ACT76・終わりの足音
肌に纏う空気が、刺すような暑さから涼やかな風に変わり。
口から吐くものも白く色付き始めた。
夏は過ぎ去り、秋の気配も終わり。季節は巡り、気が付けば一年の終わりが見え始めていた。
「クリスマスパーティー?」
その小清水の提案に、思わず百合花は聞き返していた。
仲の良いクラスメイトで集まって、一年を労うパーティーでもしようと。勿論、隣の男子も誘って、と含みのある笑顔を残して。
その是非はともかく、残念ながらこの時期にそんなことをする気にはなれない。少なくとも、光太朗は首を縦には振らないだろう。
ウロボロスの言う、世界改変のタイムリミットが目と鼻の先に近づこうとしているからだ。
「あ、もしかして、先約だった?」
意地悪そうに、小清水は百合花の顔を覗き込む。
百合花は慌てて手を振りそれを否定。
・・・でも、そういう意味でははからずも『先約』になるのだろうか?
思いがけない言葉に百合花の身体が熱を持つ。・・・いや、その時は恐らく一織たちも一緒だろうし、ふたりきりなどではない。決して。
ウロボロスの計画が予定通りならば、小清水の言うその日に、何かが起こるだろうからだ。そうなれば、呑気にパーティーに心を踊らせることなんて、できないだろう。
パーティーの計画を夢想する小清水を尻目に、百合花は困ったように小さく笑ったのだった。
過ぎゆく一日一日が確実に過去のものになり、時間が一秒ずつ進んでいくことに、光太朗は焦りを抱いていた。
百合花や一織はどう思っているかは知らないが、少なくとも光太朗は、このままではウロボロスに対抗できないと感じている。
事実、たったふたりのスケイルアーマーに自分を含めた仲間が敗れ去ったのは確かだからだ。
月斗の手助けがなければ危うかった。あの危機を脱したのは、月斗がこちら側に付いたことによる好転に過ぎない。今の光太朗と、その他のスケイルアーマーの間には、大きな力の隔たりがある。このままでは世界を守るなど夢で終わる。
「なんでだよ・・・!」
光太朗はその思いを蛇ノ目に問うた。
このままではいられない。何か、新たな力を吹き込まなければこの先の戦いを生き抜けないだろう。その感じている力不足の思いを蛇ノ目にも告げた。
光太朗はヴァイオレットバイパーの能力を最大限に引き出すことを進言した。
スケイルアーマーは、身体を改造することが前提の機構。ヴェノムクラスタが生み出す膨大な力に、耐えられるよう。
時間制限のあるオーバーワークに頼らない、常にあの最大戦速を出力できる用にならなければ、食らいつくことなんてできない。これ以上、誰かに頼る戦い方なんてできない。それを、自分の肌で痛いくらいに感じている。
月斗と同じように、スケイルアーマーの放つエネルギーに耐えられる身体になりたい、と。
それすなわち、自ら再改造手術を受けることを志願した。
でなければ、何よりみんなの足を引っ張る。
唯一、光太朗だけが百合花たちの中で、一番劣っていると思っているから。
「ならん」
そんな光太朗の思いも知らずか、蛇ノ目は拒否する。
「どうして!」
こちらの戦力増加はこちらの急務のはずだ。
光太朗は何も戦いのプロと言う訳では無い。格闘家でもスポーツ選手でもない光太朗は、今、月斗を相手に組手めいたものに付き合って貰っているが、物理的に強くなるには限界を感じている。
手っ取り早く強くなる方法は、改造手術を受け、ヴァイオレットバイパーの本来の力を引き出す。短い機関でそれを成すには、その方法しか有り得ない。
蛇ノ目は、それを良しとしない答えとして返した。光太朗にはそれが理解できなかった。
蛇ノ目はウロボロスの計画を阻止したいのではないのか。鷹村の凶行を止めたいのではないのか。
それができるのは、計画の存在を知っている自分たちだけであり、使命だとも思っている。
「・・・前にも言ったことはあるのかな。ワシはお前を戦闘マシーンに仕立て上げたいわけではない」
蛇ノ目が光太朗の身体を改造したのは、消えゆく命の灯を絶やさぬため。ヴェノムクラスタの隠し場所と言う目的を平行していた蛇ノ目が口に吐くセリフではない。安っぽい倫理観をかざして命を救っても、そこには科学者の矜持が組み込まれたのだ。光太朗という若き少年を実験台にしたことには変わりはない。それなのに、これ以上光太朗の身体を弄くることに抵抗感を出す。ヘドが出そうな愚かしい考えだと自分で思う。
だが、この少年の未来を考えた場合、光太朗の身体に施した改造は必要最低限。生き長らえさせるために必要な処置だった。
鷹村の野望を止めるには、光太朗を頼りにしなくてはならない。しかし、これ以上力を増すための改造は施さないのは矛盾とも言える。
「綺麗事に聞こえるかも知れない」
ずっと、蛇ノ目の心を苛んでいたことだ。
「・・・俺は、博士に感謝こそすれ、恨んだことはない」
その言葉だけで、蛇ノ目は胸が詰まりそうだった。
「俺は博士に出会い、他の仲間と引き合わせてくれたと思っている」
生きることに意味を見出していなかった光太朗を正したのもまた蛇ノ目だ。
だから、報いたいのだ。
博士と出会ったこの世界を、守りたい。鷹村に侵されそうな素晴らしいこの世界を。
そのためには力がいる。力を望む。
「その言葉は嬉しい。そんな言葉を掛けてくれるとは思わなんだ」
鷹村と袂を分かち、いたずらに時間は過ぎていった。光太朗を救ったその技術を、かつての自分が持ち得ていたら、大切な人間を救えていたかもという歪な思いも描いた。
自分の頭脳が、研究が世の中のためになればと奔走してきた。その力は友の愚行を諌めるためにある。自分ではどうにもならなくなったことを、若い力に頼るしか無く、それも済まないと思っている。
「・・・これ以上、お前の身体に改造を施すことはない」
光太朗がこの先。
例えばウロボロスの野望を砕いた後。普通の少年として生きていくのならば。
光太朗が宿すヴェノムクラスタは枷でしか無い。
「信じてくれ」
蛇ノ目は、そのしわがれた目に、強い光を称え、
「ワシも何も考えていないわけではない。ウロボロスに対抗する手段を考えている」
光太朗の身体をこれ以上底上げでき無いのならば、それの代替が必要となる。そして、その手段は光太朗の身体を改造する以外の方法でなければならない。
光太朗は、蛇ノ目の言葉に納得できないものを感じながらも、今は引き下がるほか道はなかった。
「・・・よろしいので?」
蛇ノ目の背後から掛けられる、アフロディーテの言葉。
ああは言ったが、その場を凌ぐ苦し紛れに過ぎない。
ヴェノムクラスタ、スケイルアーマーの構想は、蛇ノ目の頭脳の髄を尽くして生み出した、人類の未来を切り開く最高傑作だ。それに対抗できるものなど、おいそれと生み出せない。
長い時を経て形にしたヴァイオレットバイパーとブラックパイソンを除く4体と対等に戦える手段など、簡単には辿り着かないだろう。何しろ差し迫った期限の中では時間が足りない。
ウロボロスの目指した日時まで間もない。それまでにそんな手段を用意するのは不可能に近い。
安易な嘘で光太朗を遠ざけた。
実際に要となるのは影山月斗。そして百合花、一織たちだろう。
「ワシを軽蔑するか?アフロディーテ」
蛇ノ目は久しく感じていなかった研究者としての焦りを感じている。
最悪、光太朗を前線から下げ、大人しく己の命を優先するように差し向ける。
世界を守る力を与えておきながら、それに反するような行動だ。
蛇ノ目には、有りもしない親心にも似た感情に揺れていた。光太朗が運命の日でもし命を落としたとしたら。
光太朗の両親に手向ける顔がないのだ。
「いえ」
「・・・お前はそう言うだろうな」
ロボットは、造った主に逆らわない。創造主の行う考え、行動が全てなのだ。
「ワシは、お前をワシ自身に降り掛かる、そう遠くない未来のために造った」
蛇ノ目はいずれ考える力も衰え、身体の自由も見る影も無くなるだろう。それは自然の摂理だ。光太朗にも告げたこともあったが、その時のために造った。
アフロディーテを決して兵器に転用しないと決めた。アンチホープとダスターの混合体と戦った時は、やむを得ず武装を持たせた。
そんなものなのだ。
もっとも恐ろしいのは、自分の生み出した発明が、本来の目的とは違う形で転用される。
スケイルアーマーなどいい例だ。
自分の生み出した物が自分の手を離れることが、恐ろしい。
光太朗の体内にヴェノムクラスタを永久に埋めておけば。その存在を明かすこと無く沈めておけば。
来たるべき日に怯えることは無かったかも知れない。
「博士は私を完全に兵器化しませんでした」
アフロディーテにプログラミングしたのは、あくまで炊事や選択、料理など。生活をサポートするための機能。
外付けの武器も、ダスターの気体状の身体を凍結させるためののもの以外は造らなかった。
「そのことこそが、博士が科学者として思い留めている核なのではないのですか?」
人の生活をより良くする。その信念に基づいて研究を続けてきた。
鷹村とは違う、生み出した結果を力として利用するのではなく、あくまで平和による利用するため。
スケイルアーマーに込めた願いとは、最初、そういうものではなかったのか?正義を貫き、平和を生み出すヒーローとして思い描いたシルエットを、設計図に一心不乱にかき乱していたあの頃。
ペンが進むたびに描かれたいたのは、希望だ。
理想論だと、絵空事だと蔑まれても。
鷹村がそんな蛇ノ目に話しかけてくれた瞬間は、その描いた理想を良しとしてくれた。
もう一度。
蛇ノ目は沈みかけた意識を引き戻し、手をキーボードの上へ乗せ、コンピューターのスリープを解除させる。
モニターに反射する蛇ノ目の表情に、もはや憂いは無い。
打ち込む文字に想いを乗せ、蛇ノ目は指先を走らせた。
その異変が始まったのは、周囲の人間が見せるの僅かな体調の変化だった。
そこかしこに、咳の音が聞こえる。
「風邪引いちゃったかなあ」
困ったように苦笑いを浮かべる小清水。差し当たっての心配の種は、自分の体調よりも、先に控えるクリスマスパーティーらしい。
小清水だけではない。
光太朗のクラスの中にはポツポツと空席が目立ち。風邪に似た症状による体調不良で欠席している生徒が目立つ。
これはこのクラスに限ったことではなく、他のクラス、別の学年。
さらには学校だけに留まらず、一般人にまで広がっている。
これが、鷹村の生み出したナノマシンによるものなのは明らかだ。
光太朗はヴェノムクラスタによる解毒能力で、百合花や一織たちもそれを防御する術を持つのだろう。
クリスマスを控えた数日前、七色町に起きた異変。
それが、ウロボロスの世界への審判の片鱗だと気づいた。
それが世界の終わりの始まりだと気付かないクラスメイトを見て、光太朗は、改めて決意を胸にした。




