ACT85・想いの先
連なる爆発音が空に繋がる。
マイティブルーム跨り、ラネットは空を駆ける。その後を追うように、レッドコブラの攻撃が連鎖する。
空中の指定した座標に、衝撃波を生み、咲かせる。その爆発は大気を掻き乱し、振動を伝う。
それから逃れるように、ラネットは加速。
赤い鎧は、確実に、的確にラネットを沈めようと狙いを定めている。
(・・・っく!)
ラネットは内心歯噛みしている。
機械という地上の技術と事を構えるのは初めてで、その冷たい目の奥底から放たれる、ただ眼前の敵を排除しようとする動きは、感じたことのない威圧感を放つ。
ただ、このまま見ているだけでも、攻撃を躱し続けているだけではない。
ここからが、魔法使いの本領だ。
「フラッシュミサイル!」
力ある言葉に反応し、宙で光球が生まれ輝く。粒子が押し固められたような数個の光球が射出。
眼下の赤い鎧に対して、様々な放物線を描くそれは高速で飛来。レッドコブラはそれを躱そうともせず、着弾。
巻き上がる爆炎。
「よっしゃ!」
思わずラネットは空中でガッツポーズ。
「気を抜くな!ラネット!」
風で嬲られるカバンのフラップがなびく中、鋭い言葉でロディマスが警告。
刹那。
眼前で熱が生まれ。
空中に球状の爆発が乱れ重なる。
その中を高速の一筋が飛び出し。
「・・・あっぶな!」
ラネットが身をかがめながら、跨がった箒が高速で空を走る。
衝撃波の渦流に飲み込まれる寸前、障壁を張りつつ加速。なんとか破壊の渦に巻き込まれる事態を免れた。
攻撃能力も去ることながら、特筆するべきその堅固さだ。こちらの攻撃魔法をことごとく相殺する。ラネットが攻撃魔法が不得手ということを差し引いても、目に余る強固さだ。何度も叩き込んだ攻撃魔法に崩れることなく、傷ひとつない鎧を維持する。
「地上にはあんな機械人形がゴロゴロいるの!?」
ヴァイオレットバイパーを始め、赤い鎧。視線を回りぬ向ければ、色こそ違えど他の鎧が地面に倒れ伏せているのが覗える。
「あれがこの地上の戦闘兵士の形ではあるまい」
カバンから顔を覗かせながら、ロディマスが言う。
もう少し、魔力を練り上げなければ、通らなそうだ。だが、これ以上の威力上昇には願いの欠片を持ち要らなければならない。それにしては、地上に流れる『気』が足りない。
この街全体が謎の病魔に侵食されているのに加え、空間が隔絶され、思いを宿す人間の絶対数が少なくなっているからだ。
「もうひとりの助っ人に時間を稼いでもらおう」
願いの欠片なにで攻撃魔法を練り上げるには、綿密な呪文構築が必須だ。
ロディマスのその言葉に、ラネットはあからさまに渋い表情。
「・・・」
その言葉に、ラネットは私ひとりでも、と言いたいところではあるが、この状況下ではのんびりしてはいられないのは確かで。ただ、得体の知れない女に助力を頼むのは気が引けるのだ。
「君にしては珍しいな。・・・嫉妬か?」
「誰がよっ!」
あのアイリスという儚げな雰囲気を宿す少女は、光太朗との繋がりを示唆した。ラネットと同じく、地上の異常を察知し赴いたと語った。その言葉の奥には、光太朗への心配を秘めているのだろう。
その行動の理由が、ラネットと通ずるもの。すなわち光太朗のため。
その少女は、百合花と似たような姿と剣を手にしていた。少なくとも敵ではないだろうという判断の元、光太朗の街へと導いた。
眼下では、光を称えた花香剣を手に、勇敢な表情と共に赤い鎧と切り結ぶ。
光の剣は、赤い装甲を切り裂くことなく、だが確実に硬質の響きと共に打ち合う。
薄紫の幻影を残し、翻るドレスが踊る。
レッドコブラが五指を開き、獣の顎が捕食するように、握り込む。
刹那。
アルテミスの眼前に衝撃波の螺旋が弾き出され。アイリスの身体は爆発の渦に飲み込まれ。
全てを砕き爆ぜる、衝撃波の回転。この距離では、防御も間に合わないだろう。
黒炎が流動し、アルテミスのセンサーが反応する。
光が黒煙を突き破り、無傷のアイリスが剣を突き出す。その光刃はアルテミスを捕らえた。
だが、アルテミスはほくそ笑んだ。
その異形の力は、自分たちのような機械には意味を成さない力だと見限ったからだ。
熱や雷を直接生む別の個体ならいざ知らず、その戦士の放つ光の刃は、闇を払う力でありながら、機械には無意味の攻撃方法だ。
あのNo.6が庇った女と同質の能力だろう。だから敢えて、僅かな隙を残し立ち回り、剣を誘った。
案の定、その光の剣は赤い鎧を透過するのみ。女の顔が眼前に迫る。この距離からは逃げられまい。
再度突き出す五指の行く先を計算し、アルテミスは力を込めた。
「やばいんじゃない!?アイツ!」
眼下で繰り広げられる戦いに、ラネットは思わず叫ぶ。
この距離、そしてアイリスが肉薄している状況では援護も出来ない。
吹きこぼれそうなほどの力の暴風。
全てを擦り砕く、螺旋の奔流。
大気すら巻き込んで、それは破裂した。
吹き飛んだのは、アルテミスの方だった。
地面に叩きつけられ、視界が一瞬乱れ、信じられないようなものを見る目で、反転した視界の先に、今しがたまで自分が攻撃しようとした少女を収める。
そこには。
右手に光の剣を構えつつも、悠然とアイリスは佇んでいる。
その左腕が、黒く、禍々しく変化している。白い肌の先に悪魔のように捻り上がった巨木のような、黒い粒子で形作られた巨腕が蠢く。
「・・・ちょ、なにそれ」
ラネットは、アイリスの側に着地。変化した魔神のような左腕を凝視している。
「・・・私は、闇の女王の、娘だから」
その言葉は、ラネットの疑問を解消するものでは無かったが、アイリスの顔は、それを疎ましく思うものではなく、むしろ誇らしげにさえ感じる。だから、それ以上は追求しなかった。
アイリスは元々は黒の花園の住人だ。闇を使役する力がある。それでも光に憧れ、光を求める心に花香剣が認め、相反する力がひとつの体に同居したに過ぎない。
振るう黒腕は、全てを吹き飛ばす、純然たる力だ。アイリスは、その光の剣が物理的な攻撃力を宿さないのを知っている。あくまで精神にのみ影響を及ぼす刃。光の剣さえ、この一撃のために布石にしたのだ。
「・・・この姿を、光太朗には見られたくなかった」
百合花たちの清廉な姿と異なり、今のアイリスは、闇の姿を色濃く残す。それはまるで花に侵食する害虫のようではないのか。
闇を照らす光の力。それと拮抗する、光を塗り潰す闇の力。それを持っている限り、自分は百合花と同等の力を持っているとは言えないのではないか。そう思う。
「・・・なにそれ。オトメゴコロ、ってやつ?」
ラネットはため息をひとつ吐き。
「アイツはそんなこと気にしたりしないわよ」
ラネットも、まだ長い付き合いではなく、全てをするには時間が足りていない。
「その力を使って、何をするかよ」
ラネットの真っ直ぐな瞳が、アイリスに向けられる。
ラネットは、全知全能の力を求めて道を誤った人間を知っている。偉大で強大な力だろうと、それは結局用いる人間の心に委ねられる。
あの赤い鎧、それを生み出した人間も、その力の使い方が間違っているからこそ、光太朗たちは止めようとしていたのではないのか?
だとすれば、信じるのは自ずと決まる。
アイリスは、ラネットの目を見つめ返す。丸く、澄んだ水晶のような宝玉がふたつ、ラネットを貫く。その表情には、感動すら宿っているように見えた。
アイリスの黒腕が蠢き、ラネットの身体を包み込む。
「あ、いや。あんまり大胆に巻き付くのは勘弁して欲しいんですケド」
黒腕は、熱くもなければ冷たくもなく、例えるなら冬のベッドの中の温もりのようで、抜けられない魔性の感覚を有していた。
黒腕から開放されたラネットは、マイティブルームを構え、前方へと視線を向ける。アイリスもそれに続く。光の剣と、黒い腕を残して。
瓦礫から立ち上がったアルテミスは数十メートルばかり吹き飛ばされるも、表情に陰りはない。
この異質な状況でなお、立ち向かおうとする人間を警戒しなければならなかった。データ不足という言い訳はするまい。ならば、それに準ずる対応をすればいいだけだ。
それだけの強さがこの赤い鎧にはある。
この鎧は、弱きを助ける理念のもとに生み出された技術。
違う。
その鎧は、この世界を治める英雄こそがふさわしい。
そして、その英雄は自分ではない。
全てのマイナス要因を排除した、穏やかな世界の誕生を完遂させた、我が主にこそ、相応しい。
自分はその傀儡。人形。手足に過ぎない。
恐らく、その世界の先に自分はいない。
それでも。
主の思いを遂げるため。
それが、自分の役目で、夢だ。
赤い鎧が脈動する。体表を巡る、発光する流線。それはまるで血管のように。
身体中を駆け巡る、様々な機械の鳴動。この時、自分は機械の身体なのだとつくづく思い知らされる。
鷹村は、アルテミスをメイドロボとしてではなく、最初からこのような目的で生み出したのではないのかと思う。そのために鮎川葵の血液を残し、この身体に注いだ。
鷹村が見ているのはその向こう側の葵の姿だろう。
胸の回路を疼かせる、謎の不具合。
それを、熱く流動する流れで焼き切る。
目の前の敵を倒せば、そんな不具合も解消される。
レッドコブラの出力を上げる。
スケイルアーマーの機能を最大限に顕現できるのは、自分しかいない。
邪魔者を排除し、悠久の世界へ。
アルテミスの五指が、怪しく動く。
放たれる波動が、周囲に異変をもたらす。
見えない何かが放射状に撒き散らされる。それは、ラネットたちには何の影響を及ぼさない。
だが、不快で肌を嬲るような悪寒が通り抜けたのは確かだ。
それの意味は、すぐに判明した。
遠くで倒れている、青、オレンジ、緑の鎧。
変化は直後。そのそれぞれの鎧の表面に亀裂が生まれ、瓦解。そして、流動体へと変化し、地面這うように滑り。地面にうずくまる人間の身体を残して、アルテミスの下へと収縮するかのごとく集まり。
「・・・嘘でしょ」
ラネットの乾いた声が漏れる。
ブルーサーペント、オレンジアダー、グリーンボアの3機が、レッドコブラに従属する兵士のように、立ちはだかる。
もっとも、後発のラネットとアイリスは、新たに現れた色違いの機械人形の名は知る良しもないが。
「この鎧は、これからの世界の統治者にのみ許されるものだ。その他の人間には、相応しくない」
アルテミスは特殊なプログラムを流し、遠隔操作にてスケイルアーマーを奪い取った。液状化し、再構築。
そして、アルテミスの支配の下、完全自立での独立。
生気のない目は傀儡同様。3体の鎧が機械的に構える。
「・・・お供の兵士に任せて、アンタは高みの見物?」
ラネットが3体の奥に紛れる赤い鎧へ厳しい視線を向ける。
「私達の本来の役目だ。この世界に仇なす存在は、例外なく排除する」
「あたしたちが世界に仇なす、ですって!?」
ラネット、そしてアイリスも、この世界に流れる不穏を感じて地上に出てきた。その根源が赤い鎧であることに疑いはないだろう。
「マスターの『予知』通りだ。異界から訪れし、この世界の話を乱す異形。スケイルアーマーは、それを排除するためでもある」
鷹村は、人類同士の諍いの他に、世界を乱す要因は、ここより異なる地から現れし存在も含まれていると予言した。
不可思議な現象や存在が、この世の理を乱す。
その力はきっと、人間の生活を壊す。過ぎたる力が増長させることもあるだろう。心を拐かすこともあるだろう。
機械の身体によるスケイルアーマーは、そのための戦士。心を動かされることのない世界を守る守護者なのだ。
事実。
人知れずこの世界に介入する存在はいた。
アンチホープ、ダスター。両者とも、人間の精神に執着する存在。それは人の心をかき乱す異形。そしてそれを振り払う花の騎士やスターセイザーも、アルテミスに言わせれば同じ異形だ。この世界に介在していてはならない。
「・・・アイツは、そんなことこれっぽっちも思っちゃいなかったわ」
ラネットの頭に浮かんだ少年は、ただ愚直で。
魔法という、人によれば甘美な響きを持つ力にも乱されること無く。むしろ、その力に溺れ、我が物の力を拡大する愚かしい人間に怒りを吐き出し、ラネットを救ってくれた。
紫色の鎧を纏った少年は、世界の憂いより、ひとりの少女の悲しみを救った。
「世界の平和も結構だけど、目の前の苦しんでいる人を丸ごと排除するやり口はどうかと思うわ」
「世界が機械化すれば、そんな些細な悩みなどなくなる」
ラネットの眉が、怒りで釣り上がる。
「あたしは!苦しくてもそんな世界で生きていくの!」
マイティブルームを回転させ、魔力の鼓動を膨らませる。
魔法使いという夢。それを阻んだ悪夢から救い上げたのは、光太朗だ。
その時の恩を返すのは、今。
恩だけではない、ここで踏ん張らなければ、魔法使いの沽券に関わる。
ラネットは、魔法使いの頂点。
リウィッチなのだから。




