的な暴力によって組み伏せられた。
眼前に迫ったレッドコブラは、スパークする火花にすら脅威を見せず、感情の抑揚も揺らすこと無く。
月斗の足に伸びた真紅の腕。
前方に突き出る力の鉄槌が、その腕ごと前に押し砕く、はずだった。
赤い血液のように体表が鳴動する、静かなる力が蠢く。
全ての力を束ねるNo.1ですら、倒せると淡い思いを抱いていた。限界まで引き上げた力は、文字通り眼の前の壁となったスケイルアーマーを砕くと信じた。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
レッドコブラの五指が、ブラックパイソンの突き出した膝に触れた瞬間。
凄まじい、電流にも似た衝撃が月斗の膝から伝わり、その痛みに怯む間もなく身体が大きく揺るがせた。
それが、自身の身体が地面に叩きつけられたのだと気付く。
「ぐ、ああああっ!」
次いで、月斗の絶叫が木霊した。
ラネットとアイリスは目を見開いた。
地面に沈み込める五指ごと、月斗の左足を砕いたからだ。
「主の思想に賛同しない裏切り者は、粛清しなければなりません」
言いながら、もぎ取り、その手に収めた黒い鎧を手放す。美しい粒子となりて、それは中空に流れ、風に溶ける。
その『制裁』が、これか。
ブラックパイソンの強固な装甲すらも砕く握力は強力無比。
片足を奪われた月斗を置き捨て、アルテミオスは視線とその足の向かう先をラネットとアイリスへと向けたのだった。
長い夢を見た。
ぬかるみに足を捕られ、永遠に先に進めない感覚。そこは決して心地のいい場所ではなく、早く先に進まなければという焦燥感に反して身体は何故か、1ミリも動かない。
何か、大切なものを抱えていた気がする。
それは頭の隅に靄がかかったように黒く染まり、触れていたはずの手も、感触はない。
そんな、不安と焦りがないまぜになっか感情を溶かすように、前方に光が灯る。それが、目的地なのかはわからない。
光太朗は、その光の先に向かって、手を伸ばした。懸命に、見失わないように。
目を覚まさすと、そこは見知った天井だった。
蛇ノ目の研究所の天井。前にもこんな光景を見た気がする。
その時と違うのは、光太朗の視界に現れたのが、老人の顔ではなく、機械仕掛けの女性のロボットだった。
「お目覚めですか」
「・・・アフロディーテ」
その姿に、光太朗は安堵の息を漏らす。何か、悪夢を見ていたようで。見知った顔は、光太朗の心に安心感を与えた。
「手術は無事、終了。成功しました」
光太朗の身体を改造したのはアフロディーテだ。緻密で精巧な手術を必要とされる仕事には、機械の精密さが必要だ、と以前蛇ノ目は言っていた。
「・・・!みんなは!?」
そこで何かに気付き、光太朗は弾けるように身を起こした。
自分が気を失う前に起きたことが、鮮明に頭の中に浮かび上がり始める。
レッドコブラとの戦闘中、百合花は変身が解け。
全てを抉り取る灼熱の鉤爪が自分の腹部を攫ったのを思い出す。
思い返すと今でも怖気がする、自分の身体が失われる感覚。思わず自分の腹部に手を当てるも、そこは何事もなかったかのように、いつもの色が見える。
「そうだ、白崎は」
百合花は花の騎士の能力を失ったのだろう。それは、あらゆる衝撃を軽減する絶対保護領域の喪失に他ならない。
ナノマシンが散布され始めた大気に肌を晒し、呼吸をすれば。その先の結果は想像に固くない。
光太朗の問に、アフロディーテは眉を下げ、心配を称えた表情になる。
「百合花様は、上の部屋で隔離しております。我々に出来ることは、何もありませんが」
ナノマシンを生んだのは鷹村、それを除去できるのも、生んだ張本人なのだろう。
「お待ち下さい」
起き上がり、上に駆けていこうとする光太朗をアフロディーテが制する。
アフロディーテが、研究室内のコントロールを起動させ、手近なモニターを点灯させる。
そこには音声を示す光の波が表示され。
『目覚めたか、光太朗』
蛇ノ目の声に合わせ、波が揺れる。
『顔を合わせることの出来ない臆病者のワシを許してくれ。ワシは、まだナノマシンに侵され、気を失うことを許されない』
アフロディーテは目で研究室の奥を差し。そこはうず高く積まれた荷が。ガラクタや、ケーブル類でその扉を塞いでいる。その先にはかろうじて扉の跡が見える。
『鷹村の野望と止めるため、お前に新たな力を授けた。スケイルアーマーのデータが奪われ、それを転用されることを想像する前から考えていたことだ』
モニターに表示される戦の波の向こうに、蛇ノ目の顔を思い浮かべる。
『よく聞け』と、蛇ノ目が前置きをしてから。
『新たな力は、お前の身体を再改造した、スケイルアーマーの本来の力を引き出すものではない』
スケイルアーマーの本質とは、その力に対応出来る身体に改造して、初めて発揮できるものだ。だから、今まで光太朗はヴァイオレットバイパーの真価を引き出せずにいた。
これは賭けだ。
人間がその身体を機械化するよりも、完全自立のロボットに纏わせれば、それはより強固なものになる。鷹村のしていることは、ある意味蛇ノ目の理想の究極系だ。
これ以上光太朗の身体を機械化せず、それ以上の力を生み出す能力を授ける。今まで自分が思い描いていた理想を超えなければならない。実験も出来ない。ぶっつけ本番でそれを渡すのは、掛け以外の何者でもない。
もしかすれば、それにより光太朗は敗北し、世界は終わるかも知れない。
蛇ノ目から見れば、まだまだ子供の小さな身体にそれを背負わせる。大人のすることではない。
大人は子供を守り、未来を生きやすくすることに従事しなければならない。
スケイルアーマーは、そのためのもので会ったはずだ。
自分の不手際で戦いに巻き込み。申し訳ない気持ちで一杯だ。
隠し部屋に籠もったのは、新たな力の設計と精製でもある。だがそれ以上に、光太朗に合わせる顔が無かったからなのかも知れない。
向こうからはこちらは伺えない。だが、蛇ノ目からは研究室の光景が見える。
しばらく、パソコンの起動音が部屋に響き渡る。
「博士」
小さく、光太朗が自分の手のひらに視線を落とし、やがて右手を握り込む。
「ありがとう」
そう言って、踵を返すと、光太朗は一階に向かって駆け出していった。
アフロディーテの優しい眼差しが、封鎖された扉の方へ向けられる。
今の蛇ノ目の表情は、メイドロボにも見られたくはなかった。
しわがれた老人が涙を堪える姿など。
一階に足を踏み入れると、様々な感情を秘めた目が一転に集中する。
真っ先に涙目で光太朗の胸に飛び込んできたのは、一織だ。
よかった、と涙で塗れる声を、光太朗の胸元に吐き出した。
だが、光太朗の復活を喜ぶ者だけではない。
鋳薔薇と雛は、ひとつの扉の前で、その壁の無効に目を向けているからだ。
「・・・百合花さんが」
一織が震える声で言う。
光太朗は優しく一織の身体を話、扉の前に向かう。
鋳薔薇の顔は険しく、雛は今にもその顔を悲しみで決壊してしまいそうで。
光太朗は扉のノブに手を掛け、ゆっくりと開く。
薄暗い部屋の中に布団が敷かれており、そこに横たわるひとりの影。
毛布から覗かせる顔は、息は荒く。
胸を上下にさせて、息を吐いているすがたで、生きていると分かる。
その顔を見て、光太朗は心臓が跳ねる。
百合花の顔に、何か銀色の石のような結晶が浮かび上がっていたからだ。
ナノマシンの進行が早まったのか。
顔に浮き出た結晶は、やがて全身を包み込み。体内をも支配するのか。
気配を感じたのか、閉じるまぶたに抵抗するように、百合花の目が薄く押し上げられる。
「・・・神、野。くん?」
吹けば消えそうな声に導かれ。光太朗は百合花の元へと進み。
「・・・すまん」
光太朗は小さく、謝罪する。その言葉に、百合花は薄く、笑う。
「どうして、神野くんが、謝るの?」
「お前のことを守りきれなかった」
再度、くす、と笑みが溢れる。
「守って貰ったのは、こっちだよ。それに、私、まだ、生きてるし」
そう言う言葉すら、苦しそうで。
光太朗は、百合花の顔を見つめ、決意に満ちたように、立ち上がる。
「待ってろ。全部。取り返してくる」
そう言って、新たな約束を百合花との間に、刻んだ。




