表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
82/99

ACT82・赤い聖蛇

「あなたたちのボディーガードは全員退けたよ」

 月斗が病院棟の上に陣取るアルテミスに向かって言う。

 機械の能面は、繰り広げられた戦いの結果にも眉ひとつ動かすこと無く冷静を貫く。その表情はどんな意味を宿しているのかはわからなかった。

 光太朗。百合花。

 一織。夜宵。

 月斗。

 そして、鋳薔薇と雛の助力により、全てのスケイルアーマーを下した。

 周囲には、地面に倒れる様々な色の鎧が倒れ伏せている。立っている鎧は紫と黒のみ。

 その時。

「・・・ぐ、うう。くそっ」

 悪態を零しながら、瓦礫を掻き分け、青い鎧が起き上がろうとしている。

「このオレがッ!あんなクソガキ共にッ!土を付けられるはずが無えッ!」

 ブルーサーペントが怒りの言葉を撒き散らしながら両腕を震わせている。

「改造を施したんだ!人生を掛けて!この世界を支配するためにィッ!」

 ナノマシンが撒き散らされた世界で生きていける権利を持つのは、スケイルアーマーを纏う者のみ。

 世界の支配。そんな甘い言葉で呼び寄せられ、青い鎧を纏い。

 そんな野望を、たったふたりの子供に阻まれた。怒りを湧き上がらせることを押さえられるだろうか。

 強い言葉で一織と夜宵に鋭い視線を向ける。

 大丈夫。まだ身体は動く。ここで全員ずたずたに打ち砕いて、世界を鈍色の帳で包むのを待つだけだ。

 ブルーサーペントの側で空気が動くのを感じる。視線を横に滑らせると、アルテミスが上空から下に降り立ったところだった。

「・・・心配するな。すぐにゴミ共を片付けてやるッ!」

 アルテミスの方向も見ずに、ブルーサーペントは闘気を滾らせて四肢を蠢かせる。

 だが。

 その場にいた全ての人間が驚愕に目を見開いただろう。

「ぐがっ!?」

 ブルーサーペントが、凄まじい勢いで頭部から地面に叩きつけられる。

 揺れる視界の中、ブルーサーペントは目だけを上方にねじ向ける。

 アルテミスが、ブルーサーペントの後頭部に手を掛け、そのまま下方へ押し付けたからだ。

 全身機械化、スケイルアーマーの力を伴いながら、ブルーサーペントはその力で抵抗できず、地面に縛り付けられる。

「なんのつもりだッ!デク人形ッ!?」

 もがくも、一見細腕のアルテミスの戒めから、抜けられない。

「・・・もう、あなたたちの役目は終わりました」

「・・・なんだと!?」

 不穏な言葉に、眉をひそめる。

 ブルーサーペントを始め、スケイルアーマー所有者はこの先に起きる、地球機械化を完了した世界の統治者としての権利が与えられるはず。

 争いも老いも死もない。悠久の平和な世界。

 得た力を振るえないのは不満な部分だったが、世界の統治者という甘美な響きは何者にも勝る。この世界で意思を持って立っていられるのは数人のみ。だから、改造を引き受けた。だから協力したのだ。

 それがもう役目は終わりだと?

 アルテミスはただ冷たい目でこちらを見下げている。沸騰しそうな頭の中、ブルーサーペントは身体を起き上がらせようとするも、指先程度に触れた状態でも動くことすらできない。

「言葉通りの意味です。では、さようなら」

 抑揚のない言葉の刹那。

 その場にいた全員が戦慄した。

 アルテミスの手刀がブルーサーペントの腹部に突き刺さり、数回えぐった後、ゆっくりと何かを伴い引き抜いたからだ。

 それは、硬質の結晶。

「・・・ヴェノムクラスタ」

 月斗が呟き。

「なんでだ、仲間じゃないのか」

 ヴェノムクラスタを引き抜かれたブルーサーペントは、その身体を覆う青い鎧が剥離していき。

 だが、その下に現れた肉体に息はないのか、身動きひとつしなかった。

「僕たち完全機械化した肉体は、ヴェノムクラスタを心臓としている。それを引き抜かれれば、生きてはいられない」

「・・・じゃあ」

 月斗の言葉に、光太朗は震える声でその先を問う。

 その答えは、地面に打ち捨てられたブルーサーペントだったものの、身じろぎひとつしない身体が示していた。

 一織は口元を押さえ涙目で。そんな彼女を庇うように、夜宵が守り。

 百合花は嫌悪に表情を歪め、鋳薔薇と雛も同様で。

 何より、簡単に命を終わらせることができる、無慈悲さに怒りを覚えた。

『・・・光太朗。少し話をさせてくれ』

 蛇ノ目の言葉で、光太朗は冷静さを取り戻した。

 怒りを押さえつけるように、光太朗は外部スピーカーを接続する。

『聞こえるか、鷹村』

 光太朗の右腕、リングに当たる部分から、蛇ノ目の声が反響する。

 その声に、アルテミスが反応。

『・・・久しいな。声越しだが、こうして対面したのはお前を説得した時以来か?』

 心を砕いた鷹村が世界に絶望し、そんな世界を変えようと画策し、かつての友に協力を依頼し、それを阻んだ。

『お前なら分かってくれると思ったのだがな。葵を奪ったこの世界への、復讐を』

 やはり。鷹村の行動原理は全て、鮎川葵のため。

『お前はそれで満足なのか?葵の姿を模した人型に手を汚させて』

 アルテミスの姿は、かつて焦がれた人間の姿と重なる。

 自分の側に置くロボットの姿を、かつて愛した人間の写し鏡にして置いておく気持ちはわからないでもない。だが、その姿に人を殺させるのか。

『・・・お互い女々しいな、蛇ノ目。私の気持ち、わからないとは言わせないぞ』

 蛇ノ目も、そんな気持ちがないとは言えない。

 アフロディーテの姿は、アルテミスと同じく鮎川葵を投影したものだからだ。

 だが、アルテミスとは異なり、あくまでロボットの姿を逸脱しない、機械を全面に残した。

 それが鷹村への遠慮でもあったし、配慮でもあった。

 だが。

 蛇ノ目はアフロディーテを自分の生涯の世話をさせる以外の目的で利用しなかった。

 機械解体の装備や、対ダスターの兵装を外付けする以外、戦闘目的の機能を持たせなかった。人を傷つけるプログラムを打ち込まなかった。

 蛇ノ目は静かな怒りと軽蔑の気持ちに苛まれている。

 その顔で、その姿で人に危害を加えられる光景を見たくなかった。

 記憶の中の鮎川葵は、聡明で、誰にでも優しい、自分のような研究しか能のない人間にも接してくれた女神みたいな存在だった。

『・・・投降してくれ、鷹村』

 全ての罪を背おい、葵を開放させてやってくれ。

 今の蛇ノ目には、光太朗、百合花、一織、夜宵。

 鷹村の計画に反旗を翻す存在がいる。

 全てのスケイルアーマーを下し、鷹村の手元には戦力はないはずだ。

 くくく。

 アルテミスの口から、しわがれた笑みが溢れ。

『お前は何か失念しているぞ。私の戦力がこれだけではないことを』

 それを指摘され、蛇ノ目小さく呻く。

 ・・・確かに、それが懸念材料ではあった。

 スケイルナンバーズは全6体。

 ヴァイオレットバイパー。ブラックパイソン。

 ブルーサーペント。オレンジアダー。グリーンボア。

 残るナンバーズは一体。

 No.1は、最初に造られた一体であり、当時の蛇ノ目の思想と想いを全て注ぎ込んだ。災害救助の目的を色濃く残す、最初のスケイルアーマー。

『それ』で世界にはびこる事件や難題を解決しようとしたのだ。

 蛇ノ目のヒーロー像を押し固めた、夢のパワードスーツ。それ故、まだ駆動系に難があり、完成の域を出ない代物だった。

 今のスケイルアーマーは、数字の新しいヴァイオレットバイパーを含め、徐々にブラッシュアップされ続けた結果だ。

 No.1は、人が着込んで動くには尚早な機構だったのだ。それ故の人体機械化だったのだが。

 No.1にふさわしい人材が都合がつからなかったから今まで姿を見せなかったものだと思っていた。

『目の前にいるではないか』

 姿の見えない、鷹村の顔が歪んだ気がした。

『・・・まさか』

 蛇ノ目の声が震える。

 静かな表情を保ったまま、アルテミスが一歩、前に進む。

 そして。

 アルテミスが緩やかに構え。

「スケイルアップ」

 その小さな口から放たれるのは、老人の声から、少女の者に切り替わり。

「変身」


 アルテミスの全身が光に包まれ。

 うねる頭髪。

 少女の体表から、赤い、粘性の物が滲み出し。それは瞬く間に硬質の輝きをもたらす。

 瞬く間に全身を赤い、真紅の輝きで纏わせ、『それ』は顕現した。

『馬鹿なっ!?』

 蛇ノ目の驚愕の声が叩きつけられる。

 スケイルアーマーを構成する装甲が形成されるには、ヴェノムクラスタと、身体に流れる血液が反応しなければ起こり得ない。

 だがそれは確実に目の前に姿を表している。

 レッドコブラ。

 スケイルアーマー、No.1。

 アルテミスは人間ではなく、ロボットだ。スケイルアーマーを出現させられる要因は万にひとつもない。

『・・・まさか』

 蛇ノ目の顔が青ざめ、震える声で絞り出す。

『察しが良いな、蛇ノ目。さすがは私が認めた天才だ』

 その賛美も、今の蛇ノ目には素直に受け取ることができない。

『堕ちたか・・・!鷹村っ!』

 自分の吐いた怒りに、愚かしい感情を混ぜられるのがはっきりわかる。

『そう、アルテミスの身体には葵の血液が流れている』

 認めたくなかった。認めるわけにはいかなかった。

 愛する人間がこの世で生きることを断絶させられ。それで正気でいられるだろうか。

 鷹村は蘇生を試みた。

 彼女の残した彼女自身の身体を用い、もう一度愛する人の笑顔を見たいと昼夜を超えて研究に没頭した。

だが。無理だった。

 どれだけ時間をつぎ込もうと。愛する人は息を吹き返さない。

『・・・お前をそこまで突き動かすのは、何だ?』

 哀れにも思える鷹村の恐るべき執念。蛇ノ目は在る種の憧れにもにた気持ちで聞く。

 ひとつのことに突き進む、それは科学者の本懐のように思える。そうなりたいとは、これっぽっちも思わないが。

『お前も同類だと思っていたぞ』

 人の死を超える。それはもしかしたら、科学者全員の夢なのかも知れない。

 だが、それは。人の尊厳を傷つけてまで成し遂げるものだろうか。誇りを汚してまで成し得なければならないものだろうか。

 葵を夢想して、アフロディーテを生み出した人間の言うことではないだろう。女々しい、と評した蛇ノ目の行動は、ある意味恥ずべき行動だ。

 だが。蛇ノ目は決して、アフロディーテを誰かを傷つけるための道具にはしなかった。

『変身を解かせろ!これ以上、葵を苦しめるな!』

『科学者らしくない言い回しだな。葵はもうこの世にいないんだ。・・・私が、この世界を壊したいだけだよ』

 その言葉が最終通告とばかりに、意思の籠もっていないアルテミスが、足を一歩踏み出した。

「来るぞ!」

 月斗が、前方から迫る敵意に警戒を促した。

 ドッ!

 アルテミスの具足から、地面の埃を吹き飛ばすような衝撃波が放たれ、凄まじい勢いで赤い鎧が迫る。

 迎え撃つのは、黒い鎧。

 拳を打ち付け、大気を見えない波動が弾け伝う。

「・・・ぐ、うぅっ!」

 怯んだのは月斗だ。

 拳の先から伝い、貫く衝撃に、思わず苦悶の声を漏らす。

 人間がスケイルアーマーの力を引き出すために人体を改造しようと、限度がある。生きるために必要な脳、臓器。機械化で覆えない部分は在る。

 アルテミスは完全自律型のロボット。その上からスケイルアーマーを着込もうと、その負荷に苦しむことはない。

 ある意味、ロボットこそがスケイルアーマーの能力を引き出す『完全者』であると言える。

 淀みのない、正確無比な動き。機械的なモーションは人間の目で追うのは困難で、月斗はスケイルアーマーの補助がなければ、文字通りの鉄拳の餌食になるだろう。

 むしろ、アルテミスは月斗に目で追えるような動きで弄んでいるようにも思える。

 月斗がレッドコブラのパンチを避け、右手に力を集中させ、振り抜く。

 カウンター狙いの攻撃。

 だが。

 かざした赤い手のひらから、見えない衝撃波が放たれ。

「うわっ!?」

 月斗の足が地面から離れ、凄まじい勢いで吹き飛ばされる。

・・・あの月斗、ブラックパイソンが?

 後方の車体に身体を埋める姿を見て、光太朗は戦慄した。

『・・・レッドコブラは、災害救助用、瓦礫除去に長けた機体じゃ。その腕力は鉄を容易に砕き、衝撃波で邪魔な瓦礫を吹き飛ばす』

 蛇ノ目の注釈もそぞろに、燃えるような色を称える影に、光太朗は慄く。

「・・・あのロボットに、鮎川葵の、血が」

 未だ、衝撃の事実が尾を引いている。

人間の血液をロボットの中に収め、それを用いてスケイルアーマーの触媒にする。光太朗はそこに鷹村の妄念を見た。

 そこまでに、鷹村は葵を想い。

 それを愛とは思わないが、凄まじい執着と念を感じる。

『こんなことまでお前に背負わすのはお門違いだろう』

 蛇ノ目の、悲しみを帯びた声。

『鮎川葵が何を感じ、何を無念に思いこの世を去ったのか、ワシにはわからん』

 だが。と蛇ノ目は続け。

『救ってくれ。葵を。・・・鷹村を』

 鷹村の呪縛で縛り上げられた葵。そして、葵の死を認めることのできない鷹村。

 その言葉が、光太朗の頭の中に澄み渡る。

「・・・わかった」

 同じ女性に思いを傾けた人間でも、その想いの先が分かれることがある。

 自分の信じる蛇ノ目の想いの先が、正しいものであると。

 少なくとも、光太朗は両親がこの世から去った時、後ろ暗い気持ちに襲われたものの、蛇ノ目のお陰で光に導かれるように心を持ち直すことができた。

 鷹村のように、失ったものを取り返すために世界を犠牲にする考えを否定する。

 蛇ノ目のためであり、鮎川葵への鎮魂のためであり。

 両親がいないこの世界でも強く生きるための戦いでも在る。

「・・・ああ、やろう」

 鷹村を、止めるんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ