ACT80・ヴァイパー&ホワイトリリィVS.オレンジアダー
時間は数分前に遡る。
紫色の鋼脚と、オレンジ色の腕が噛み合う。金属質の軋み絡まる音が、さながら熟練の剣士の鍔迫り合いのように。
宙に裂く火花が断続的に弾ける。
「・・・ふたり掛かりだ、なんて文句は言うなよ。こっちも必死なんでな」
光太朗は眼前のオレンジ色の鎧。オレンジアダーの見えないバイザーの向こうに向かって言い放った。
光太朗をフォローするのは百合花。数としては一対二の形になる。光太朗はそれを卑怯だなんて罪の意識に苛まれることはなかった。
向こうはスケイルアーマーの力を完全に引き出すことが可能な『完全体』だろう。
対するこっちはそれが叶わない半端者。何より時間がない。
自分たち以外の人間の体質の変化が今この瞬間にでも起ころうとしている。それが、自分の親しい人間の身に降りかかろうとしているのだ。
それとは別に、百合花の能力の時間制限もついて回っているのだ。それまでに全ての憂いを断ち、この事態を解決しなければならない。
何度目かのパンチの交差。蹴りの応酬。
光太朗はオレンジアダーの動きに対応できている。いや、させられているのか。早くもなければ遅くもない。決まり切った動きには、難は無い。
今のオレンジアダーとヴァイオレットバイパーの力の差は痛いくらいに認識している。
それが返って不気味だ。
結び合う攻撃で間合いが離れた際、百合花の光を伴う花香剣での交戦に切り替わるも、光の斬撃すらも容易に弾き躱すそれに、オレンジアダーの能力に疑いはない。
光太朗は百合花に視線を送り、横目で見る目と交わる。光の剣と切り結ぶ背後から、光太朗の力を膨れ上がらせる右足が襲いかかる。
オレンジアダーは右腕で花香剣を弾きつつ、突き上げるように返す足で、光太朗の攻撃すらも受け流した。
オレンジ色のメットの奥が笑っているようにすら思える。
まるで機械のような反応速度。事実、機械なのだろうが。
二体一の数的有利ですら、このオレンジ色の鎧の前では有効打にはならない。
「・・・焦っているのか?」
こちらの心の内を読み取るように、オレンジアダーが言う。
時間がないのは事実だ。このひとりに時間を駆けていられない。
「・・・あんたも、この世界に未練はないのか」
この一見して馬鹿げた計画に乗る、ということは、自分の住む世界に何かしらの思いがあるということだ。
「・・・どうだろうな。ただ、それを知ってどうなる?」
確かに。目の前の男がどんな思いでこの計画に足を突っ込もうと、光太朗には関係ない。
光太朗は、改めて、構える。それに習うように、百合花も続く。
今は、このオレンジ色の鎧を止めることが先決。でなければ、鷹村の元へは辿り着けない。
「ただ、こちらも黙ってやられるわけにもいかないのでな。奥の手を使わせてもらうぞ」
オレンジアダーの能力は、周囲に影響を及ぼす神経毒などの化学兵器を自在に生み出す。人の足が踏み入れられない毒性の在る場所に対する能力だ。それが転じて同じ毒を生む力を付与された。
だが、スケイルアーマーや絶対保護領域で守られている光太朗と百合花には通じないだろう。
「『毒』は、何も相手に向かって放つだけが能ではない」
精神統一をするように、オレンジ色の鎧は構えを解き、息を吐く。
そして。
『アダーイロージョン』
電子音声が響き渡り、オレンジ色の鎧が一瞬慟哭する。何かに縛り上げられるように苦悶の動きを見せ。
次の瞬間。信じられないものを見た。
オレンジアダーの背中から一対の何かが伸び出る。それは、自身も持つ両腕の形をしたもの。
オレンジ色の鎧の背中から、同色の腕が生えてきたのだ。
「・・・早い話が、ドーピングだ。ナノマシンを少し拝借し、自分の残る骨と結合させ、新たな腕を造った」
「・・・いよいよ化け物じみて来たな」
光太朗のその言葉を示すように、新たに生まれた腕の手のひらから、棒のようなものが射出され。それはまるで刀のように鋭利な輝きを持ってその手に収まった。その刃の煌めきは、確かな切れ味を持って陽光を受け、蠢いた。
全てを破壊する剛腕と、全てを寸断する剣撃は、単純にふたつの攻撃力を合わせただけのものではない。
死角からの攻撃も、元来の反応速度に加え、新たな手の出現によりそれはより強固になった。
身をよじるように放たれる2本の剣による斬風が、硬質のアスファルトを容易に切り裂き、点在する廃車を容赦なく切り捨てて行く。
手でもぎ取るよりも早く簡単に賽の目に解体される車を横目に、光太朗は駆け、押し迫る。
オレンジアダーは、両拳で光太朗の攻撃を受け止め。その間に背中の剣で眼前の相手に狙いを定める。振り上げる二刃が光太朗の背中に振り下ろされる前に、百合花の光の刃がそれを阻む。
「攻めあぐねるようだな」
静かに、オレンジ色の鎧が言う。
腕2本、剣が2本生えただけで、こうも攻撃の範囲が阻まれ、勢いを殺される。
射程の向上に加え、触れれば怪我では済まない輝きを称える刃がそうさせているのだろう。
光太朗はもう一度、百合花を視線を交わす。向こうが一度、小さく頷いたのを合図に。
『バイパーストライク』
光太朗は右足に力を収束させ。
オレンジアダーも、それを受けるかのように拳を構え。
だが、先に駆け出したのは百合花だった。白いドレスを翻し、姿勢を低くしたダッシュで、オレンジアダーに真正面から剣を構え、走る。
振り上げたオレンジ色の蹴り一閃を、花香剣の斬撃で弾き。
格闘戦で止めきれない百合花の斬撃を、背中の2本の腕が襲う。
しかし。
青い閃光が迸り。初撃が背腕の刃を左腕ごと打ち砕き、刹那の二発目で反対の手の刃を砕いた。
新たに生まれた2本の腕は、そこまでの強度がないようだ。あくまで仮初の腕、ということなのだろうか。
だが。
光太朗の蹴りにより撃ちもがれたオレンジアダーの背腕左腕は蠢き、みるみるうちに、元の姿に再生させた。右背腕の刃も、鋭さを取り戻す。
正面で起きたオレンジ色の鎧の元の姿を取り戻す光景に、光太朗は小さく舌打ちをする。
「・・・本体ごと打ち砕くしか手はないようだな」
攻撃範囲を狭めようと、背後の腕を砕くのは一時的であり、あまり有効な手ではないようだ。
背中に座する百合花も同じ考えであるようで、光太朗のセリフに小さく頷いた。
オレンジアダーとしては、逆に言えば背腕を容易に砕く相手だということだ。仮初とはいえ、並の硬度ではない。
「・・・油断はできないな。早々に蹴りを付けさせてもらおうか」
そう、小さく言葉を漏らすと、オレンジ色の鎧に変化が起きた。
背中の一部が隆起し、固い装甲だと言うことを忘れるくらいに流動的に揺らめいて。
そして。
更にもう一対、オレンジ色の鋼腕が生える。どこぞの仏像を思わせるシルエットに変貌した。
更に、中段2本の腕だけでなく、新たに生えた両腕、本来の手にも光が煌めく刃を生み出した。
剣の感触を確かめるように、そばにある廃車に刀身を当てると、それは一切軋む音を見せること無く、アスファルトの底まで到達し、その剣が飾りではないことを示したのだった。
乱れ撃つ剣風が、周囲の廃車を更に鉄屑に変えてゆく。
6本による流動する剣筋は、瞬きをすることすら叶わず。
オレンジ色の剣の軌道は、ある意味熱を持ったように歪んだ殺意を持って吹き抜ける。
百合花はそれを躱し、時折花香剣で弾き。
光太朗は剣の間合い外で駆けながら機会を伺う。百合花が一本の斬撃を弾き、僅かの隙を作ろうとも、すぐさま残り5本の刃がその隙を埋めに来る。
死角のない剣の乱舞に、攻めあぐねる。無尽蔵に繰り出される剣光に、周囲のアスファルト、廃車がずたずたに切り刻まれ。剣圧でその欠片が吹き飛ばされるほどだ。
飛んできた車の破片を右腕で弾き返しながら、光太朗はさらなる好機を探る。
「『光破弾』!」
花香剣の先端から、光の礫が射出され。
オレンジアダーはそれを刃で難なく弾く。その代わりに、爆音と白煙が撒き散らさる。
光を凝縮させた弾丸は、スケイルアーマーには通用しない。あくまで牽制程度に放ったものだからだ。
揺れる白霧が空気の流れで流動し。
オレンジアダーの右腕3本全てが前方の白の塊の中に振り下ろされる。
鋭い猛獣の爪痕のように、3本の軌道が空間を抉る。
しかし。
そこには何もいない。誰の姿も無い空間を、3本の腕が掻き消したのみ。
だが、オレンジアダーは驚かない。むしろ。
「後ろだろう?」
残る左腕3本で、背後の死角を掻き抉る。
オレンジアダーの背後から襲いかかる紫色の鎧。蹴りのモーションで飛びかかる光太朗へと3列の刃が襲いかかり、鎧へと食い込む刃が、容赦なく軌道と共に引き抜いた。
煙幕で視界を防ごうと、設えたセンサーは鋭敏で、覆う視界のその奥の呼吸すら感知する。
視界を防ぐのは意味のない行為だ。
ヴァイオレットバイパーの鎧を寸断する刃。
無惨にも4分割にされるヴァイオレットバイパー。
メットの中でオレンジアダーが確信した勝利が吹き飛ぶほどに驚愕する。
切り裂いた紫色の鎧が幻影のように歪み、霧のように消えたからだ。
百合花の放つ技だ。
『光空幻影』。
光の屈折を利用して、あたかもその場に人の影がいるかのように見せる幻影技。
スケイルアーマーの鋭敏なセンサーだからこそ欺けた、一度限りの騙しのテクだ。2度は通用しないだろう。
斬り砕かれるヴァイパーの奥から、別の紫の影がまろび出る。光の流動を右足に纏わせ、突き出した足先。
勢いを伴った鋼槍がオレンジアダーの胸元に突き刺さり。
弾ける爆光を伴い。
仮初の4本の腕を砕きながら、その身体は遥か後方へと吹き飛ぶ。
アスファルトを穿ちながら、数十メートルを掘り起こしたところで、その動きは止まった。
僅かな時間の跡、瓦礫を撒き散らしながらオレンジ色の身体が起き上がる。
「・・・うそ」
百合花の声が震えている。
刃での攻撃を完全に防ぎ、防御の影響のない中、完璧なバイパーストライクを叩き込んだはずだ。
「・・・なるほどな」
一転、光太朗は掛け値なしの一撃でも倒れない理由が分かった。
光太朗のバイパーストライクが触れる瞬間、背後の4本の腕を解き、胸部、腹部に新たな装甲を生み出し重ねたのが僅かに見えた。それにより威力を軽減したのだ。
がら、と腹部に覆ったオレンジ色の装甲が剥がれ落ちる。補強した装甲が剥離し、再度腕が背中から生えようとしている。
光太朗は駆け出した。この瞬間を見逃す手はない。新たに腕が生まれる前に。
百合花もその意図に気がついた。光太朗を追うように地を蹴る。最初に中段の2本が再生し、刃と共に顕現する。
一打目を光太朗は弾き、二打目も蹴りでへし折る。新たに生まれた上段2本、左右での連撃を百合花が防ぎ。
攻撃の手が空いた光太朗が本体への一撃を見舞おうとした瞬間。
「何っ!?」
新たな殺意の出現に、光太朗は言葉を漏らした。
5本目、6本目の新たな腕。凶刃を伴う刃が雄々しく生える。それは、悠々と空を裂いて、その狙いを百合花へと定める。
今すぐオレンジアダーを撃ち抜いて吹き飛ばすのが先か、新たに生まれた刃が百合花の身体を襲うのが先か。
(くそっ!)
バイパーストライクのエネルギーがまだ収束されていない。中途半端なままで放ったところで、吹き飛ばすまでの威力はないだろう。刃を砕くか。
2本の剣の先が生む、全てを寸断する剣風が百合花に押し迫った。




