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ACT84・リウィッチ×アイリスナイト

「・・・ラネット、?」

 映える赤い髪を揺らしながら杖を構える様は、絵物語に記される魔法使いのようで。翻るローブが、残る爆炎に揺れる。

 衝撃波に包まれたはずの状況でさえも、何事もなかったように数秒前と変わらない光景を留める。

 その原因は、その少女の技であるのは確かだろう。

「相変わらずシケた面ね。いいざまだわ」

 気を失うように目を伏せる光太朗に投げつけられる言葉と目は厳しく、だがその言動とは裏腹に、ラネットは穏やかな表情で安堵の息を吐く。

「どうして、ここに」

 百合花が震えた声で、聞く。

 ラネットはこの世界の住人ではない。

 マギアスでも、宇宙の彼方の人間ではなく。ここより別の世界に住む少女だ。

「この地に漂う『気』の流れに異常を感知したの。予想通り空気は淀んで、『願いの欠片(ウィッシュガスト)』の流動も滞ってる」

 その原因の一端が、眼の前で悠々と立っている赤い鎧に在るのは疑うことはない。

「ラネットに心配ようと言ったら無かったぞ」

 ラネットの肩掛けカバンが盛り上がり、中から犬が渋く深い声を発する。

「ロディマス・・・!」

 もはや、犬が喋ることでは驚かない。初見の反応も慣れたものだ。

「だ、誰が誰を心配してるって!?」

 ラネットは顔を赤く染めつつも、ロディマスをカバンの中へ送り返そうと手で押し込める。だが、ロディマスはそれに抵抗し、柔らかな頭部にラネットの手が沈み込むのみで留める。

 願いの欠片(ウィッシュガスト)とは、人と人との間に流れる力の源泉。

 水晶花(フロスタル)やスタープリズムのように本質は同質でありながら、個々が持つ力ではなく、誰かと誰かの気持ちが結びつく時に発現する力。

 それが滞るのは、恐らくナノマシンによるものなのは想像に固くない。

「こっちに来てれば、不穏な空気で淀んでるじゃない。ただ事じゃないのはすぐに理解したわ」

 ラネットは冷静な顔に戻り、前方から視線を外さず。

「それより、ラネットは大丈夫なの?」

 それは、この世界が以上たる理由。ナノマシンは人体内に吸入されると、体内から機械の身体に変容させる。変身が解けた百合花を襲うのは、時間の問題だろう。

「うん、大丈夫。ここに来る前に保護の魔法を掛けたから。アタシを誰だと思ってんの?」

 心配いらない、と言わんばかりにラネットは自慢げに破顔する。

 と、その表情にシワが寄り。

「・・・それより、アイツ、誰?」

 ラネットは親指で、後方を指し示す。てっきりレッドコブラ、すなわちアルテミスに対しての疑問を投げかけたのだと誰もが思っていたからだ。

「コータローの名前を知っいてる妙な女と出くわしたんだけど」

 百合花だけでなく、その場の全員が指先を見る。

 そこには。

 淡い紫色の髪を揺蕩せた、儚げな表情の少女が佇む。手には、一振りの花香剣(フレイバー)を携えて。

 その姿に見覚えがあるのは百合花、鋳薔薇、雛だ。

「アイリス・・・!」

 それは、百合花たちが戦った相手の忘れ形見。

 闇の女王デュミルアスの娘にして、光の力を授かった騎士。その手に握られた花香剣(フレイバー)がその証拠だ。

 アイリスはふわりと音もなく跳躍すると、光太朗の傍らで着地。

 傷を穿ち、意識を失う光太朗に優しく指で触れ、表情を曇らせる。

 戦いに疲れた戦士を労うように。

「ちょ、なに気安く触ってんのよ!」

 アイリスの行動に、ラネットは憤慨し

押し迫る。その白磁器の少女の手が、慈しむように光太朗の身体に触れたからだ。

 真っすぐで、無垢な瞳がラネットを見る。

「・・・私は、闇の中で生まれても、光の中で生きていていいんだと光太朗に教えられた」

 そう、小さくも、力強さを秘めた言葉で、言う。

 それは黒の花園(ヘルバイラル)に生まれし者の宿命だった。闇の中でしか生きられる、光を憎む。

 それを光太朗が変えた。その世界を変えた。

「今度は、私が助ける番」

 地上に流れる不穏を、黒の花園(ヘルバイラル)も察知し、動いた。

 手に入れた花香剣(フレイバー)は、そのための力だと思っている。

 今度は、自分が光で導く。アイリスナイトと名乗り、助ける。

「あ、アタシだってねえ!コータローには、その。お、恩があるからっ!」

 何故か張り合おうとラネットが声も一際高く。冷静な表情を崩さないアイリスに詰め寄る。

「私も、数え切れない」

 アイリスも張り合うように、強い目を差し向ける。

 呆気に取られているのは一織と夜宵だ。

 ラネットとアイリスと面識のないふたりは、いきなりの闖入者に目を丸くさせている。

 夜宵は口元を小さく歪め、

「・・・なんなの?以外に隅におけないじゃない」

 苦悶に歪む光太朗の表情に目を向ける。

「・・・ちょっとどきなさい」

 ラネットは、アイリスを半ば強引に押しのけ、指先に生まれた光を伴う文字を手繰る。その淡い光に包まれた手のひらを、光太朗の抉れた部位にかざす。

 その場にいた、ラネットとアイリス以外の表情が驚きに溢れた。

 まるで波打ち際に穿った穴を、波がさらい、下に戻るように。

「・・・傷が、塞がった」

 雛が目を丸くして、言う。

「言っておくけど、傷を塞いだだけだから。重体には変わりないわよ」

 さも当然、と言わんばかりにラネットは傷の再生をやってのけた。だが、体内に流れる血は戻らない。これ以上の出血を押さえただけだ。

「つーわけで、アンタらはその重体人をとっとと運んで。ここはアタシたちが引き受けるから」

 ラネットが自信に満ちた表情でマイティブルームを回転させ、アイリスも花香剣(フレイバー)を構える。

「・・・ここは、彼女たちの言葉に従おう」

 鋳薔薇が、未だ寄り添う百合花に促すように。この場に残っても、出来ることはない。するべきことは、光太朗を救うことだ。

・・・それに、百合花と同じタイムリミットが自分たちにも迫っているかもしれないのだから。

「んじゃ」

 雛が花香剣(フレイバー)を振るい、光太朗の全身を黄金色の鎖でぐるぐる巻きにし、捕縛。赤い鎧の見える遠間に一瞥。光太朗を回収することを阻止する動きは見えない。

「君たちはどうする」

 鋳薔薇が一織に向かって問いかける。

 一織は僅かな逡巡の後、

「・・・私達も、戻ります」

 その言葉の意味は、光太朗への心配からだろう。だから、夜宵も咎めなかった。

「僕はここで殿を努めよう」

 ブラックパイソンはここに残る選択。

「なんなら、アンタたちが戻る前にケリを付けてあげてもいいわよ」

 ラネットは、よほどの自信が在るのだろう。レッドコブラの強さを知らないがゆえの無知に思えるが、衝撃波を防いだ能力からその自信に疑いはない。

 光太朗を伴い雛が先行し、百合花を抱えた鋳薔薇が続き。一織と夜宵がそれを追う。

 意識を失ったひとり以外は、感じ得ない敗北感を抱えながら、追う様子も見せない赤い鎧を遠くにしながら、廃屋を飛び越え、その場を去った。


 蛇ノ目の研究所で出迎えたのは、アフロディーテだった。

 すぐさま光太朗を引取り、手術室へと向かった。

 家の中に足を踏み入れる。全員の背中は、どことなく後ろ暗い雰囲気で丸くなっている気がした。

 色々なことが起こりすぎて、誰が何を言葉を発するのかできないでいる。

 それよりも心配なのは、百合花だ。絶対保護領域(アブソルトテリトリー)の加護の解けた百合花は、鷹村の放ったナノマシンの危機に晒されている。今ななんともないようだが、いずれ身体の中で明確な変化が訪れるだろう。

 花の騎士(プリマエクス)の時間制限終了に加え、さらなるタイムリミットが課せられたことになる。

「いばらっち。私たちだけでも戻って、加勢しないと」

 雛は廃病院に戻り、戦闘に加わることを提案。ラネットとアイリスの強さが知れないのもある。 それに、早くこの事態を収縮させなければ、百合花は・・・。

「焦るな。行ったところでどうにかなるものでもない」

 それに対し、鋳薔薇は冷静になるよう留める。

 レッドコブラの文字通り機械的な動き。スケイルアーマーの潜在能力を余すこと無く吐き出せるのは伊達ではなく。

 圧倒的な攻撃力。強さ。

 こちらは百合花という力を欠き。

 数的には有利にも関わらず、光太朗は傷つき。

 酷な考えだが、面識のないラネットとアイリスは時間稼ぎ担ってくれればいい。こうして、対策を考える時間が出来た。

「・・・それにしても、なんで私達はまだ花の騎士(プリマエクス)の力が消えていないんだろ」

 百合花の方へ視線を向けながら、雛が言う。鋳薔薇と雛は、まだ花の聖飾(アルマドレス)を纏えている。

「それは、資格を得た順が百合花よりも後だからだろう」

 その場にいない声が聞こえ、視線を集めた先に半白半黒に頭髪が分かれた少女が現れた。

 ニアだ。

 地上に置いて人型なのは珍しい。

花の騎士(プリマエクス)になったのは、百合花、鋳薔薇、雛の順だ。タイムラグが君たちの中で在るからだろう」

 それが事実ならば、次は鋳薔薇だ。

 一織は人型の少女の正体が半白半黒のネコだと知り、目を見開いた。

 どの道、無慈悲な時間制限があるのは変わりがないようだ。

「この世界に流れようとする異形の粒子の流出は、我にはどうにもできそうにない」

 ニアは鷹村の計画を知った際、人体に影響を与えるナノマシンの制止を考えた。だが、技術体系がまるで違う科学面において、グランティールの神官には手に余る、どうにもできないことだった。

「だが、ナノマシンの拡大を防ぐ策は講じた」

 ナノマシンは、本人である鷹村以外には停止も消去もできないだろう。改めて自分の管轄外の出来事だと思い知ったことでも会った。

「少々強引な手だが、この七色町を丸ごと別空間に転移させた」

 その荒唐無稽さに、その場にいた全員が驚愕した。

「この街を地上から切り離せば、ナノマシンがこの街を超えて蔓延することはない」

 少々手間は懸かったがな、とニア。

 事実、膨大な根回しが必要だった。

 マギアスの住人である神官が、地上に干渉することは異例で、稀だからだ。

 必要以上に異なる世界に関わってはならない、それは異世界に住む住人の常だ。

 花香剣(フレイバー)が認めた人間以外のために尽力することは基本的にはない。

 百合花たちのことを抜きにしても、ここまでやる必要も義理もない。これは自分の世界ではない、はるか遠い世界で起きた事態だからだ。ナノマシンの影響は、マギアスには起こらない。

「・・・なんで、そこまで?」

 鋳薔薇の問いに、ニアは薄く笑い。

 光太朗の運ばれて行った部屋の奥へ視線を向け。

「奴のため、という理由にするのは簡単だ。奴は、今の今までも、我との約束を守った」

 いつか、光太朗が己の境遇に悩み、もがいていた時。アンチホープとの戦いの中、百合花が光太朗を身を挺して守った時があった。

 その後、ニアは光太朗に言った。

 今後、百合花を傷つけることがあれば許さない、と。

 恐らく、光太朗はそこまで考えてはいないだろう。大方、本能的に身体が動いたように思う。相手が誰であれ、きっと助けに入ったに違いない。

 だからこれは、自分の最大限の謝辞だ。

 今までマギアスに関わってきた恩を、自分も返したいと思った。この世界を覆う闇を払う一握になればいいと。

 タブーとされるマギアス以外への神官の介入を侵してまで。

 エリフォリア女王も、それを許可してくれた。

 その時。

 じじっ、と電波が乱れるような音が鳴り、部屋に響き渡る。ざざー、とラジオのようなノイズが続き。

『・・・ああ、聞こえるかね』

 蛇ノ目の声が流れてきた。

『ワシは今、この研究所の秘密の部屋に隔離しておる』

 ナノマシンの影響の及ばない、完全に遮断された部屋だと告げて。

『皆の前にも姿を表さない臆病なワシを許してくれ。ワシはまだ、ナノマシンの影響を受けるわけにはいかない』

 声だけで、謝罪の意を示す。

『光太朗への手術はアフロディーテへ任せてある。その点に関しては問題はない』

 最初のこの研究所に運ばれてきた時も、光太朗に手術を施したのもアフロディーテだからだ。

『ワシは、鷹村と残るスケイルアーマーの存在が明らかになった時から考えていたことがある』

 6体のスケイルアーマーは、災害救助、人命救助のために蛇ノ目が生み出したパワードスーツ。若い頃の理想を、熱い思いをぶつけるように設計図面にたたきつけていたあの頃。スケイルアーマーは、自分の夢で、魂だ。

 それを、奪った鷹村が戦闘用に作り変えた。

 スケイルアーマーが真価を発揮するのは、人体が機械による助力を得た時のみ。今の技術では、災害に耐えうる重量を、人間の身体では耐えられないからだ。

 その時、眼の前に現れた都合のいい被験体。

 蛇ノ目にとって、光太朗はそれ以上でもそれ以下でもない存在だった。ヴェノムクラスタの実験台にして、隠し場所。

 だが、光太朗の置かれた状況などを知った時、生きる希望を与えたくなった。

 光太朗への改造を、生きていくために必要なもので留め、完全に機械化をしなかった。この少年がこの先普通に生きていくための道を閉ざしたくなかったのだ。

 人体の機械化は、人間の新たな可能性を切り開くだろう。

 怪我や病。

 それこそ鷹村とベクトルこそ違えど、人間の命を補助する思想だろう。だが、それで永遠の延命を夢想しようとは思わない。あくまでその人間に寄り添い、支える技術であればそれでいい。

 人間の命を、世界の安寧を逸脱する鷹村は、止めなければならない。

 機械化による統一など、平和ではない。機械の奴隷だ。

『ワシの最後の発明を、光太朗に施す』  

 決意を込め、蛇ノ目は力強く宣言した。


 スケイルアーマーの思想は、完全独立。外付けの兵装を伴わない、単一での活動が可能なパワードスーツ。

 そのアーマーに備わった能力のみで世界にもたらされる災を振り払う目的に造られた。

 それ故、その力を人間に押し込めようとすると、凄まじい負荷がかかる。そのための機械化だ。

 誰の手も煩わせない。

 ある意味、蛇ノ目も誰かに心を許すことなく。誰かが傷付くことを必要以上に恐れ。

 その思いは鮎川葵の一件があった時からより一層強まり。

 傷付くのは、スケイルアーマーの本来の操者である蛇ノ目が請け負うつもりだった。

 だが、長い研究時間。自分がそのアーマーを纏うには、身体も、年齢も追いつかなくなった。

 夢が頓挫仕掛けた時、光太朗に出会った。

 光太朗は、常に誰かを守るために奮闘した。

 仲間、友人、家族。

 そして蛇ノ目の想いすらに対しても。

 そう。

 その行動原理の奥底には、常に『誰か』がいた。

 それを、自分は忘れていたのかもしれない。

 誰かを助けたい。誰かを救いたいという思いを。

 それは、きっと強い力となる。

 理論や数値では測れない。全身を機械化しただけでは辿り着けない。

 科学の技術を超越した、力だ。

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