ACT77・決戦の地へ
ウロボロスのアジトは、七色の街の外れにある。
今はもう使われていない、廃病院がその根城だ。
本来なら数百台が止められる駐車場は、今は見る影はなく。そこに来院者を示す車はまばらだ。あったとしても、それは動くことの叶わない廃車寸前のものが僅かに点在するのみ。
月斗の案内で、光太朗たちはアジトに向かった。
ウロボロスの撒き散らしたナノマシンにより、住む人々に大小様々な枷をもたらした。
人々はそれを風邪に似た症状と疑うだろう。身体の奥底から滲み出る倦怠感。動きを抑制する疲労感。
その実は、身体を芯から着実に機械化の足音が襲っている。いずれ、体内から人の肉の温かみを、鈍色の鉄が覆うだろう。
遠間から見れば、まだまだ廃墟とは程遠い病院施設。だが、確実に営業はしておらず、そこに人の影はないはずだ。
寂しさの残る、白を貴重とした清廉な建物。そこに、何者の影がある。
こんな廃墟に居る影など、心霊的なものを求める人間を除けばろくなものではない。
「へへへ。俺達のことをゲロったようだな」
青い鎧が、止まる廃車の上に無造作に陣取り。現れた光太朗たちを無機質なメットの上から見る。
ブルーサーペントだけではない。広大な駐車場の敷地の上に、もうひとつの影が見える。オレンジ色の鎧が。
「君たちの計画を止めるためにね」
月斗の言葉に、あからさまに不機嫌に、ブルーサーペントは首を回す。
「すっかりそのガキ共のお仲間ってわけだ」
アジトの場所を変えていなければ、鷹村はブルーサーペントとオレンジアダーが阻む廃病院の中に居る。
「雁首揃えてようこそ!我らのアジトへ!」
大仰に、ブルーサーペントは叫び、廃車の上から飛び降りる。
「・・・神野くん!あれ!」
何かに気づいたように、百合花が指先と友に空を差す。正確には、廃病院の屋上へと。
光太朗たちの位置からでも見える。何も無い屋上に佇む、ひとつの影。
その姿に、その場にいた光太朗たちは驚きを隠せなかった。
藍色の髪をなびかせた、女性の姿。
看護師のような服に、機械的なケーブルを纏う奇妙な姿。光太朗は、その姿に酷似した存在を知っている。
「・・・アフロディーテ?」
顔の造形も違うが、一瞬似た感覚で重なる。
アフロディーテが全時代な女性型ロボットのような造形をしているのに対し、屋上の影は遠間から見ているのを差し引いても、女性と寸分違わぬ姿だ。
「・・・出てきたか」
ブルーサーペントも、屋上の方を振り向き、面白そうにメットの中で表情を歪めた。
『ごきげんよう。世界の平和を阻む者たちよ』
屋上の女性が口を開く。だが、そこから放たれたのは、男の声だった。
「・・・鷹村博士」
月斗が言う。
「あの女性型メイドロボの口から、博士が通信している」
少なくとも、あの女性はアフロディーテと同じロボットなのは確かなようだ。
「・・・わたしたちが、世界の平和を阻むもの、ですって?」
静かな怒りを称えるのは夜宵だ。夜宵たちはいつだって、世界を脅かす敵と戦ってきた。それを反対の表現とする言葉に憤りを感じる。誰かに急かされたわけでも、音を売りつけたい訳では無い。その行動原理は何時だって、誰かを助けるためだった。その範囲が、今回は広がっただけ。
今、世界を脅かしているのはウロボロスなのに。
『君たちは、今の世界がおかしく、捻じれているのに気づかないのか?』
若い女性の姿で、その奥の精悍な顔つきが想像できる、深い男の声。
『人間は、自分勝手で、猜疑心に溢れ、愚かで』
様々な呪詛の乗る、言葉の羅列。そこに人への希望はない。
『そして、罪深い』
最後に放った言葉が、鷹村という人間の、胸の奥にこびりついた想いなのだろう。それを体現させ、世界を変えようとしている。
『人が人を貶め、技術ばかりが先行し、それを手繰る人間はこれっぽっちも成長しない』
光太朗は、今までその力に溺れ、人様に迷惑を掛けてまで富を得ようとする愚かな人間を見てきた。そのどれもが、仮初の未来を求め、刹那的な思いにかられていた。愚かと言えば愚かだと思う。
『でなければ、葵が命を落とすことはなかった・・・!』
後悔を凝り固めたように押し出す感情が、無念の度合いを示している。
「・・・葵?」
鷹村が焦がれた女性を失って、心を壊した事実を知っているのは、ウロボロスを除けばそれを伝えられた光太朗のみだ。
同じ女性を愛しても、残されたふたりの男はそれぞれ違う道を辿った。
二度と、そんな愚かしいことが起きないよう、技術による平和を望む者。
そして。
もうひとりは、そんな世界にならないよう、世界そのものを機械により封鎖すること。
『消えゆく君たちには関係のない話だ』
アルテミスの口が閉じ、鷹村の声が途絶える。
「そういうことだ。これは世界の運命を左右する聖戦だ」
鷹村の言葉を引き継いだように、愉しそうにブルーサーペントが言う。
「さあ。始めようぜ」
メットの向こうの顔が、邪悪に歪んだ気がした。
「俺の相手は、お嬢ちゃんたちか?」
ブルーサーペントは、自らに阻むように現れたふたりの少女に向き合った。
「裏切り者を始末したかったんだがな。・・・まあいいや」
首を動かしながら、ゆらりと青い鎧がまろび出る。
「『完全体』であるこの身体の試運転もしてぇ」
自身の身体を確かめるように、右手指を動かす。淀み無く、機械の指は滑らかに動く。
それに相対するのは、一織と夜宵だ。
一度負けた相手にも臆すること無く。むしろ、新たな闘志を宿して。
「俺にこてんぱんにやられたことを忘れたわけじゃねえだろ?」
その挑発にも夜宵はひるまない。
「・・・今度は負けないわ。ひとりじゃないもの」
「私達は、負けないっ!」
鋭く強い意思を称えた目で、お互いに寄り添うように隣り合う一織と夜宵。
「・・・弱ぇ奴の戯言だ。ふたりまとめてふっとばしてやるぜ」
青い鎧の輝きが、不気味に蠢く。
一織と夜宵は、胸元から鍵を取り出す。
「「スターアクセラレイション!スタート!」」
眩く輝く星の光を撒き散らしながら、雄々しくもふたりの声が重なった。
オレンジ色の鎧に対峙するのは、光太朗と百合花だ。
オレンジアダー。
「・・・俺達の野望を、停滞させるわけにはいかない」
このオレンジ色の鎧の下の人物も、世界の変革を望むのだろう。だからこそ、異形の鎧を纏ってまで人類の機械化という計画の片棒を担いでいる。
「人類機械化のナノマシンを散布する装置は、こことは別の場所に設えてある。我々を倒したところで、止まらんぞ」
人間の体組織の変化を伴う、いわゆる『毒』の散布は、科学兵器を得意とするオレンジアダーの領域であるはずだ。
「あんたを止めて、鷹村のところまで辿りつければ、同じことだ」
人類機械化の原因となるナノマシン、その製造方法も、止める方法も鷹村は知っているだろう。
クラスメイトが着々と病魔に蝕まれていく。こんなところでちんたらと滞っているわけにはいかないのだ。
鷹村の抱いている思いがどれほどのもので、どれほどの深さで、どれくらい重いのか。そんなことは、今はどうでもいい。
人間の身体を作り変えるナノマシンを止めること。それが光太朗たちの使命だ。
「スケイルアップ」
光太朗の右腕が腹部を通過し。身体の奥底から、力の奔流が湧き出る感覚。
「変身!」
その力ある言葉に反応し、光太朗の全身を硬質の鎧が侵食してゆく。
結局。
ヴァイオレットバイパーの能力を完全に引き出すための改造手術を受けることは叶わなかった。それを葛藤する蛇ノ目の想いも知った。
だから、今は。
自分に出来ることをするだけ。
「カラフル・コネクト・ルミナース・・・!」
足りない力は、隣で花香剣を構えたクラスメイトが補ってくれるだろう。
光を伴い、白い清廉なドレスを身に纏う。
ホワイトリリィとしての命が残り僅かだということも、今はいい。
お互い、持てる全ての力を吐き出し、この状況を覆す。
姿の変わったふたりの姿に、オレンジ色の鎧が脈動した。
ぶぅん。
家電製品の駆動音のような、深い振動。
背後、斜め45度のあたりから、こちらに近づいてくる。
月斗はそちらの方を振り返りもせずに、拳を振り上げ。
ガキインっ!
硬質の音が噛み合い、何も無い空中でブラックパイソンの右手から火花が散る。
「・・・『目』はいいようだな」
何も無い空間の上、背景が解けるように歪み。そこから何かが現れる。
「それだけ殺気を撒き散らしておいて、よく言うよ」
皮肉っぽく、月斗は言う。
グリーンボア。
スケイルナンバーズの中でも隠密戦に長けた機体。緑がかった、翡翠色の鎧を持ち、特殊な粒子と電磁波を干渉させ、背景の景色と同化させる。まさに透明人間になったかのような錯覚を起こさせる。人間の目では視認は不可。
月斗の感じた通り、完全透過の能力とは別に、気を張らずとも感じられる厚いプレッシャーのようなものが肌を刺す。
それが、月斗に対する意識の現れなのか。いや、残る全てのスケイルナンバーズは、裏切り者の月斗に対して並々ならぬ思いなのだろう。
このまま順当に行けば、世界は自分たちの思うままに従えられる、理想の世界が待っていた。
月斗が情報を漏らしたことにより、こうしてその計画を阻止しようとする不穏分子が際立った。
どのみち同じ能力を有するヴァイオレットバイパーと異界の力を有する少女たちには、ナノマシンの効果は薄いだろう。だが、遅かれ早かれ、その少女たちも制圧できると踏んでいた。
全ては情報だ、この影山月斗が全てを狂わせた。怒らない理由にはならない。
「裏切り者には、死を」
「大層な猛りぶりだね」
切り結ぶパンチが、激しい火花を生む。
「この薄汚い世界を導く、崇高な考えを理解できない考えを、俺は理解できない」
「君たちと一緒にいるよりも、希望を見出しただけさ」
この世界を無に帰すような未来より、苦しくとも前に進もうとする思いを抱く人間のほうが、強く。美しく感じた。
「・・・そうか。ならばこの先の未来に、貴様は必要ない」
機械の駆動音と共に、緑色の体表が蠢く。背景に溶け込もうとするグリーンボアを。
ドッ!
刹那の速度で押し迫るブラックパイソンが、それをさせない。
「・・・この世界に不必要なのは、どっちかな?」
「・・・くっ!?」
黒い鎧が、不敵に笑う。
「・・・始まったか」
アルテミスの目を通じて見るその光景に、鷹村は満足そうに口元を歪めた。
精根尽き果てたように、椅子の背もたれに背中を預け、霞む目でその光の中を見る。
理想の世界を創る戦い。その結果はもはや意味を成さない。
世界を覆うナノマシンは放出され続けているからだ。
この街のある地点から、この街。日本の外。そして世界へと。
仮にスケイルナンバーズ全てが敗北したところで、止まらない。
あの少年たちが生き残ったところで、世界が崩壊しては、生きていけないだろう。侵食の早い人間なら、体表に変化が始まる個体もいるだろう。その時、今まで見たこともない変化に、人間は恐れ慄くだろう。だが、それは間もなく変質の恐怖から快楽に変わる。
だから。
この世界の進む未来は変わらないのだ。
失った、愛しい人が帰らないように。『代わり』を生み出そうとも心の穴が満たされないのと同じで。
この世界に、希望も未来もない。
だから。
消すのだ。
失う悲しさの無い、まっさらな世界へと。




