ACT81・花の騎士、絢爛再び
百合花の目に映る鋼刃が視界一杯に押し迫る瞬間。
光太朗の伸ばす手は、間に合わない。
刃と百合花の間に割り込み、庇うのも間に合わない。
オーバーワークを起動して、攻撃するか。それすらも間に合わないだろう。
考えている時間も惜しい。
右足に力を込め、力を流動させる。エネルギーが収束してゆく感覚。
だが、間に合わない!?
2本の鋭刃が百合花に押し迫る。その先端、刀身が触れる瞬間。
大気を伝う熱波と、迸る閃光が視界を焼く。
それは、ただの太陽からの反射ではなく。
明らかな意思を持った熱と閃光は宙で旋回。
またたく間の刹那に目を驚かせていると、眼の前の脅威との間に変化が起きていた。
オレンジアダーの複製の腕が根こそぎ打ち砕かれ、刃の破片が熱と閃光の残滓に照らされ輝いている。
すた、と。
何者かが地面に降り立つ。
ふたつ。
翻る色違いの裾が地表に踊る。
光太朗はその姿に見覚えがあり、百合花にとっては懐かしい顔であろう。
「・・・鋳薔薇、雛」
凶刃から逃れた百合花が、思いもかけない姿に、数秒前に自分が置かれている状況を忘れたように、表情を綻ばせた。
その視線の先、百合花から阻むように、赤と黄色のドレスを纏った少女が佇んでいた。
炎を宿した刃と、雷を迸らせた剣を掲げて。
花の騎士・スカーレットローズと、イエローポピー。
「すまん。遅くなった」
百合花の方を振り向かず、前方に視線を向かせたままの鋳薔薇は凛々しくも。V字に指先を立てた雛が、満面の笑みで百合花に笑いかける。
「・・・ふたり共、来てくれたんだ」
呆けた顔で、雄々しく立ちはだかる姿を見上げる。
「明らかにこっちのほうが人数多いけど、いいでしょ。腕の数は一緒だし」
能天気さも顕在の雛が、カラカラと笑いながら言う。
「ニアは、ナノマシンの進行を止める手段を模索している。分野が違うから期待はするなと言っていたがな」
「私達をここに寄越したのもニアなの。わたしたちの住む街ではまだ被害は起きてないけど、いずれ全ての世界を覆うから、って」
ことの深刻さ、重要性もふたりは理解しているようだった。
新たな戦力の登場にも、腕を砕かれたことにも動揺を見せず、オレンジアダーは三度腕を再生させた。
「・・・逆に言えば、ここでお前らを止められれば、我らを阻む障害は無くなる」
それは、はなから光太朗のことを大きな戦力として見ていないことを示している。未成熟なスケイルアーマーなど、眼中ではないのだろう。容易に組み伏せられる、と。
鋳薔薇がちらり、と光太朗を見る。
「・・・お前はそこで身体を休めていろ。敵の奥底はまだ、見えないのだろう?」
鋳薔薇の言葉は、光太朗を戦力外だとしておらず、むしろその先の何かに向かって温存させるものだった。
「立てる?ゆりかっち」
オレンジアダーの攻撃に、思わず足を竦ませ、思わぬ援軍に呆けていた百合花に手を差し伸べる。
そして、雛の目が光太朗へと滑り、
「ありがと!ゆりかっちを護ってくれて!」
陽気で朗らかな笑顔は、戦闘で神経をすり減らした心に深く染み渡るようだった。
「・・・ここは任せて」
仲間を得て、百合花は自分の心が勇気で満ちていくのを感じた。
鋳薔薇も雛も、花の騎士としての運命の終焉を覚悟している。
それまでは、この力を世界を守るために。
背後にいる彼を守るために。
花香剣に誓いを立て、剣と共に、勇気を振るった。
空間すら寸断するオレンジ色の斬撃も、燃え盛る紅蓮の刃に溶け砕け。
正確無比な神速の雷撃に霧散し、光を束ねた剣が鎧を貫く。
「くっ!」
苦悶を弾けさせ、オレンジアダーが後ろに跳躍し、光剣の刀身が身体を貫通する前に距離を離す。
だが、後ろで待ち構えていた雛の黄金色の電衝が襲い。追い打ちの如く放たれた紅蓮の塊がアスファルトを穿つ。
数的有利というだけではない。
3人の連携は淀み無く。
お互いがお互いの考えていること分かるように。
過ごした時間がそのまま、連携の流麗さに現れているようだった。
オレンジアダーが攻撃のモーションに入れば、誰かがそれを阻止し、次手で体勢を崩し、三人目が本命を撃つ。
役割をそれぞれ変えながら、目眩くダンスのように。さながら剣を称えた舞踏会。
「うううっ!」
思う通りに動けないオレンジアダーが、初めてイラつきを含めた軋んだ声を上げる。
全てを吹き飛ばそうと大ぶりに剣をかざした瞬間。それは怒りに任せた不用意な一撃。
3人の意思が揃った。
「『花輪紋』」
放った光の輪がオレンジアダーの体表に刻まれ、その動きを一瞬留める。
「『赤獄刃』!」
鋳薔薇の放った赤く捻じれた楔がオレンジアダーの両足を貫き、地面と本体を繋ぎ、捕縛する。
「『雷鋼鎖』!」
雛の放った弾ける鎖がオレンジアダーの両腕を縛り上げ。
3人の攻撃により、その動きを封じる。
「よし!行くぞ!」
「出し切ろう!」
ふたりの言葉に、百合花は無言で頷き花香剣を構える。
光が瞬く。
強く。それでいて優しく。
穏やかで香しい風が周囲を流れた。
花の聖飾・真花
3人の声が重なり、溢れる光が包み。
それは黒の花園で見た、花の騎士のパワーアップフォーム。
あの時は状況も状況で冷静な目で見ていなかったが。
まるで花の花弁が周囲に誇らしげに咲くように、神々しい粒子が幻影すら見せる。
ホワイトリリィ・パーペチュアルフォーム。
スカーレットローズ・エターナルフォーム。
イエローポピー・インフィニティフォーム。
3人の構えた切っ先が前方を指し。渦巻く光が収束してゆく。
「聖晶神剣・花香剣・絢爛!!!」
3人の声が寸分たがわぬタイミングで重なり。その頭上に、引き絞られた光が巨大さを示す。
目も眩むような光を放つそれは、巨大な剣だ。花香剣をも超える聖剣。
それを。
振りかざした3人の花香剣の動きと共に、射出され。
空を切る音も残さず。
巨大な光剣は細く、鋭く形を変え、オレンジアダーの身体を貫き。
爆光を伴い、光が弾け。
背中の仮初の腕は、水に解けるように剥離、粒子となって霧散。
どっ。
視界を焼く、白昼夢のような眩い光の爆発。
解ける光の波が収まり、最初にオレンジ色の鎧が両膝を地面に打ち付け、意識を失ったように、その身体を地面へと預けた。
ずん、とアスファルトに鎮める身体は、物言わず。
三者三様。百合花たちはリズムの違う鼓動で肩を揺らせている。
「・・・やったの?」
雛が小さく言葉を吐き。
「そのようだ」
鋳薔薇が花香剣を下ろし、先の光景に視線を飛ばす。
ふたりの言う通り、オレンジアダーは背中を天に向けたまま、その動きを停止していた。
それに対し、百合花は間に合った、という気持ちのほうが強かった。
何か技を使うたび、動く度、能力が摩耗されていく感覚は無い。
逆にそれは、完全に時間による終焉の時が確実だと言う事実を示している。
今の戦いの最中に喪失が起こらなくて本当に良かった。
振り返る視線の先にいる、光太朗の表情は穏やかで、まるで3人の勝利を称えるような誇らしいものだった。
翡翠の残像が奔る。
それを月斗は冷静な動きで捌く。
目で追えないほどではない。鋭敏な動きでもない。
だが、背景と溶け込むような幻想的な動きに加え、翡翠の鎧に周囲の背景を投影する幻惑する動き。
そして。
注意を周囲に向けてみれば、同等の姿を備えた翡翠色が無数に点在する。
「・・・チープな攻撃だね」
グリーンボアの能力は、特殊な光学迷彩を利用した透過、そして。
同様の姿を投影した残像の固定化。すなわち分身。
分身で月斗の注意を引き、本体での背後からの奇襲。
後ろに目が付いていなければ、常人には見切ることさえ困難な攻撃だ。
だが、グリーンボアは、相手取る目の前の敵が、同じ能力を持ったスケイルアーマーだということを失念している。
グリーンボアの攻撃が黒色の鎧を捉える瞬間、その姿は掻き消え。
ドッ!
砕けた翡翠の鋼鱗を撒き散らしながら、グリーンボアの身体は大きく吹き飛び、アスファルトへとこすりつける。
ゼロ距離でトップスピードに加速できるブラックパイソンには、止まって見える攻撃だ。
「・・・完全に裏切った、というわけだな」
地面から身を起き上がらせつつ、グリーンボアは黒い鎧に向かって言い放つ。
お互いの秘めた思いがどうあれ、同じ目的を持って集ったはずの『適応者』。そのために己の身体を差し出したのではないのか。
「裏切ったのではないよ。本来の役目に収まっただけさ」
それは、スケイルアーマーを生み出した、本来の創造者の想いの先。この色違いの鎧は別の目的のために使用されようとしている。それを止めるだけだ。
「・・・お前は一番厄介そうだ。ここで消せるのを好機と思うことにするよ」
影山月斗はウロボロスでもっとも早く計画に参画していた人間だ。全身の生きていくために必要な臓器を除き、全てを機械化させた。スケイルアーマーの能力も、最も高く引き出せる人間だ。
それ以外の人間は後追いでこそあれ、同レベルにまで引き上げられたはず。遅れは取らない。
グリーンボアは全身のスペックを全開にし、茹だるような熱の中ただひたすらに渦巻く力の本流に身を委ねる。
『ボアイリュージョン』
電子音声が流れ、翡翠色の体表が蠢く。
通常の粒子を用いた分身とは違い、スケイルアーマーの性質を利用した分身。
剥離した金属粒子が同サイズのグリーンボアの大きさまでを型取る。
すなわち視覚だけを騙す通常の分身とは違い、実際に触れられ、触れることの出来る分身を生み出す。
理論としてはオレンジアダーの偽腕に似ているが、こちらは完全に本体から切り離し、自動遠隔での別行動が可能だ。
装甲を形成するヴェノムスケイルは、ヴェノムクラスタにより無尽蔵に生み出され、剥離した金属粒子で分身を生み出し続けられるサイクルにより、理論上はこの駐車場を埋め尽くす以上の分身を生み出せる。
グリーンボアの生み出した分身は、10体以上。
この数が全て襲い掛かれば、いくらブラックパイソンであろうとただでは済まない。
分身に相手をさせ、本体は相手を一撃打ち砕くほどのエネルギーを収束させ、ブチ当てる。それで終わりだ。
無数の翡翠の影が黒い鎧に群がる。
グリーンボアは全身のモーターを起動させ、力の収束に入る。
この先の、世界の統制を夢想して。
「ぐがっ!?」
自分の首があらぬ方向に折れ曲がっているのに、視界が異常を示すように反転することでそれに気付いた。
その刹那、自分の身体は大きくアスファルトへと叩きつけられる。
「が・・・っ」
翡翠色の鎧を砕き、撒き散らせ。
そして、物言わぬようにその身体を地面へと沈めた。
「・・・的確に本体だけを撃ち抜かせて貰ったよ」
いかに分身で襲いかかろうと、それを上回る速度で打ち砕けばいい話だ。
早々にスケイルナンバーズの一角を落とした月斗は、残る戦いに注視すべく振り返った。




