ACT79・双星、反撃の狼煙
「・・・ぐはっ!馬鹿なっ!?」
地面に投げ出されたのは、青い鎧だった。
ふたりの少女の前に、理解のできない声と共に無様に天を仰ぐことになった状況に、静かな怒りを吐き出した。
さらなる輝きを称えた、一織と夜宵。
その名もスターダストメルトスタイル。
一織はカオススターと融合することにより、一時的に星の輝きを増した力を有する。
人が放つには眩すぎる、世界を形作る理すら変える光だ。
問題は。
夜宵だ。
夜宵も一織同様、新たなる光を宿し、その姿を変えている。
ドルフィンセイザー・スターダストメルトスタイル。
それはカオススターの助力によるものではない。
『どうだ。人との心と重ねるのは、気分がいいだろう』
一織のものではない。無機質な声が、隣の少女に問いかける。正確には隣の少女に宿る、別の意思に向けて、だ。
『・・・・・・』
向けた言葉への返答はない。
夜宵に力を与えているのは、アビススターだ。
その存在は、一織との戦いを経て、滅びたはずだった。
ダスターは永遠不変の存在だ。
宇宙を守る星神と相反する存在。
星が生まれ、滅び。滅び、生まれる輪廻を繰り返す性質を持つ。ただ、それまでの間は途方もない時間を要する。星の光により、核を打ち砕かれたアビススターならばなおさらだ。
ダスターが滅び、生まれるまでの間に今いる人間に再会することは叶わないだろう。
この宇宙から完全に滅び、新たな再生を経て変質する前のアビススターを、カオススターが呼び戻した。
自らの罪を精算しろとは言わなかった。
あくまで、人との繋がりによる価値観の変革を押し、完全とはある種悲しいことであると伝えるため。
なにより、人間と交わることのなんと甘美なことか。カオススターはそれを伝えたかった。
「い、言っておくけど、私はあんたと合体するなんて反対だったんだから!」
夜宵は、ぷりぷりと怒りながら何も無い中空に視線を飛ばしている。
夜宵は目の前に現れた菱形の姿を見た時、怖気がした。カオススターが連れてきた、星神の宿敵の姿を。
この立体が世界に何を行おうとしてきたのか、忘れたわけではなるまい。あるいは、カオススターが反旗を翻し、アビススターと共に人間に再度侵攻を開始するのか。そんな考えに陥ってもおかしくはない。ダスターは、それほどまでの力を有しているのだ。
そんな夜宵の危惧とは裏腹に、アビススターの口から放たれたのは驚くべき言葉だった。
夜宵たちに協力し、世界に起きようとしている脅威に立ち向かうことを。
夜宵はそれをとても信じることはできなかった。一織はいつものように能天気な笑顔で、かつての宿敵が心を入れ替え、自分たちに強力してくれるのを手放しで喜んでいたが。
カオススターも、自分の目が黒いうちは不穏な動きは許さないと言っていた。
何より夜宵が許せないのは。
これから起こる世界の脅威に対応するために戦力を増強しようとするのは分かる。ただ、そのためにはこの立体と融合しなければならないことだ。
親友が得体の知れない球体と合体するだけでも許しがたいのに、自分がそんなことをしなければならないという屈辱。
『確かに、信じがたい恍惚の波だ』
頭の中に直接聞こえるカオススターが述べる言葉に、更に夜宵は顔を歪ませる。
「わ、私の身体の中で動くのは許さないんだから!あんたは大人しくじっとしてなさい!」
怒りを収めること無く、夜宵は身体の中に蠢いているであろう異質さにひたすら文句を吐き出している。その様子に一織は困ったように表情を綻ばせた。
「・・・遊びはそこまででいいか?」
沸騰しそうな言葉を吐きながら、ブルーサーペントがゆらりと起き上がる。
首を座りの悪い赤子のように揺らしながら。
「・・・どいつもこいつも、クソみてえに抗いやがって!大人しくくたばれよ!どうせ世界は終わるんだ!逆らうな!」
ブルーサーペントの『中身』も、この世界に何かしらの不満を抱き、歪んだ考えを持っているのだろう。だからこそ、こんな計画に加担している。
警戒を滲ませる一織と夜宵の視線にさえも過敏に反応し、ブルーサーペントは身悶えするように身体をよじらせる。
その撒き散らすような感情に、哀れみすら感じる。
「身体がナノマシンで機械化するまでもねえ。全員ずたずたに挽き切り裂いてやる・・・!」
機械音が蠢き、ブルーサーペントの体表を光が走る。まるで、オーバーワークのように、一段階ギアが上がったように。
周囲の空気が乾いていく感覚。
ブルーサーペントの能力が起動し、空気中の水分を九州市、収束させる。
『サーペントブラスト・ヴォイルドプレッシャー』
電子音が鳴り響き、ブルーサーペントの両手のひらに透明の膜が滲み出る。周囲の大気中から掻き集めた水分を収束、圧縮。
岩をも砕く圧力と化して吐き出す。ただひとつ異なる部分があるとするならば、ブルーサーペントの身体を薄いモヤのもので立ち込めている点だ。
両手のひらを合わせ、収束された水分を押し固めた濁流を解き放つ。
濁流の先端、直径が大型車程もある。
それを一織は跳躍して躱す。
『水』の領域については一家言ある夜宵は、その濁流を敢えて受ける。その中から食い破り、放つ水が意味を成さないことを示すため。
ドッ!
身長の何倍もある流れに夜宵の身体が飲み込まれ。身体が押し離されること無く前方に進もうとした瞬間。
異変を感じた。
肌を撫でる、痛み。
「熱っ!?」
夜宵は思わず叫び、濁流の射線から逃れるべく、飛ぶ。
「100度超えの熱水砲だ!鉄すらぶち抜く勢いに加え、人間の肌など簡単に焼き尽くすぜ!」
今までとは違う、見ぜぬ圧力に加え、熱が加わった。
瞬時の判断と、スタープロテクションの保護がなければ危なかった。
蛇の首のように流動してうねる熱水の轍は、背後の廃車を飲み込み、いとも容易く煙を伴う鉄の塊へと変える。
今度は両手からだ。
一本の直径は初弾に劣るが、2本に増えた水流が、宙で渦巻く。
二股になった濁流が踊る。
「焼け砕けろおっ!」
ブルーサーペントの咆哮と共に、2本の熱竜が逆巻き、慟哭する。水流のうねりが、まるで竜の叫びのように。
一織は素早い動きで、水流の腹で穿つアスファルトを躱す。
夜宵は、避けない。
それをブルーサーペントが察する。
「だったら、テメエから蒸し焼きにしてやるぜぇ!イルカも熱湯の中では泳げねえだろっ!」
もし、メットの向こうの表情が見えていたのなら、爛々とその目は赤く輝いていることだろう。
地面で構える夜宵に向かって、両手から伸ばした水流を束ね。
一本の太い脈動へと融合させる。
それを、水流の顎を夜宵へと差し向け。解き放つ。
「夜宵ちゃん!」
親友に向かって高速で伸びる熱砲。
夜宵は、そんな心配の表情を向ける一織に対して、たおやかな笑みを向ける。それで、一織は全てを察した。
「・・・アビススター。手ぇ、貸しなさいよ」
異なる存在であるダスターに力を乞うのは、屈辱に等しい。こんな姿になっているのですら許しがたいのに。
確かにスケイルアーマーに対抗できるほどの能力が底上げされた。だが、あの熱水流の熱さを遮断するまでには至らない。宇宙の改変を願う存在が、この程度のものだろうか。
『・・・・・・』
アビススターの答えを聞く間もなく、夜宵は前傾姿勢で駆け。
荒れ狂う泡沫を撒き散らす熱流へと飛び込んだ。
これでひとり。
熱は際限なく保ち続ける。外気により下がらない。自分の元に辿り着く頃には、焼けただれた茹だった死体が浮かび上がるだけだ。
だが。
風を切るように。
空気を裂くように。
海を渡るように。
熱を伴う濁流を遡上する影に、ブルーサーペントは激しい怒りと共に、思い通りにならない声なき怒りを吐き出した。
その刹那、手のひらから放たれる水の波動が途絶え、全身が宙に浮く感覚に苛まれた。
「ドルフィン・インパクトぉっ!」
下から上へ、掬い上げられるように突き上げられた両足が、思いなにかに触れ。凄まじい飛沫とともに青い鎧を弾き飛ばす。
「一織ちゃんっ!」
ブルーサーペントを吹き飛ばした上空へ。腕を引き絞った一織が待ち受ける。
眩い輝きがその右手に収束、満ち。放てば例えば星をも砕けそうな光を揺らめかせて。
「バニー・・・、パンチっ!」
撃ち抜いた一織の右拳が青い鎧に触れ、貫く衝撃が瞬間的に走り。
悲鳴を上げる間もなく、ブルーサーペントは凄まじい速度で駐車場のアスファルトへと叩きつけられた。数台の廃車を砕きながら、やがて駐車場の奥。病院の麓の辺りにその身を沈めた。
天に撒き散らされた黒い破片が静かに破壊の跡を物語る。すた、と一織、夜宵共に地面に降り立つ。
捲れるように抉れたアスファルトが蠢き、四肢の動きもままならない青い鎧が上半身のみを起き上がらせるように身体を震わせている。
その体表から漂う白煙は、地面に高速で打ち付けられた衝撃によるものか。怒りに打ち震える感情が生み出すものか。
「・・・くそったれ!その身体、ずたずたに引き裂いて『紫』の前に差し出してやるっ!」
頭を数度振りながら、ブルーサーペントは、静かな怒りを漂わせる。
ふたりのスターセイザーによる攻撃で、完全な防御手段であるはずのスケイルアーマーに綻びを見せる。
青い鎧の一部が欠け、亀裂が入り。
「話が違ぇぞ・・・!俺は完全体になったんじゃないのか!」
その自身の姿を見回し、小さな舌打ちと共に悪態を放つ。
生身である身体を捨て、スケイルアーマーの放つ膨大なエネルギーに耐えられるようになったはずだ。
様々な災害や状況下に耐えられるために造られた鎧が欠けることなどあってはならないし、有り得ない。
遠くに自分を吹き飛ばした子供が見える。
大丈夫。まだ動ける。先に抱いた思いの通り、ずたずたにして仲間の前に打ち捨ててやる。その時、お仲間はどんな顔をするだろうか。楽しみだ。
確かな感情を生み、ブルーサーペントは起き上がろうとする。
その視界に、影が落ちる。
ふたりのガキが、追撃のために押し迫ったのか。
そう思い、ブルーサーペントは視線を上へと傾ける。
そこに居たのは、感情の籠もらない目で見下げる女の姿があった。




