ACT83・喪失
ブラックパイソンですら対等ではないその戦いに赴くのは、愚かだと思うだろう。
そうではないのだ。
だからといって退く選択肢はない。
確かに、光太朗の身体はスケイルアーマーを動かすには不十分で、未完成で。
その代わり、仲間がいる。頼りになる仲間が。それが、自分の力を本来のものより何倍も、何十倍も高めてくれる。
人は、ひとりでは生きていけない。
仮にナノマシンで覆われた世界で世界を統べる王になったとしよう。
死も、病も争いも超越した世界で、たった数人で世界の王を気取るのか。
自分じゃ、耐えられない。
例え残酷な運命を背負ってでも、この世界でそれを背負って生きていく。
『来るぞっ!』
蛇ノ目の声が響く。
レッドコブラが、右手の五指を鉤爪のように蠢かせ。
『コブラバイト』
電子音声が響き渡り、何かを砕くように拳を握る。
瞬間。
大気が収縮し、空間が圧縮される。 空気だけでなく、その影響は地面にも及び、球状の見えない何かで抉られ、アスファルトには皿状の跡が穿つ。
ひええ、と一織はその光景に青ざめる。まともに喰らえば、粉微塵になって消滅するだろう。
『私の目が黒い内は、君の身体に傷ひとつ付けることはない』
「何ドサクサに紛れて一織ちゃんに甘い言葉を掛けてんのよ!」
夜宵のお門違いな怒りにカオススターは辟易しつつも、赤い鎧への警戒は怠らない。
『衝撃を圧縮させ、周囲を抉る。脅威では在るが、それだけだ』
分析するその言葉は冷静。不可思議な力を有していないだけ、単純でわかりやすくもある。
だが、やはり威力は凄まじいのは確かだ。地面を砂場で作った城を砕くくらいに容易だ。人に浴びれば、ただではすまないだろう。ここにいる人間は、身体に何らかの保護が在る。しかし、その衝撃波の威力を身を持って確かめる気にはなれなかったが。
黒い閃光と赤い波動が相殺する。
今、この場において、ある意味レッドコブラと対等に渡り合えるのはブラックパイソンぐらいだろう。
打ち込む連撃を、レッドコブラは冷静に全てを捌き切る。返す攻撃を、ブラックパイソンは軽い身のこなしで躱す。
破壊をもたらす衝撃波が放たれ、ブラックパイソンは間合いを取る。
それと入れ替わりに飛び込んだのは光太朗だ。死角から放たれたパンチにもレッドコブラは的確に対応。
拳を付き合わせる度、衝撃波が周囲に撒き散らされる。
レッドコブラが右腕を引き、五指を再度鉤爪のように蠢かせる。
『コブラバイト』
形あるもの全てを砕く、破砕の爪。
その赤い腕が突き出された瞬間、光太朗の眼前で視界が歪み、破砕音と共に白煙を伴う爆発が巻き起こる。この距離で放たれれば、いくらスケイルアーマーだろうとどうなるかの保証はない。
レッドコブラが反応する。放った衝撃波の中に硬質のモノは無かったからだ。
白煙を激しく流動させ、紫の影が踊る。
『バイパーストライク』
目隠しの流煙の中、力を収束させ、放つ。
それを寸前のところで足で受け止め、直撃を免れる。即座に反応したレッドコブラが腕を振るう。
『触れられるな!』
蛇ノ目の助言が早いか、光太朗は跳躍して躱す。その腕に触れられれば、人外の握力により、鉄だろうがバターのように挽き潰される。
だが、何より不可解だったのは放たれた衝撃波の中に置いてもヴァイオレットバイパーの装甲が傷ひとつ付いていないことだった。それどころか、傷ならまだしも、その爆風にさらされれば地面に足を付けていることなどできない。例外なくその爆発範囲に居れば、その身体を爆風により遥か後方に吹き飛ばされることになる。
光太朗は攻撃に怯むこと無く、責めを再開させる。アルテミスのセンサーの捕らえるその動きは、恐れること無く立ち向かってくる反応を示す。
(・・・なるほど)
横目で見たアルテミスは合点がいった。ヴァイオレットバイパーが恐れること無く立ち向かってくる理由。
光太朗の後方から寄り添うように、付き添うように。並走する影の守護があってのことだろう。
不可思議な術を用いて、衝撃波の威力を相殺したのか無効化したのか。どちらにせよ防いだ。
百合花だ。
『聖光盾』により、物理的なダメージは全て防ぐ。
光を編み込んだ、眩き力の盾。
同じ花の騎士の能力を有していても、百合花のそれは鋳薔薇や雛とは一線を画す。
燃え盛る熱さ、刹那の電撃は物理的な攻撃力を生む。だが、百合花の光の能力は物理的なダメージを与えない。
それは、百合花の能力が生命の精神に干渉して、初めて効果を及ぼすものだからだ。
それは、純然たる花の騎士の本質とも言える。だからこそ、アンチホープへは絶大な攻撃力を示す。
アルテミスが機械であるならば、その能力は針の一撃にも満たない、意味のないものに成り下がる。この場においては攻撃力に加算もされないだろう。
だからこそ今は。光太朗をサポートする役に徹する。握り込んだ花香剣を取り零さないように。
その目で光太朗の動きに神経を巡らせ、離さないように。
全ての力を彼を守ることに注ぎ込む。これが、今の自分に出来ることだからだ。
「凄い・・・。百合花さん、お兄ちゃんの動きが分かっているみたい」
一織の言葉通り、百合花は光太朗に付かず離れず。その動きを追っている。
拳を打ち合うその動きにシンクロするように、花香剣から放たれた光でフォローする。
放たれる『光破弾』も、目くらまし以外の意味を成さない。
高性能なアルテミスのセンサーの前にはそれすらも無益なものなのかもしれない。だが、一瞬。光太朗は息を整えるくらいの時間は稼げればそれでいい。
親友である一織と夜宵以上に、その連携は淀み無く。
相変わらず打ち合う攻撃の応酬は膠着を示しているが、どこかで必殺の一撃を叩き込まなければ事態は好転しないだろう。光太朗はその隙を伺っている。
機械ゆえ、疲労も躊躇いもないその動きの中。針のような隙間を狙いつつ、光太朗は肉薄する。
「すごっ、ゆりかっち!」
雛も、その目まぐるしい動きについていく友人の献身に目を丸くする。それは自分たちの思い出の中では見せたことがなかった動きだ。
3人の中で、百合花は一番最初に花の騎士になった。
それ故、責任感からか、アンチホープとの戦いでは先陣を切ることが主だった。
文字通り、光太朗の背中を守るが如く、ドレスを翻し、駆ける。
「援護に入る?」
その問いに、鋳薔薇は表情に警戒を宿したまま首を静かに横に振る。
「私達は控えに回ろう。何が起きるかわからないからな」
その言葉は、百合花だけでなく、自分たちの身にも起こり得るものへの警戒だった。
人間たちが何かを狙っているのは薄々分かっている。必殺のモーションパターンでの一撃を狙っているのだろう。
No.1は、攻撃力に特化した能力に改修した機体で、防御力に不安は残るが、完全な力を引き出せていない個体の攻撃を受けたところで、それが効くかは甚だ疑問だが。
何より鬱陶しいのは、それを補助するかのような不可思議な攻撃だ。
防ぐことをするまでもない脆弱とも呼べない攻撃だ。だが、センサーが僅かに狂う。優れた機体は、眩しい光を鋭敏に追ってしまう。それにより、No.6の攻撃への反応が僅かに遅れる。
修正は容易だが、その僅かな時間の蓄積が、No.6に攻撃の隙を与えてしまう。
問題ない。
さしたる些事でもない。
アルテミスは右腕の五指を蠢かせ、全てを抉り取る破壊の力を込めた。
それは、光太朗の攻撃の隙をフォローしようと百合花が動いた時だった。
光太朗の右足に撃ち貫く力が収束されたのに気づいた。
百合花は花香剣に光の剣を纏わせ、振るう。光破弾よりも直接的に、それが微々たる力にならなくとも、少しでも光太朗の助けになれるように。
迸る白筋を束ね、巨剣へと変貌した光を振るい、百合花が駆ける。ちょうど、アルテミスは光太朗と百合花に挟まれた形になる。
アルテミスは、背後の閃剣を構える少女を気にしつつも、そちらには取り合わないつもりだ。その光での攻撃が、自分の身体に何の意味をもたらさないのを知っているからだ。本命であるヴァイオレットバイパーの攻撃にのみに注視すればいい。
鎧の足が地を削り、力を放つ。
アルテミスは前方に、引き絞った腕を突き出し。力の奔流を纏わせる紫色の鎧を迎え撃った。
その時は起きた。
百合花の身体が硬直する。
構えた花香剣から光が消失し。
それは百合花自身が変化に真っ先に気づき。
纏う力が解け。
純白の花をモチーフにしたドレスは空に消え。
その変化は、光太朗にも伝わった。
ニアが言っていた、いずれ訪れる花の騎士の能力の消失。
光太朗は内心歯噛みする。
このタイミングで・・・!
その異変に、アルテミスも気づいた。
風にはためく、纏うドレスが力の根幹なのだろう。
原因は知らないが、反応する力が消えた。
アルテミスの五指の行方が、光太朗から百合花に向けられる。
厄介な存在は、先に消す。力を失い、こちらの攻撃が阻まれないのなら尚更だ。
今の百合花に、アルテミスの攻撃を防ぐ術は、ない。
破壊の狂気の矛先が変わる。
全てを掻き毟る、破壊の一撃が、無慈悲にも百合花に放たれた。
赤い衝動が眼前に迫る寸前。
百合花の視界は反転し。
背中を伝うのは硬いアスファルトであるらしい。
だが、それすらも何かに守られ、百合花には僅かな衝撃が伝うのみだった。
何かに覆いかぶされていることに気付き、霞む視界の中、身を起き上がらせようとする。
紫色の鎧。光太朗が百合花を庇い、倒れ込んでいるのは容易に想像できた。
そのことに、一瞬顔が沸騰しそうになるのを別の感情で塗り潰された。
「・・・神野、くん?」
問いかける言葉が虚しく消える。
光太朗の腹部が、齧られたように消失しており、赤く、粘性の物が滴っている。その飛沫が周囲に撒き散らされ。
「・・・抉りそこねた」
その冷たいアルテミスの声で瞬時に何が起きたのかを察する。
力の失った自分をかばって。
「くそっ!」
遠くで月斗が吠え、駆ける。容赦なく追い打ちをかけようとするアルテミスを黒い疾風が阻む。
「神野くんっ!」
百合花は、顔面蒼白になりながら、光太朗にすがる。
何かが砕ける音がして、光太朗の全身を覆う紫色の鎧が瓦解し、美しい輝きを備える粒子となって、空に解ける。
変身が解けたことにより、腹部の空洞があらわになり、傷跡も露出する。
「嫌あっ!神野くん!」
取り乱したように言葉を吐き、服が血液で塗れることも厭わず百合花は髪を振り乱す。
「まずいぞ!」
鋳薔薇の焦燥は、百合花の力が失ったタイムリミットでも、光太朗の負傷でもない。
絶対保護領域の守護から解き放たれた百合花は、地球機械化計画の中に突き落とされたことになるからだ。
「百合花っ!離れろ!」
このままでは、百合花も機械化してしまう。
「神野くんがっ!」
涙目の一織と苦悶に歪む顔を称えた夜宵が光太朗の側に駆け寄り。
「スタープロテクションを掛けるわ」
傷跡を星の力で守る。だが、守るだけでそれが治癒するわけじゃない。だが、今はそれしか思いつかない。
「アンタら!完璧を謳うなら、なんとかしなさいよ!」
夜宵は、一織と自分に宿る力に怒りをぶつける。
「・・・生命を覆すのは、完全であろうとも叶わぬ夢だ」
無念を滲ませた口調でアビススターは言い、それに対して、夜宵は舌打ちで返す。
「いい具合に固まってくれたな」
アルテミスが無感情に言う。光太朗を心配するがあまり、全員が一箇所にまとまる。全員が、射程範囲だ。
「くっ!みんな、ここは退けっ!」
アルテミスに攻撃をしながらも、月斗は警鐘を吐く。今、衝撃波を放たれたら、全滅もあり得る。
「・・・息はまだある。彼を退避させるべきだ」
鋳薔薇も雛も、百合花の後を追う末路を辿るかもしれない。悔しいが、ひとりの命を天秤に掛けてまで留まる選択肢はない。
「ぐっ!?」
アルテミスから放たれた衝撃波に月斗は吹き飛ばされ、その身体を地面に沈めた。
「この世界を清浄に導くのは、マスターの想いがあってこそだ。誰にも邪魔はさせない」
アルテミスの右腕が、力で渦巻く。収縮された力は、本来の意味を逸脱した、破壊を生む。
念願の、穏やかな世界で。
機械である自分の生きる意味は、鷹村の思い描いた世界の先にある。例え、自分が誰かの身代わりに造られた存在でも。
隣に置いてもらえたその幸せを噛み締めつつ。
アルテミスは右腕の力を開放した。
爆発は、駐車場を丸ごとを吹き飛ばすほどの規模だった。
遠くに構える病院棟の窓すら砕き、木々を大きくしならせ、砕く。
瓦礫が悪風に嬲られ、吹き飛ばされ。
変身の解けた生身の人間なら、絶命はされど、大事は免れないだろう。例え防げる人間も、己で精いっぱいだろう。
少なくとも、スケイルアーマーの適応者を消せればいい。
世界の輪廻を支配する存在は、ひとりでいい。文字通り、機械的に、恒久的に世界を統制し、支配する。
穏やかなる平和な世界が訪れる。
瓦礫を伴う黒煙が風に流され。
解ける煙が晴れてゆく。
アルテミスのセンサーに反応あり。
・・・殺し損なった。
出力は完璧だったはず。
問題なのは、爆発の中心部にいた人間全ての位置がそのままだったことだ。
負傷こそすれ、そのままなのは不可解だ。多かれ少なかれ、軽い人間の身体など簡単に吹き飛ばされるはず。
煙が完全に晴れ。
そこにいたのは。
「・・・久しぶりに会ったってのに、死にそうじゃない」
不敵な笑みを浮かべたその少女は、アルテミスのデータベースにはない人間だった。




